いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百五十六話

 その晩、ぼくは自室で考え込んでいた。
 ローテーブルに頬杖をついて、じっと見下ろすのは……城山さんに渡されたジュエリー。あの人、置いていかはったから。そのままに出来ずに持って帰ってきてしまったん。
 
「……はやく返さなきゃ……」
 
 こんな高価なもの――と思いかけて、「それだけじゃない」と気が重くなる。元婚家からの贈り物を持っているなんて、宏ちゃんに対する裏切りに思える。
 まして、あんな依頼をされた日には。
 
 ――帰ってきてほしい、なんて。そんなの無理にきまってるのに……どうして。
 
 城山さんは、いったい何を考えてはるんやろう。
 陽平が蓑崎さんと浮気して、婚約破棄になったわけでして……あいつの元気がないからって、頼みに行く相手が違うと思うんよ。
 
「はあ……」
 
 しんどさが、深いため息になって溢れ出た。
 陽平のお父さんにまで追い出されたんじゃなかったことは、本当に嬉しかったよ。ぼくの四年間が、ちょっと救われた気がしたから。
 あの人が、陽平をとても大切に思っていることも、わかったし。
 ……でもね。
 
「あっち行ったり、こっち行ったり……そんな、簡単なことと違うよっ!」
 
 ぼくは、わっとテーブルに突っ伏した。
 
 ――どうして。どうして……そんなひどいことを言えるん?
 
 ふた月前……ぼくは、陽平に婚約破棄された。四年も付き合ったのに、それはあっけないもんやったんや。蓑崎さんを守るために、別れるって言うたんやもん。
 
 『お前を好きだったことなんて、一度もない』
 
 陽平は、ぼくには同情やったんやって、はっきり言うたんやから……!
 その結末こそが、ぼくらの四年の全てやないの? やのに、陽平の元気がないから戻ってこいやなんて。ぼくは、陽平に助けてもらった借りがあるから、こんな風に扱われても仕方ないってことなん?
 
「ひどいよ……! ぼくの気持ちは、どうなるん?」
 
 こんなのは、あんまりやと思った。
 
 ――追い出されて、辛かったのは……センターに行きたくなかったからやない。大切な人のそばに、居たかったからや!
 
 滲んできた涙を、手の甲で乱暴に拭った。
 
「ぼくはもう、宏ちゃんの妻やもん。今がいっとう、幸せなんやもの……!」
 
 左手で首輪に触れる。なめらかで、確かな感触が伝わって、ほうと息を吐いた。
 
 『ずっと、俺の家に居たらいい』
 
 宏ちゃんはそう言って、行く当てのなかったぼくを優しく迎え入れてくれた。
 この幸福を手放したくない。
 宏ちゃんの側以外には、もうどこにも行きたくない。
 
「……はやく、けじめをつけなくちゃ」
 
 ぼくは、むくりと身を起こす。
 万が一にも、この件が宏ちゃんに悪く伝わったら、と思うと怖かった。まずは、宏ちゃんに伝えないと――
 
「成ー?」
「……ッ!」
 
 穏やかな声がドア越しにかけられて、ぼくは飛び上がる。
 
「は――はいっ」
 
 答えながら、咄嗟にジュエリーケースを掴み、近くの引き出しに押し込んでいた。「しまった!」と思うも、すぐにドアがあき、宏ちゃんがひょいと顔を出してしまう。
 
「りんご剥いたんだが、食べないか?」
「あっあっ嬉しい。ありがとう」
 
 いつも通りの優しい笑顔に、おろおろと笑い返す。
 
 ――ばか、ばか、ばか! からだが勝手に動いて……!
 
 心の中でポカポカと自分を叩いていると、宏ちゃんは「よっこらしょ」と腰を下ろした。大きな手に持っていた器をことりとテーブルに置く。
 
「帰りに、スーパーで目が引かれてさ。もうすっかり秋だなー」
 
 小さな磨りガラスの器に、うさぎのりんごが身を寄せ合っていた。赤く、つやつやした皮でできた耳が愛らしい。
 
「うさぎさん、かわいい……」
「ふふ。成と言えば、これだよな」
 
 からかうように甘くなる夫の声に、ぼくは胸がきゅう、と愛しさにしぼられる。
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