いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百四十三話

 夕方の、六時を少しまわったころ――玄関から、ガチャリと鍵を開ける音がした。
 待ちに待った、宏ちゃんの帰宅の気配に顔がほころぶ。
 
「ただいまー」
「おかえりなさーいっ」
 
 階下に向かって大きな声であいさつすると、宏ちゃんが笑い交じりに階段を上ってくる音がした。
 すぐに、小ざっぱりした格好の宏ちゃんが、ひょいと台所に姿を現す。
 
「宏ちゃん、お疲れさまっ。ごめんね、お出迎えもせんで」
「なーに言ってんだか。晩飯、ありがとうなあ」
 
 にこにこと大らかな笑顔を浮かべた夫が、近づいてきた。「しょうがのいい匂いがする」と弾んだ声に、心がときめく。
 
「イワシのつみれ汁なん。宏ちゃん、お昼外食やったから、さっぱりしたの食べてほしくて……」
「そっか……嬉しいよ、成」
 
 後ろから伸びてきた片腕に、ぎゅっと抱き寄せられる。甘えるようにこめかみに頬ずりされて、きゅんとしてしまう。
 
「宏ちゃんってば、甘えんぼさん。どうしたん?」
「うん。成はもっといい匂いだなって」
「ひぇ……やぁ、くすぐったいよう」
 
 キスされた耳が、ぱっと熱をもつ。会いたかった人がいちゃいちゃを仕掛けてくれて、嬉しくないわけがない。
 とはいえ、妻のけじめ――ぼくはコホンと咳払いする。
 
「もう、だめですっ。さきに手を洗って来て?」
「ちぇっ。わかりました、奥さん」
「ふふっ」
 
 残念そうに身を引いた宏ちゃんが、かわいい。
 大きな背を、見送りかけて……宏ちゃんの手にあるものに気づく。
 
「宏ちゃんっ、それお手紙……!」
「ん? さっき届いてたんだ。何か待ってたのか?」
 
 宏ちゃんは不思議そうに、差出人を改める。――はがきのDMが一枚、封筒が二通。しらず固唾を飲んで見つめていれば、「おっ」と声を上げた。
 
「貴彦さんから招待状だ。新薬発表のパーティだって」
「……やったぁ!」
 
 ぴょんと飛び上がってしまい、宏ちゃんに驚かれてしもた。
 
 

 
「いやー。成がそんなにパーティ好きだったとは」
「うう、違うの~」
 
 ラクな服装に着替えた宏ちゃんが、にまにまと笑みを浮かべている。大きな手には、招待状。ぼくは、ちょっぴり気恥ずかしい思いで、クッションを抱いた。
 ちなみに、夕飯の準備はあらかた済ませてしまったので、ソファで寛ぎタイムです。
 
「パーティに出たいというか……うーん、宏ちゃんにね……」
「俺に?」
 
 灰色がかった目に見つめられ、うっと詰まる。
 実は……ちゃんと届くかなって、少し不安やったん。郵便屋さんの都合やって、いつもなら思えるんやけどね。
 
 ――宏ちゃんは、立派なひとやもの。皆、わかってくれているのに……。
 
 あの、お義母さんの強張った横顔が、引っかかっていて。
 自分でも良くわからない不安を、どう口にしていいかわからなくて、ぼくは曖昧に笑う。
 
「んんと……何でもないです。それより、ぎゅっとしてもいい?」
 
 やから、初志貫徹をすることにした。クッションを脇に置いて、宏ちゃんをじっと見上げると、くすりと笑われる。
 
「何だよ。いいに決まってるぞ」
 
 開けひろげられた胸に、ぴょんと飛び込んだ。抱きつくと、ゆったりした部屋着ごしに、あたたかな体温が伝わってきた。
 幼い頃からの恵みなのか、この場所では無条件に安心できちゃう。

「どうした?」

 低く穏やかな声に尋ねられ、顔がほころぶ。
 
「ぼく、今日ね……宏ちゃんのこと、すっごく好きやなって思ったん」
「えっ」
「やから、パーティが嬉しいん。すっごく……」

 ぎゅ、と腕の中の夫を、大切に抱きしめる。
 優しくて、頑張り屋さんな宏ちゃんを、見逃さずにいたい。そして、ぼく以外にも、見逃されないでほしいって思う。
 
「成……」
 
 シャツに縋ると、腕の中の体が熱くなった気がした。宏ちゃんは低い声で唸ると、ぼくをぎゅうと抱きしめる。――苦しいほどの力が嬉しくて、うっとりする。
 
「俺も好きだよ。成のこと……毎日、いつでも好きだなって思ってる」
「ほんと? 嬉しい……!」
「ああ」
 
 少し性急に、おとがいを持ち上げられた。やわらかな感触が、たっぷりと唇に触れ――ぼく達は、静かに言葉を失う。
 
「……近いうちに、服でも見に行くか」
「うんっ」
 
 ぴったりと寄り添って、笑い合う。
 ……その日の晩ごはんは、とてもゆっくりになってしまった。
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