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第二章 淫紋をぼくめつしたい

お隣さんとの攻防⑥(2023/06/22、新しく挿話しました!)

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 トン、トントン。
 晴海が、お隣さんの部屋のドアをノックする。しばらく、じっと待ってみるけど、返事はない。
 
「……物音もせんな」
「また、お留守やろか」
 
 おれと晴海は、顔を見合わせる。
 
「また出直すか」
「うん……夜中には帰ってきはるみたいやのに……毎日、どこに行ってはんねやろ?」
 
 あんな。
 あれから、お隣さんにお詫びのお宅訪問をしとるんよ。でも、いっつもお留守で、いっこうに会えてへんのよな。
 どうも、朝はすごい早くに出て行かはって、夜遅くまで帰ってけえへんみたい。ご在室やてわかる時間が時間なもんで、お邪魔するんも悪いなと思って……
 
 ――おれのせいで、お部屋に居づらいとかやったらどうしよう。
 
 しょんぼりと落ちた肩を、横からガシッと抱かれる。わしわしと犬にするみたいに頭を撫でられて、目を白黒させてまう。
 
「うわわっ、何すんねん」
「まあ、忙しい人なんやろ。シゲル、またあんぱん分けっこしよか」
「晴海……そうやなっ」
 
 悪戯っぽく手土産のパンの袋を掲げる晴海に、おれも笑った。 
  
 
 
 
 
『さて、薬を使い始めて十日は経ったわよね。どんな感じ?』
 
 昼休みの被服室。おれと晴海は、姉やんに経過の報告をしとった。
 おれは、姉やんの質問にニッコリ笑って、ブイサインを作る。お隣さんのことはともかく、体調はすこぶる良好やねん。
 
「順調やで! どっこも、肌荒れとかもしてへんし。使ってから、発情は一回も来てへんねんでっ」
『おっ、そうなの? いいじゃん!』
 
 姉やんは、ぱっと明るい顔になる。
 一週間に必ず一、二回起きてた発情が、まだ起こってへん。これって、薬が効いてるってことやんな!
 
『期待以上の結果ね! 発情の抑制効果が働いてるなら……まず、第一関門突破だわ』
「第一? どういうことっすか?」
 
 喜色満面の姉やんに、晴海が目を丸くした。
 
『うん。スライムを駆除するにあたって、いの一番にしなきゃなんないのは、「発情発作の抑制」だと思うのね』
「えっ、なんで?」
 
 口を挟んだら、姉やんは「黙って聞きなさい」と睨んできた。怖い。
 
『シゲルのケツ穴には、スライムが棲みついてるでしょ。そいつは精液を主食にしてるから、定期的に宿主を発情させ、性交に及ばせる。ここまでOK?』
「う、うん」
『この発情ってもんが、やっかいなわけじゃない? まず日常生活がおぼつかないし。精液を与えるまで治まらず、放置すると脳へのストレスで最悪発狂しちゃうんだもの。マジで、男をチンポ狂いにする為だけの、凌辱ゲーム仕様のご都合薬よね~』
「ひええ」
 
 めっちゃ怖ーい!
 改めて聞くと、おれの状況ってめっちゃヤバいやんけ。榊原の奴、ひとの体になんてことをしてくれんねん……!
 全身を満たす悪寒にガタガタ身震いしとったら、晴海がガシッと肩を抱いてくれた。
 
「安心せえ。お前を、そんな目にはあわせへん。俺も、お姉さんもな」
「うう、晴海ぃ~!」
 
 なんて頼もしいんや。ひしっと胸に抱きつくと、不安が落ち着いてくる。
 姉やんも、うんうんと頷きながら、親指を立てていた。
 
『発情の発作を抑えられれば、大分安心して生活できるでしょ。それに、発情さえ起きなければ……セックスをする必要がない。これ、どういうことかわかる?』
「え、えっと。晴海の負担がない……ってこと?」
 
 おれの命が危険やから、晴海は心配してエッチしてくれてるわけやんか。つまり……おれが発情せえへんかったら、晴海はエッチせんで済むってことやんな。
 
「……っ」
 
 意気揚々と言うたものの――なんでか、胸がチクってする。ぎゅっと胸を押さえとったら、姉やんはふうとため息を吐いた。
 
『それもあるけど。さっき、スライムの食料は精液だって言ったでしょ。発情が起きなくて、精液を摂取できなかったら?』
「あ……! 普通に、腹へって死にますね」
 
 晴海が、指をパチンと鳴らす。姉やんは、画面越しに人差し指を勢いよく突き立て、興奮気味にまくしたてる。
 
『そう! だから、発情さえ抑えられれば、スライムは死滅するはずなの。今の薬じゃ、完全に抑えられなくても――食事の頻度が減れば、弱っていくでしょう? 弱れば、発情を起こすことだって』
「なるほど、頻度は減るはず。そしたら、結局食えへんようになって、死ぬゆうわけですね!」
 
 晴海は興奮気味に言うて、パシーンと膝を打った。
 おれも、ほっぺがカッカしてくる。対抗する薬でわーってやっつけるだけやなくて、じわじわと弱らせていく。こんなやっつけ方もあるんやね!
 
「姉やん、すごーい! 天才!」
「お姉さんおったら、百人力ですわ!」
 
 おれと晴海は、手のひらが熱くなるほどの拍手を贈った。
 
『あーっはっは……とはいえ、まだ油断はできないわ。まだ完全な薬じゃないから、今日にも発情が起きるかもしれないし』
 
 姉やんは、いきなりスンと大真面目になって言う。晴海も、顔をきりりと引き締めた。
 
「……はい」
『シゲルの言う通り、あんまり長期戦だと晴海くんも大変だしさ。私も、もっと効果のいい薬を開発してくつもりよ。近々、もう一回サンプルを送ってもらうから、そのつもりでね』
「りょうかい! 姉やん、ありがとう!」
 
 びし、っと敬礼すると、姉やんは「授業があるから」と通話を切った。
 おれは、スマホをポッケにしまう。
 
「よかったな、シゲル」
「うんっ、ありがとうなぁ」
 
 笑顔で頷く。このままからだが治ってくれたら、おっきい問題が解決するもんな。
 
「……って。もちろん、お隣さんのことも解決せなあかんけどな」
 
 ペロ、と舌を出すと、晴海は笑う。
 
「しかし、あの人。謝りに行こうにも留守ばっかやし、タイミング悪いよなあ。どうせやったら、夜におらんほうが都合ええのにな」
「も、もう! アホなことばっか言うて……おれらも授業はじまるでっ!」
 
 さらっとこういう事言うから、恥ずかしい。熱いほっぺを隠すよう、おれは鞄を腕に抱えて、扉に向かう。
 
「シゲル」
 
 と――ふいに後ろから抱き寄せられる。
 ぎゅ、って両腕が囲うように胸の前を交差して、目をぱちりとする。
 
「晴海?」
「あー……あのな、一応言うとくで。俺、シゲルとセックスするん、ぜんぜん負担と違うからな!」
「え……!」
 
 びっくりして、横を振り仰ぐと――目元を赤くした晴海の顔がある。
 
「お前の体は早よ治って欲しいけど……シゲルとしたくないからとちゃう。お前が大事やからやで」
「あ……っ」
 
 誠実な声で、明け透けなことを言われて――おれは、かああっと全身が燃えるかと思った。
 
 ――あ……おなかが、なんか変なかんじ……?
 
 ふいに、おなかの奥がつきーんと痛くなって……内ももがもじつく。「シゲル?」と不思議そうに聞かれて、おれはハッとした。
 
「あ、あほーっ! 晴海のスケベ! 恥ずかしいこと言うてー!」
「ぶほっ!?」
 
 おれは変な感覚を誤魔化すように、晴海を思いっきりビンタしてしもた。
 正味、ごめん。
 
 
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