いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百五十三話

 近くの喫茶店に入り、ぼくは城山さんと向き合って座っていた。くしくも、陽平のお母さんにも連れられてきたお店と同じ。夫婦は嗜好が似るのやろうかと、ちょっと現実逃避してしまう。
 
 ――気迫におされて来てしもたけど……どうしよう。
 
 厳しい視線に射すくめられ、居心地が悪い。
 日当たりの良い窓際のお席なのに、ぼくは極寒の地に居るような心地やった。城山さんの背後の席にはSPの男性が二人座っていて、逃げられそうもない。ぼくに背中を向けて新聞を読んでいるのに、すごい威圧感なんやもの。
 
「紅茶は嫌いでしたか?」
「い、いいえ。ありがとうございます」
 
 好みを尋ねられただけなのに、尋問されているみたいです……! おずおずとティーカップに口をつけると、城山さんは満足そうに頷いた。
 
「込み入った話なのに、このような場所で申し訳ない。だが個室に入るのは、人妻のあなたに不利益だろうから」
「いえ……お気遣いいただきまして、すみません」
 
 ぼくは、こわごわと頭を下げる。元家族であっても、既婚のオメガへの配慮をきちんとして下さるのはありがたかった。
 
 ――そういえば、陽平もオメガに対して紳士的だった。お父さん譲りだったんや。
 
 城山さんは、音を立てずカップを置く。
 
「成己さん。私は、あなたに謝罪しなければと思っていました。願うだけで叶わず、今となってしまったことを――どうか、許して頂きたい」
「え……」
 
 周囲のテーブルで、ざわりと驚きの声が上がった。
 城山さんが座ったまま、深く頭を下げている。ぼくは、ぎょっとして椅子から立ち上がった。
 
「や……やめてください! どうして……!」
「息子の愚かしい振る舞いを、お詫びします。本当に申し訳ありませんでした」
 
 城山さんは頭を下げたまま、微動だにしない。
 厳格な人だと、陽平から聞いていた。そんな人に頭を下げられているなんて、バツが悪くて耐えられない。
 
「城山さん、どうか……わかりましたから」
「言い訳をするようですが、私は知らなかったんです。あなたと陽平が、予定通り結婚したものだと信じ込んでいた。帰国するまで、こんなバカなことになっているとは、夢にも……」
「えっ……」
 
 ぼくは、喘ぐように吐かれた言葉に、目を見ひらく。


 
 
 ――お義父さんは、知らんかった……? ぼくと陽平の婚約破棄を、了承なさったものやとばかり……!
 
 初めて聞く事実に、絶句する。でも、真実であると示すかのように、城山さんの声には深い苦悶に塗れている。
 
「まさか、私の息子が晶くんと浮気し、ずっと連れ添ったあなたを、センターに入所させるところだったなど……仕事にかまけ、家庭を妻に任せきっていたことを、これ程後悔したことはありません。野江さんがいなければと思うと、恐ろしくてならない」
「あ……」
 
 テーブルの上で、指の関節が白くなるほど、大きな拳が握り込まれていた。
 ぼくは、城山さんの告白を呆然と聞いていた。やけど……心のどこかで、ぺしゃんこになっていたものに、なにか温かな水がかけられた気がしていたん。
 
「……城山さん、どうかお顔を上げてください。もういいんです」
 
 ぼくは重ねてお願いして、頭を上げてもらう。
 
 ――ぼくは……皆さんに追い出されたんやなかったんやね……
 
 陽平と蓑崎さんのこと、お義父さんはご承知では無かった。全員に賛成して、お家を出されたんやなかったんや。
 
『お願い、ここに居させて……!』
 
 みっともなく泣いて、陽平に縋った日のこと。お義母さんに冷たく追い返されたときのことを思い出すと、まだ胸がずきずきする。
 
 ――けど……あの時、お義父さんがいらっしゃれば、庇ってくださったのかな。
 
 それを知れただけで、十分な気がした。ぼくは目尻に浮かんだ涙を拭う。
 
「城山さん。ぼくは、野江さんに嫁いで幸せに過ごしています。どうかもう、お気になさらないでください」
 
 にっこりとほほ笑む。……胸の奥がすうっと軽くなる。心に抱えたままやった荷物を、やっと下ろせたような気持ちやった。
 
「成己さん――」
 
 城山さんは、僅かに目を瞠る。
 
「ありがとう」
 
 厳しい顔が、微かに和らぐ。陽平と婚約しているときにも、見たことのない笑みだった。他人となってから見られたことに、少しだけ悲しくなる。
 
「いいえ。あの……ぼく、それでは」
 
 連れてこられたときは、どうなるかと思ったけど、お話を聞けて良かった。
 それでも、これ以上は宏ちゃんに申し訳ない――そう思って、お話を切り上げようとすると、「待ってほしい」と引き留められる。悔恨が消え、深い決意の漲った声やった。
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