いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百五十八話

 翌朝はやく――ぼくは、宏ちゃんを仕事に送り出していた。にっこり笑って、大きなお弁当を手渡す。
 
「宏ちゃん、気をつけてね」
「ありがとう。……ごめんな。話も聞けないまま、仕事に行く羽目になっちまって」
「ううん、次の作品のための、大切な取材やもん!」
 
 笑顔で頷くと、宏ちゃんはすまなそうに眉を下げた。昨夜のお電話は、明後日に予定されていた打ち合わせが、先方のご都合で今日に変更になったってことやったん。
 宏ちゃんは、ぼくを置いていくことを、しきりに心配してくれている。
 
 ――お仕事なんやから、しかたないのに……ほんまに、優しいんやから。
 
 ぼくは心配を拭き飛ばせるように、にっこり笑ってみせる。
 
「ぼくのことは気にしないで。たくさんお話して、素敵な作品にしてねっ」
「成……」
 
 宏ちゃんは、何か言いたげな顔をしていた。でも、お弁当を抱えたのと逆の手で、頭を撫でてくれる。
 
「なるべく早く帰ってくるよ。すまんが、念のため店も休みにして、うちにいてくれな」
「はい」
「なにか欲しいものがあったら、連絡してくれよ。帰りに買ってくるから」
「ふふ。はーいっ」
 
 心配そうに、宏ちゃんは何度も念を押していく。
 ゆっくりと締まったドアが、施錠音を響かせるのを聞き届けると――ぼくはほうと息を吐いた。
 
「……さて、久しぶりのお留守番ですね」
 
 このところ、宏ちゃんとずっと居てくれたから、ほんとうに一人なのも珍しい。
 しんと静まり返った家の中は、いつもより広くって――自分が小さく思える。
 
「よしっ、とりあえずお掃除しよっと」
 
 ぼくは、ことさらに大きな声で気合を入れ、腕まくりをした。
 
 
 
 家事を終えて、あっという間にお昼前になった。
 
「~♪」
 
 ぼくは鼻歌を歌いながら、丸くこねたタネをフライパンの上に置いた。ジューッと良い音がして、お肉の焼ける香ばしい匂いが広がる。

「わぁ、おいしそう!」
 
 お昼ご飯も兼ねて、お店のキッチンで新メニューの開発に取り組んでるん。ランチの営業を任せて貰ってから、ぼくって本当にお客さんに助けられてるなあって実感してね。美味しいランチを作って、ご恩返ししたいのです。
 
「うーん……ちょっとこってりしすぎ……? 照り焼き風より、ポン酢あんが良かったかなあ」
 
 お豆腐のハンバーグにかけるソースを味見して、首をひねっていると、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
 
「何やろ?」
 
 荷物の予定はないし、宏ちゃんの帰宅にしては早すぎる。用心深くスコープで来客の確認をして、ぼくは目を丸くした。
 
「杉田さん!」
『おーい、成ちゃん。店長、いるかいー? す、すまないけど、出てきてくれないかなっ』
 
 カメラの映像には、杉田さんが映っていたん。杉田さんは、大きな箱を重そうに抱えて、ふうふうと荒い息を吐いてはった。
 
「ま、待っててくださいね!」
 
 今にもその場に倒れそうな様子に、ぼくは慌てて玄関に応対に出た。
 

 
「りんごをさ、親戚が送ってくれたんだけども。ジイサンバアサンじゃ食いきれないから、店で役立ててもらえないかってねえ……!」
「わあ、ありがとうございますっ。こんなに立派な……ほんまに嬉しいです!」
 
 受け取った大きな箱の中には、つやつやした赤いりんごがぎっしりと詰められていた。甘酸っぱい芳香が鼻腔を抜け、口の中いっぱいに涎が湧く。
 しばらく立ち話をしたあと、「店長にもよろしくね」と杉田さんは、にこやかに帰っていかはった。今から、お友達のお家で麻雀をするんやって。
 意気揚々と去っていく背に、ぼくはくすりと笑う。
 
「ありがたいことやねえ。何を作ろうかなあ」
 
 甘酸っぱい香りのする箱を大事に抱え、家の中に戻ろうとしたときやった。
 
「――成己さん」
 
 鈴のなるような声に名を呼ばれたのは。
 
「……えっ?」
 
 ぎょっとして振り返る。すると――いつから、そこに居たんやろう。
 家の向かいに、城山さんが立っていた。秋の風に赤いワンピースがびょう、となびいている。
 彼女の後ろから、ぞろぞろと黒いスーツを着た人が現れた。
 
「成己さん、来てくれるわね」
 
 やわらかい声なのに、有無を言わせない響きがあった。
 白い指先に、背後の車を示されて――嫌な予感に、耳の横を冷や汗が伝う。
 ぼくは、じりじりと後じさった。
 
「申し訳ないですが、今日は出られません。また改めて……」
 
 このままここに居たら不味い。
 ぼくは一礼し、すぐに踵を返した。失礼を承知で、小走りで玄関に戻る。

「あっ」
 
 けれど、ドアに手をかけた瞬間。
 背後に人の気配を感じた。振り返る間もなく、顔になにかやわらかい布を強く押し付けられる。
 
「――!?」
 
 冷たい――そう感じた瞬間、息が出来なくなる。
 頭がくらりとした。眼前の玄関のドアが、どろりと崩れ落ち……ぼくは意識を失った。
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