いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百二十五話

「ふー……」
 
 翌日のお昼過ぎ、ぼくはうさぎやの賑わいの中にいた。
 お皿をスポンジできゅっきゅっと擦って、綺麗にしている最中も、頭にひっかかるのは……昨夜の宏ちゃんとのやり取り。
 
 『ごめんな』
 
 もきゅ、と握りしめたスポンジから泡が盛り上がる。
 宏ちゃん、申し訳なさそうやったな……。思い出して、泣きだしそうなのを堪える。
 
 ――ぼくのアホっ。なんであんなこと言うたんやろ……!
 
 蛇口を開いて、お水でお皿をざぶざぶ洗い流す。雑念を払うように、せっせと作業に取り組むものの、気を抜けば堂々巡りになっていた。
 
「ふぅ……」
 
 洗い終えたお皿を布巾で拭い、息を吐く。
 
「成ちゃん、どうしたんだい。なんだかブルーだよ」
「腹でも痛いんかい?」
 
 いつもの席でコーヒーを飲んでいた杉田さん達が、心配そうにしてはる。ぼくは、慌てて笑顔を作った。
 
「あっ、なんでもないんです! ちょっぴり寝不足でして」
 
 お客さんの前で暗い顔をするなんて、何してるんやろう。心の中で自分をポカリと殴っていると、杉田さん達は顔を見合わせはった。

「成ちゃん。心配しなくてもいいよ!」
「そうそう、悲しい顔しないで。店長はね、成ちゃん一筋だから」
「……えっ」
 
 目をぱちりと見ひらくと、杉田さんにひょいと顎で促された。そっちを見て、「あっ」と腑に落ちる。
 
「お待たせしました。本日のおまかせサンドと、アイスティです」
「きゃあ、ありがとうございますっ」
 
 宏ちゃんが、出来立てのチキンカツサンドをお客さんにサーブしている。背が高くて、びっくりするぐらい綺麗な顔に朗らかな笑みを浮かべる彼に、お客さんの目はハートになっていた。

「あ……」

 大変モテている夫の姿を、じっと見つめる。気づいて振り返った宏ちゃんが、穏やかに笑ってくれる。
 きゅん、と胸が痛んだ。
 
 ――かっこいいよなあ……最近、ますます素敵なんやもん。
 
 
 
 大人で、優しくて。ごはんも美味しくて、モテないはずがない。
 ぼくの夫なのが不思議なくらい、素敵な人なんやもん。こうして眺めているうちにも、次々に夫にお呼びがかかる。

「店長さーん、こっちも注文お願いします」
「はい、ただいま」

 宏ちゃんが笑顔を向けると、ライブ会場のような歓声が上がった。
 
「……いやあ、華やかだよね」
「店長目当てのお客さん、増えたよな。お店としてはいいだろうけど……大丈夫かい?」
「……あっ、はい! ありがたいことですよねっ」
 
 心配そうな常連さん達に、われに返る。
 知らず、ふくらませていた頬から、慌てて空気を抜いた。
 
 ――でも、ほんと言うと、もやもやしちゃうよ~。
 
 最初は、お客さんが増えて、ぼくも嬉しかったん。何も考えずに注文を取りに行ったり、品物をお運びしてたんやけど……

『お待たせいたしましたっ。オムライスと玉子サンドになります』
『……あ~、奥さんが来ちゃったかぁ』

 ぼくが接客に行くと、皆さん、すごく悲しそうにしはるんよっ。
 残念そうに、しょんぼりと帰っていかはるので、とっても胸が痛いと言いますか……。宏ちゃんの大事なお店なのに、ぼくのせいでご満足いただけないのも申し訳なくて。
 
『成。俺が行くから、こっちを頼めるか』
『あ……わかりました、店長』

 察しの良い宏ちゃんには、すぐに気づかれてしもた。何も言わんと、率先して新しい常連さん達の接客に行ってくれてるん。 
   
 ――たしかに、このことも悩みのタネなんよな……あんまりモテてはると、もやもやしちゃうけど……ぼく、宏ちゃんのお役に立ててないから、そんなん言いにくいし……
  
 きゃっきゃと華やかな声をBGMに、肩を落とす。
 心のくもりを晴らすよう、きゅっきゅとコップを拭きまくってると、杉田さんが「成ちゃん」と呼んだ。

「大丈夫だよ。もてる男ほど遊びはしないもんさ。僕もその口だったからわかる」

 悪戯っぽいウィンクに、きょとんと目を丸くする。すると、隣のお客さんがふき出した。
 
「杉田さん、それじゃあ説得力ないだろ!」
「なんだとーっ」
 
 どっと大きな笑い声が上がって、ぼくは思わず顔をほころばせる。
 わざとお道化て、気遣ってくれはるお客さん達の優しさが、じいんと沁みてしまったん。
 
 ――……しゃんとしなくっちゃ! 目の前のお客さんに、心をこめて接客するんだ……!
 
 宏ちゃんが接客に時間をとられるぶん、カウンターの作業や他のことで挽回しようって思ってたやんか。ここで挽回せずに、なんとします。
 自分に活を入れ、ぼくはふんすとお腹に力をこめる。
 
「ありがとうございますっ。ところで皆さん、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
 
 はーい、と元気のいいお返事が五つ帰ってくる。ぼくは「かしこまりました!」とにっこりした。
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