いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百三十一話【SIDE:晶】

「ありがとうございます」
 
 珍しく喜びを表にする様子に、ちょっと驚く。まあ、「ずっと取り組んできた事案だ」ってニュースで言ってたし、よっぽど嬉しいんだろうな。
 日本の椹木が世界に先駆けたって、あちこちで大騒ぎされてるらしいしな。研究者として、それは誇らしい気分だろう。
 そう思うと、急にむらむらと反抗心が湧いて来た。
 
「流石ですね。俺も喜ばしいことだと思ってます……オメガには、抑制剤は切り離せない問題ですし。何より、そんな薬を作ってよい環境になって嬉しいですね」
「!」
  
 賛辞の中にさりげなく皮肉を含ませると、椹木さんは僅かに目を瞠った。
 
 ――やっぱりな。
 
 と、唇に薄い笑みをはく。
 オメガにとって、抑制剤の発展は悲願だが……アルファにはそうじゃない。寧ろ、抑制剤なんか作りたくないはずだ。
 だって、そうだろ。オメガが発情期に苦しまなければ、アルファはどうやってオメガに子供を産ませるんだ? オメガが産まなきゃ、アルファの出生率は下がる一方になる。
 これだけオメガが困ってるのに、今の今まで開発が叶わなかったのは――意図的に、抗耐性の抑制剤の開発を後回しにしてたとしか思えない。
 
 ――でなきゃ、優秀なアルファが雁首揃えて、新しい抑制剤ひとつ開発できないなんておかしいじゃん。
 
 俺は、グリーンサラダのレタスをまとめてフォークに突き刺し、口に入れた。ゆっくり咀嚼しながら、正面の男を眺めていると、彼はすっと頭を下げた。
 俺は、ハッと息を飲む。
 
「……!」
「申し訳ありません。政府の都合で、たくさんのオメガの方に、長らく不安な生活を強いることになってしまいました。開発に携わる者として、心からお詫びいたします」
「……っ」
 
 誠意のこもった声だった。大の男が、俺なんかに頭を下げていると思うと、急にばつが悪くなる。この人、人に罪悪感を抱かせる天才なんじゃないの?
 
「やめて下さい。俺だって子どもじゃありませんから、複雑な事情があるのはわかってます。新薬の開発をした人に謝られたら、使うときに気まずいじゃないですか」
 
 そう早口に言えば、椹木さんが頭を上げる。その顔には、笑みが浮かんでいる。
 
「……晶くんも、使用を考えてくれていたのですね。嬉しいです」
「えっ。嬉しいって、なんでですか」
 
 その口ぶりじゃ、俺に抑制剤を使ってほしいってことになるけど。
 
 ――ふつう、婚約者にはさっさと孕んで欲しいもんなんじゃねえの? 俺の体調のことばっか、うるさいくらい気にかけてたしさ。
 
 怪訝に思っていると、椹木さんは瞳を和ませる。思わず、たじろぐほどに優しい眼差しで見つめられ、俺は動転した。
 
「な、何ですか?」
「晶くんが、わが社の新薬に期待してくれているのが嬉しいんです。この薬は」
 
 椹木さんは、そこで言葉を切った。すこし躊躇うそぶりを見せた後、続きを口にする。
 
「この薬は、君の助けになれたらと……その一心で、開発してきましたから」
「……えっ?」
 
 思わぬ言葉に、俺は眼を見ひらいた。
 
 ――俺の、ため?
 
 にわかに信じられることじゃない。俺は、震える唇で問い直す。
 
「ど、どういうことですか。俺の助けにって……」
 
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