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第一章 おけつの危機を回避したい

三十四話

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「うーん」
 
 おれは、朗々と響く講義を聞き流し、シャーペンをくるくる回しとった。板書もどんどん進んで、黒板に字がびっしりになってくんに反比例して、おれのノートは真っ白や。
 アホやから、普段はノートとるくらいはすんねんけど。
 ……今はどうも、やる気が出んのです。
 
「ふう」
 
 深ーいため息が出る。
 ここ最近のこととか、おけつの危機に比べたらさ。別に、何という事も無いんやけど……。ノートに突っ伏して目を閉じたら、また”あの言葉”が脳内でリフレインする。
 
――好きなやつが他の野郎のもんになるとか、俺やったら許せんわ。
  
「うう……」
 
 なんなん、それ。
 そういうのって、恋したことなかったら、言わんことない? 言わんよな? だっておれ言うたことないもん。
 じゃあ、晴海って――好きな人いたことあるってことやろ。それって、なんかめっっちゃ、モヤモヤするねんけど……
 いや、べつに!?
 晴海だって、年頃の男の子や。今までに、「ええなー」って思った子くらい、いて当たり前よ。竹っちだって、気になる人出来たって言うてるんやもん。
 でも。
 せやったら、何でおれに言うてくれへんの?
 おれは、晴海になんでも喋ってるし、恋とかしたら一番に聞いてもらうのに。大親友やもの。おけつのことだって、いくらおれでも晴海にしか話せへんよ。
 ズキン、と胸が痛む。
 目前にある、晴海の真っすぐに伸びた背中に、無性に手を伸ばしたくなった。

「晴海……」

 そのとき、晴海がすっと腕を避けて文字の書かれたノートが目に入る。「読め」って言うみたいに、ペン先が忙しくノートを叩く。
 どきっとして、おれは身を乗り出した。
 なになに、「お、ち、つけ……」
 
――さかきばら、みてるぞ!!
 
「……今井くん、さっきから何を騒いでいるんですか?」
「あっ」
 
 文字の意味を理解した途端、ポンと肩を叩かれた。シャツ越しに氷のような体温が沁みて、鳥肌が立つ。
 晴海が、がくりと肩を落とした。ご、ごめん……でも、だって、考え事してたんやもん!
 半泣きで榊原を見上げると、眼鏡が逆光でピカーンと光った。怖。
 
「君ねえ。落ち着いて授業を受けることも出来ないんですか? 他の皆に謝りなさい」
「ご、ごめんなさい」
 
 立ち上がって、ぺこぺこと頭を下げる。ああ、クラスメイトの冷めた目が刺さる。って、上杉と鈴木、爆笑しとるやん。山田に至っては寝てるし!
 晴海が、ガタッと席を立った。
 
「先生、すんません。俺も一緒になっとったんです」
「有村くん。恋人だからって庇うのは、愛ですか?」
「愛ですね」
 
 ヒュー! と上杉の口笛が響く。
 晴海は、「心配すんな」って言うように頷く。じんと目が熱くなって……今度は素直に「ごめん」と思った。
 榊原先生は、威圧感タップリに眼鏡をクイクイ上げ下げした。(教室のどこかから、何故か「ほう」と感嘆のため息が……)。
 
「ともかく――今井くん、あとで準備室に手伝いに来なさい」
「ひっ」
 
 さあっと血の気が引く。どうしよう……!
 と、晴海がおれの肩をギュッと掴む。
 
「あ……!」
「先生、俺が――」
「榊原先生!」
 
 そのとき。晴海の強い声を遮るように、よく通る声が響いた。おれだけでなく、晴海も榊原も、みんなが振り返る。
 竹っちやった。輝く笑顔で、竹っちは言い放つ。
 
「俺が片付け、手伝います! ただのダチ同士なら、庇うことにならないですよね。なっ、今井!」
 
 どえええ~!?
 
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