いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百四十四話

 ――そして、パーティに向けて準備する日々が始まったん。
 なにせ、パーティのある十月までに宏ちゃんのスケジュールはぎっちり。しっかり休みをとるために、多忙な日々を過ごしていました。
 ぼくも、妻としてお手伝いを頑張るぞって張り切っています。
 
 
 
「――宏ちゃん、入りますよ」
 
 お茶と昼食を持って書斎に入ると、宏ちゃんは真剣な顔で原稿用紙と向き合っている。すごく集中してるみたいで、ぼくが入って来たことにも気づいてへん。
 そっと近づいて、怜悧な横顔を覗き込んだ。
 
 ――わあ……作家さんの顔してる。
 
 執筆中の宏ちゃんの横顔は、いつもの大らかな彼と違う。刀みたいに、研ぎ澄まされた雰囲気でかっこよかった。ずうっと見ていたいくらいやったけど……ぼくは、そっと声をかける。
 
「宏ちゃん先生、お疲れさまです。ちょっと休憩してくださいね」
「……おお! ありがとな」
 
 机に向かっていた作家先生が、振り返る。すでに優しい夫の顔に戻っていて、この変身がいつも不思議で、くすぐったい。
 
「調子はどうですか?」
 
 お盆をローテーブルに置いて尋ねる。ソファに移動した宏ちゃんは、執筆中だけかける眼鏡を外して、目頭を揉んでいる。
 
「ああ、悪くないよ。ただ、枚数がやばいことんなってるか……また、助手さんには手間をかけちまうな」
「任せてくださいっ。たくさん読めるのはファンの喜びやから!」
 
 ドン、と胸を叩くと、宏ちゃんはふっとほほ笑んだ。「頂きます」と手を合わせて、おにぎりを頬張りはじめる。
 
「成は食ったのか?」
「あ、うん。握ってるときに食べたん」
「そっか。この鮭と枝豆の奴、うまいなー」
「ほんま? 嬉しい」
 
 あっという間に四つ平らげてしまい、湯飲みのお茶を煽るように飲んでいる。……熱くないのかな。
 〆切の近い時は、宏ちゃんはとかくお仕事に真剣や。寝食の時間を削ることもしばしばで、はらはらする。せめて、時間のない中に食べごたえと思って、色々してはいるものの……どこまで効果があるのかどうか。
 
 ――ぼくがパーティに出たいって言ったから、無理してくれてるよね。ごめんね……
 
 謝りたくなる唇を、ぎゅッと結ぶ。ぼくに気を遣わせるよりも、少しでも安らいで欲しいから。ぼくは、いまにも仕事に戻りそうな働き者の手を、そっと取った。
 
「宏ちゃん、無理しないでね。晩ごはんは、一緒に食べようね」
「ああ、ありがとうな……お前こそ、大丈夫? お店の方、困ってないか」
「それは、大丈夫っ。常連さんたちもいてくれるから」
 
 心配そうに訊ね返され、ぼくはにっこり笑う。宏ちゃんが修羅場の間、お店は「ぼくに任せて」ってお願いして、任せて貰うことにしたん。ぼくやと、ランチと飲み物くらいしか出来ひんのやけどね。
 
 ――せっかくお客さん増えてきたし、お休みしちゃうのもったいないもん……! 
 
 コーヒーから配膳まで手伝ってくれる常連さんたちのおかげで、店長代理は頑張れています。
 そう言ってVサインをすると、宏ちゃんは目を細めた。
 
「助かるよ。本当に……成こそ、無理しないでくれな」
「えへ。へっちゃらです」
 
 大きな手に頬を撫でられて、胸がほわりと温かくなる。
 優しい指先で、猫を可愛がるように顎をくすぐられ、くすくす笑ってしまう。宏ちゃんは、甘い声で囁いた。
 
「……なるたけ早く、ひと段落させるから。そしたら、二人でゆっくりしような」
「うん、宏ちゃん。ぼくにも、どーんと頼ってね」
「ああ……」
 
 おでこをくっつけて、ほほ笑み合う。
 ……忙しいときでも、宏ちゃんは優しい。不機嫌をぶつけられたこともない。ぼくに、いつでも注意を払ってくれる宏ちゃんって、ほんまにすごいなあって思う。
 
 ――ぼくも、宏ちゃんを大切にするんや。よおし……!
 
 宏ちゃんには、執筆作業に集中してもらえるようにして。あとは、美味しいご飯とホカホカお風呂で英気を養ってもらわなきゃ。
 心にきめて、ぱっと体を離す。
 
「では、お邪魔しました。晩ごはん、期待していてねっ!」
「えっ」
 
 ピッと敬礼し、お部屋を飛び出した。
「成~~」と切ない声が聞こえた気がしましたが、気のせいやと思います。
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