いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百三十二話【SIDE:晶】

「言葉の通りです。七年前、晶くんと出会って……君の抱えている苦しみを知ってから。新薬の開発は私の悲願になりました」

 覚えていますか、と椹木さんが言う。どこか懐かしむような目で、話し始めたのは俺たちの出会いの日のことだった。


 十四歳になり、公的に見合いが可能になった俺は、父に言われるがまま見合いを繰り返していた。
 その日も、ホテルのレストランで見合いをさせられていた。父の勧めた男は、蓑崎の取引先のボンボンで。会社同士の繋がりを求めた、典型的な政略結婚だった。

『晶さん、私はあなたに苦労をかけません。どうか、はいと言って頂けませんか』
『……はぁ』

 十歳以上も年下のガキに、何を言ってんだか。俺は気持ち悪さを押し隠し、愛想笑いを浮かべていた。
 対面する男は、まあハンサムと言って差し支えない容貌の持ち主で。頭のてっぺんから、つま先まで高級品で固めた、見るからにエリート風をふかせた男だった。

――いかにも、アルファみたいなやつ。

 断られることを想定していない、傲慢な笑みに反吐が出そうになる。
 本当は、水でもかけてやりたかったけど。父の仕事の邪魔をするわけにいかないから。

――くだんない。早く、終わんねぇかな……

 幸いにも、切り札であるオメガの婚約というカードを、父は安売りしなかった。だから、俺が気に入らないと言えば、婚約を強制されることはない。
 だからその日も、相手の話を聞き流しながら、苦痛の時間を耐えていた。
 見合いが終わったら、同行していた父の秘書に「気に入らない」と告げて、家に帰る。いつもの作業をするだけだと思って。

 でも、違った。その日の俺は、体調が悪くて――相手の男に、しつこく誘われて散歩に出たときに、ヒートを起こしてしまった。

『いやだ!』

 今思えば、すでに、耐性がつきかけていたんだろう。
 理性を失い、襲いかかってきたそいつから、必死に逃げて。庭園を散策しているグループに、助けを求めた。

『助けてください! 追われてて……っ』

 背の高い男に、飛びつく。
 助かったと思った矢先――漂う白檀の香りを吸い込み、頭がくらりと揺れた。
 倒れ込みそうになったところを、その香りの主に抱きとめられた。

『大丈夫ですか?』
『あ……』

 穏やかな声で尋ねられ、ぞくりと下腹が潤んだ。足に力が入らず、逞しい腕に心ならずも掴まり、踏ん張った。

『あ……この子、ヒートを起こしてますよ!』
『すぐに、医務室に向かわなければ』

 周囲が騒ぐのに、頬が羞恥と屈辱に熱った。大声で騒ぐ彼らに、つい涙を流すと……頭からジャケットをかけられる。
 顔を上げれば、鷹のような目が、俺を見下ろしていた。

『大丈夫です。守りますから、安心してください』

 力強く言われて、俺はどくんと鼓動が跳ねるのを感じた。
 全くアルファらしくないアルファ――椹木さんはそういう人だった。



 それから、彼に医務室に連れて行かれ……気づいた頃には、すべてが終わっていて。
 助けてくれた人が、椹木製薬の跡取りであることも、父によってとっくに調べがついていたんだ。
 俺は、苦笑する。

――あの時。俺を助けなければ、この人は俺と婚約なんてしなくて済んだんだよな。

 父はそれをきっかけに、椹木さんに婚約の打診をしたんだから。
 苦い思いを抱え、黙り込んでいると、椹木さんは言う。

「それまでの私は……たくさんのオメガを救うため、婚約はしないつもりでした。ですが、ホテルで出会った少年のことが、頭から離れなくて……その子との婚約話が来たとき、受けてしまったんです」
「え……」

 目を瞠る。
 椹木さんは、面映そうに頭を掻いた。

「……年甲斐もなく、何をと思いますよね。若く美しい君には不快な話だったでしょうに、浮かれていたんです。我に返ったのは、婚約の席で、泣き腫らした君の顔を見てからでした」
「それは……」

 椹木さんの声は、後悔のためか震えている。
 俺は、呆然とした。まさかこの人が、俺との婚約に前向きだったなんて。

「……せめて、君の足かせにはならないように、と。君を支えようと思いました。――留学をしたいなら、手助けを。身体的事情で苦しんでいるなら、その解消をと……君の望みを叶えて上げたかった」
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