平兵士は過去を夢見る

丘野 優

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8巻

8-3

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 見張りの兵士は俺のまとっているローブを見てその経歴を察し、きっちりと背筋を伸ばして挨拶をしてくる。
 まだ、特に止められることはない。普段は貴族たちしかいない区画に進んだら流石さすがとがめられるだろうが、ここは一般兵や士官候補生など、軍属が普通に歩き回る場所だ。
 適当に挨拶を交わして進んでいくと、見覚えのある顔に出会った。

「……おう、ジョン」

 いや、見覚えがあるどころの話ではない。俺の親父である。
 珍しく礼服を着ていて、かなり窮屈そうだ。ひげをしっかりっており、髪もでつけていて妙な感じを受ける。

「親父。今日は親父も謁見を……?」
「あぁ。まぁ、お前の父親だし、息子の晴れ舞台を見せてやろうってお考えなんじゃねぇか? 俺も陛下に謁見したのは数えるほどだからな……失敗しないように、よくよく気をつけて振る舞えよ」

 その言葉を聞いて、何度かはあるのか、とまず思った。
 まぁ、親父は魔剣士だ。国の中でも指折りの実力者だし、それなりの武勇も立てている。
 陛下と謁見したことがあっても、何らおかしくはない。
 俺は、経験者からのありがたい助言に頷いた。

「……分かったよ。ただ、失敗しないかどうかはな……やってみなければ分からない」

 俺が力なく首を振ると、親父は笑う。

「ま、それだけ余裕があれば大丈夫だろう。別に陛下は狭量なわけでもないしな。多少の失敗には目をつぶってくださるさ……じゃ、あとは謁見の間でな」

 それだけ言い残して、親父はそそくさとその場を去った。
 もう少し話してくれても、と思わないでもなかったが、あんまり王城で長話をしていると変なのが寄ってきたりするからな。
 遠くを見ると、親父の方を見つめている貴族の姿があった。
 あわよくば自分のところに引き込んで従士にでも、なんて考えているのだろう。
 親父ほどの戦士はなかなかいないからな。いたとしても、すでにどこかに雇われているか、ハキムのようなよほどの変わり者でぎょしがたいかのどちらかだ。
 親父だって国に仕える身だから、そういう意味でぎょしがたいのは間違いないのだが、それが分からない貴族も少なくない。
 いずれにせよ、親父はこれから先どんなことが起こるのかを俺から聞いて知ってしまっている以上、貴族から従士の話が来たとしても、確実に断るだろう。
 それに加えて、親父を引き入れるにしても、俺という厄介な存在がいるからな。
 俺は魔法学院を首席で卒業できたわけだが、一般的な貴族から見ればただそれだけだ。
 何の後ろ盾もない、簡単にどうにでもできる平民兵士に見える。
 それは間違っておらず、前世の俺はまさにそういう感じであった。
 ただ、前世にしろ今にしろ、問題は俺自身がまったく大したことがなくても、周りにいる人間がことごとく大物だということだろう。
 国王陛下と茶飲み友達らしい魔法学院長ナコルル、大貴族フィニクス公爵家の長男ケルケイロと長女ティアナに……そうそう、先日この国の剣術指南役に正式に任命されたハキム・スルトもいる。
 ハキムは剣闘大会や、魔族の王都襲撃の際に凄まじい活躍を見せたため、貴族や国王陛下の目に留まり、結果として正式にこの国の剣術指南役として雇われることになった。
 ハキム流はこの国に徐々に浸透し始めており、兵士たちの実力の底上げに貢献している。
 ハキム流は、彼が元々得意とするスルト流に、この国の主流であったルフィニア流の技術を取り入れたごった煮に近いものである。
 そのため、ルフィニア流に慣れている兵士へ教えるのに不自由しないというか、互換性があるというか……少なくとも兵士にはハキム流に対する拒否反応はあまり起きていないようだ。
 もちろん、前任の剣術指南役である五十八代目の剣聖は、唐突に現れたハキムに対し不満を持ったのだが、ハキムはそれを自らの剣で叩き伏せることで、自分のほうが指南役にふさわしいことを証明した。
 今では五十八代剣聖は剣術指南役補佐で、そしてハキムはその剣聖に勝ってしまったため、五十九代剣聖となっている。
 これは前世においても起こった出来事ではあるが、前回はもっと荘厳というか、しっかりとした決闘という形で剣聖の譲位が行われた。
 あんな売り言葉に買い言葉の延長みたいな感じの喧嘩で起こったことではないのだ。
 前世と比べると、なんだか格好がつかないような気がするが……まぁ、今後はこういう違いがどんどん増えていくのだろう。
 細かいことをいちいち考えても、きりがないと思うことにした。
 ナコルルも言っていたしな。未来は誰も知らない、それが当然だと。
 予測したり想像したりするのは構わないだろうが、「絶対にこうなる」という妙な確信は、もう持たないほうがいい。
 それは、俺にとって悪夢に続く道である可能性が高いのだから、むしろ予測とは異なることを楽しんでいきたい。


 ◇◆◇◆◇


「……ジョン・セリアス。前へ」
「はっ!」

 おごそかな声が、謁見の間に響く。
 陛下の声だ。穏やかでいて染みわたるような、あたたかな響きだった。
 俺はその声で名を呼ばれて、一段高くなった陛下の玉座より、手前の位置にひざまずく。

「ジョン・セリアス。お前の功績については、ここにいるナコルルからよく聞いている。ナコルルの研究に、多大なる寄与をしたらしいな」

 その言葉に、周囲にいる貴族たちからざわめきが起こる。
 謁見の間の左右の壁際には大勢の高位貴族たちが並んでいて、彼らはただ、功績ある平民に褒賞を与える、としか聞いていなかったらしい。
 これについては、謁見の間に来る前、控室に遊びにきていたケルケイロから聞いた。
 つまり、陛下が今言ったことは完全に晴天のへきれきなわけだ。
 ナコルル自身の功績については、彼女が貴種エルフと認識されている――公式の場では、そう姿を変えている――ことから、特に不思議に思われることはない。通常の人間――つまりは祖種ヒューマンの至り得ない多くの秘儀を抱えているがゆえに重ねることができた功績だ、と考えられて、貴族たちのしっせんぼうの対象にはなっていなかった。
 しかし、完全に普通の祖種ヒューマンであり、かつ、平民に過ぎない俺がそれだけの功績に大きく寄与しているとなれば、貴族にとっては非常に許しがたいことである。
 貴族というのは、自分より陛下にうまく取り入る人間を嫌がるものだからな。
 そんな中、ケルケイロの父であるフィニクス公爵だけは超然とした態度をしていた。少し俺に視線を向けると口元に茶目っ気溢れる笑みを浮かべたが、すぐに真面目くさった表情に戻る。
 ……ああいうところはケルケイロの親父っぽいなと思うが、俺は笑みをこらえて呼吸を整え、陛下に対し口を開く。

「それほどのことはしておりません。私はただ、ナコルル殿の求めに従い、少しばかりの助言をしたまでです。それとて、感想の域を出ておりません」

 あまり周囲からしっや怒りを買うのは勘弁願いたいので、一応けんそんしておく。
 しかし、ナコルルが余計なことを言ってそれをぶち壊した。

「陛下、この者の功績は、もはや寄与などという言葉で収まるものではありませぬ。わしとこの者は、共同して今までの研究成果を得てきたのであって、そのすべての栄誉を、わしとこの者で平等に分けたく存じます」

 それを聞いて、陛下はわずかに眉を寄せる。

「ではなぜ、今までそのことを言わなかったのだ?」
「それは、この者があまりにも自らを過小評価しているためにございます。先ほども申しましたが、この者はあくまでわしに助言しているだけであると、そう言い張って……共に成果を発表すべきと言っても、それはわし一人が成したことだと主張して聞かず。しかし、今までわしの作ったと言われるもの、生み出したと言われる理論を見ていただければお分かりかと存じますが、どれも、この国にとって、大きな利益を生んでいる……。わしは、たとえ自分一人の功績とみなされ後で嘘つきとののしられようとも、それらを陛下に献上せずにはいられませんでした」

 陛下の質問に、周囲の貴族たちは、初めはナコルルのことを非難がましい目で見ていたが、ナコルルが話し始めるとその視線が徐々に弱まっていった。
 そして、最後の言葉には、深く頷く者まで出始めた。
 まぁ、ナコルルの作ったものは、この国の平民のみならず、貴族たちにもかなりの利益をもたらしている。
 魔導馬車のたぐいは移動を楽にしたし、食料や薬草を長期にわたって保管可能とする保存庫や、深く学べば無詠唱も可能となる魔法理論など、挙げればきりがないほどだ。
 ここでナコルルを嘘つきであるとののしり、今後一切、彼女の頭脳を発揮する場をなくすというのは、国家にとっても、ひいては自分にとっても大きな損失になる。そこまで考えの及ばない者は、流石さすがにこの場にはいなかったというわけだ。
 現金な話ではあるが、貴族というのは損得勘定で生きていて、自分が儲かりそうならば悪魔にだって魂を売りかねない。
 ナコルルは、そういった貴族たちの心理をよく分かっている、と言えるだろう。
 陛下は、そんなナコルルの話をどんな気持ちで聞いていたのか。
 俺にはその心のうちをおもんばかることなどできなかったが、陛下はナコルルを見つめた後、深く頷いた。

「なるほど、お前の考えはよく分かった。確かに、真実を言わなかったのは褒められるものではないが、それはやむを得ぬことであったと認める。お前がその決断をしなければ、今のこの国で利用されている様々な技術や便利な製品は存在しなかったのだからな。それはこの場にいる、我が国の運営に携わる者全員がよく分かっていることであろう」

 その言葉に、周囲の貴族たちから「もちろんだ」「陛下のおっしゃる通り」「ナコルル殿は良い決断をなされた」などという言葉が呟かれる。
 ……なんだかな、という気もするが、いい方向に話が進んでいるので別に構わないか。

「で、あるから、これまでお前の功績としていた点は、今後一切不問としよう。その上で、だ。ジョン・セリアス。この者をどのように扱うべきか、だが……」

 陛下は途中で言葉を切って周囲を眺める。
 何か言いたそうな貴族たちが何人かいたが、しかしここで最初に言葉を発する資格があるのは、ナコルルであると誰もが分かっているのだろう。
 皆がナコルルに視線を向けた。
 ナコルルはそれを察して、口を開く。

「……できることなら、今の地位とは別に、彼の才能を発揮できる新たな場を提供するべきと愚考します。今の職場も決して悪いとは言いませぬが、彼の真価はもっと別のところにある。わしはそう思うのです」

 うーん、ここから先のナコルルの考えは、俺にはよく分からない。
 ナコルルは俺をどういう立場に置きたいんだろうか?
「色々とできる地位につけてやる」と謁見が始まる前にちらっと言っていたので、大体決まっていて陛下とも打ち合わせ済みなのだろうが、想像がつかない。
 そんな中、陛下は隣に立っている宰相に話しかける。

「……宰相」
「はっ」
「以前より計画していた、新たな軍団の準備は進んでおるか?」



 第4話 抜擢


 新たな軍団?
 漏れ聞こえたその言葉に、なんだそれは、とひざまずきながら思う。
 しかし、話は陛下と宰相の間で進んでいっているようだ。
 しばらくして話が終わったらしく、陛下は謁見の間にそろった者たち全員に向けて話しだす。

「……先日、この王都が魔族の大規模な襲撃にったことは、皆鮮明に記憶しているだろう」

 陛下の話は、そんな出だしだった。
 魔族の襲撃……結果的に前世に比べれば遥かに規模の小さな事件になったが、それでも王都が始まって以来の大きな損害をこうむったのは事実だ。
 人々は魔族を実際に自分の目で見て、彼らの本当の実力と恐ろしさを知った。
 それは王都の平民ばかりではなく、貴族たちも同じである。
 魔族は貴賤の別で手加減などしてくれなかった。平民も貴族も等しく襲われ、傷を負ったのだ。
 そのことを思い出しつつ、俺たちは陛下の話に耳を傾ける。

「あの襲撃を経て、貴族、平民問わず、数多くの王国民が大切なものを失った。私とて例外ではない。知り合いや、血族の者がいくにんか手の届かない高空へと去っていった……その悲しみは、皆も共有してくれると思う」

 陛下の親族まで亡くなったのか……それは驚きである。
 当然のことながら、王族たちは強力な騎士や魔術師たちに守られており、そう簡単に手出しすることはできない。
 しかし先日のあの襲撃は……王都を大きな混乱に陥れた。
 騎士や魔術師たちの守護を突破して、もしくはその隙を突いて魔物や魔人が王族に襲い掛かり、命を奪ったとしても不思議ではない。
 陛下は周囲を見渡しながら続ける。

「あれは、もはや災害といえるだろう。人が容易に予測できぬ災害。しかし、大地震や大津波と異なる点が一つある。あれは、あくまでも魔物や魔人といった、魔族の襲撃だった。つまり、武力をもって防ごうと思えば防げる。そうは思わんか?」

 確かに、その通りだろう。
 大地震はどうやったって防げない。それが来るまで予測などほぼできないし、起こればほんの数分で建物が倒壊し、人をその下敷きにしてしまう。
 大津波は……それに比べると何もできないというわけではない。
 地震の後に来ることは予測できるし、その間に海岸から離れ高台へと上れば、被害はある程度避けられる。
 しかし、それでも被害をゼロにすることは難しい。家屋や商店などの建物をすぐに移すことはできないし、自身の移動が困難な人間もいる。
 そうなると……やはり、人の手でできることには限界がある。
 しかし、この間の王都襲撃については、そのどちらとも違う。
 あれはあくまで、魔族が襲ってきた、という話である。
 つまり、原因である魔族を取り除くことさえできれば被害を防ぐことも可能だ。
 そして防ぐ方法とは、武力。
 これは謁見の間にいる全員が容易に分かる話で、貴族たちの表情にも理解の色が広がる。
 彼らの顔を見て、陛下はさらに言う。

「しかしだ。今、私や、そなたらが持つ武力と言えば……騎士団をはじめとした軍であるが、領民の守護及び国境防備にあてるだけで精いっぱいだ。それに加えて、新たに魔族の討伐といった任務を増やせばどうなるか。国土や領地の安全は低下し、ひいてはこの国の存続すら危うくなるかもしれぬ。私は、そんな命令を出す気にはなれない……」

 本気でそう思っているのか、演技なのか。
 どちらなのかは分からないが、とにかく陛下の顔には苦悩の色がにじんでいる。
 陛下の言葉に、貴族たちも思うところがないわけではないらしい。
 実際、領地を持つ貴族たちは自領を守る領軍と騎士団を持っているが、彼らの役割はあくまで外敵から領地を守ることだ。
 もちろん、その中には時たま出現し、村や町を襲おうとする魔物たちの討伐も含まれている。
 だから、魔物や魔人が現れたなら彼らが戦って排除するべきだ、という話に本来はなるだろう。
 しかし、今回の王都襲撃を経験すると、そう簡単にもいかない。
 今まで各地に現れた魔物たちは、領軍や騎士たちの手にかかれば、多少の苦労はするけれど確実に討伐できるようなものばかりだった。
 大規模な被害が出ることもまったくないわけではなかったが、それでも十年、二十年に一度といった、ごくまれな出来事でしかない。
 けれど、今回の王都襲撃時に出現した魔物たちはどうだっただろう。
 相対した騎士や兵士たちなら分かることだが、いずれもとてつもなく強大であり、命をかけて戦わなければ、とてもではないが倒すことなどできなかった。
 これは、王都にいた貴族たちも肌で感じていたはずだ。
 大きさも、魔力も、一般的な魔物とは隔絶したものばかりだったのだから。
 にもかかわらず、この程度の被害で済んだのは、王都にいる強力な戦士たちのおかげである。
 もしも同じ規模の襲撃が自分の領地で起こったらどうなるかと想像すると、自領の領軍や騎士団に討伐を任せてくれとは、簡単には言えない。
 それを理解している貴族たちから異論が出ないのを確認して、陛下は言う。

「だから、私は考えた。皆に負担をかけず、また皆を危険から守れる手段はないのかと。そして結論に至った。魔族退治を専門とする、新たな軍団を作ればいいのではないか、とな」

 この言葉に、貴族たちは驚きと困惑の声を上げる。
 その理由は様々だ。
 まず、単純にそれはいいことだ、という感嘆の声。これはあまり物事を深く考えていない者たちのものである。前世においても、権力のある人物に追従してばかりいたような者が中心、と言えば分かりやすいだろう。
 次に、困惑している者。これは、二種類に分かれる。
 そんなものを急ごしらえで設立して果たして効果が見込めるのか、と検討している者と、国王が新たに軍団を作ることによって、王家に強い武力が集中することになってしまうのではないか、と考える者だ。
 前者はフィニクス公爵をはじめとした、私欲とは無関係にこの国のことを思っている者たち。
 後者はナルスジャック伯爵を中心とした、あわよくば利権に食い込もうとする、最も貴族らしい者たち。
 ……それにしても、ナルスジャック伯爵なんて、前世以来久しぶりに見たな。
 相も変わらず蛙みたいな体型をしている小男だが、どことなくカリスマ性というか、目を引くような雰囲気を持っているのは流石さすがというべきか。
 しかし、フィニクス公爵と比べると一段、見劣りする。
 フィニクス公爵は見た目からして鍛えられていてスマートだ。
 息子と同様の甘い顔立ちをしている上、貴族として長い間、国のかじりに関わってきた自信と威厳が感じられる。
 前世では、この二人の綱引きが常に行われていて、その中であれこれと動く羽目になったが、今回はフィニクス公爵のほうが立場が強いかもしれない。
 彼に好意的な俺が色々と動き回っているし、息子であるケルケイロと俺は友人関係にある。ケルケイロを通じて俺の知っている情報も耳に入るため、有利に動けるに違いない。
 人脈についても、ナコルルやハキムなどの重要人物と知り合いになっているため、前世以上に様々な方向に伸びているはずだ。
 若干、ナルスジャック伯爵の勢いが弱く見えるのは、そのあたりが原因だろうな。

「新たな軍団――言うはやすいが、実際に作ろうと思うと様々な問題がある。とはいえ、立ち上げのためのたたき台は宰相に作り上げてもらった。宰相、説明を」
「はっ」

 陛下の言葉に応え、宰相が前に出る。
 文官のトップであり、また同時にフィニクス公爵と同格の貴族でもある彼は、しかしかなりの年齢だ。
 そのわりにきびきびとして背筋も伸びており、声にも張りがあるのは、彼のバイタリティが未だ尽きていないことを表している。
 前世において彼は早いうちに戦死して、息子が宰相の位を継ぐことになったが、彼が続けていればもっと楽に戦えたかもしれない、と思ったことがあるくらいのやり手だ。
 そんな彼が作った新たな軍団のたたき台は、それだけで一定の評価がつく。
 案を採決するにはこの場に揃っている貴族たちの賛成が必要だが、彼が担当しているのだから、ある程度の人間がすでに賛成に回っているのだろう。
 宰相は貴族たちを見渡して言う。

「まずは、皆さん。肩の力を抜いてくだされ。色々とご心配はありましょうが、その点について今から説明いたしますのでな」

 ひげをいじりながら、てんたんとした様子で話す宰相の言葉に、その場にいた貴族たちから緊張が少し抜けた。
 こういうところがある人なのだ。茶目っ気があるというか、笑顔が深く優しいというか。
 そのわりに抜け目ないので、敵には回したくない人だが。
 宰相は貴族たちの様子を確かめると、話を続ける。

「まず、皆さんの心配の第一。この軍団を抱えることによって、自領が危機に陥ると思っている方がおられるでしょう。しかし、その心配はありませぬ」

 なぜ危機に陥るのか、という点については言及しない。
 それはつまり、国王が新たな軍を使って自分の気に入らない貴族の領地を攻めるのではないか、という批判を含む話になるからだ。
 今回のようにあえてぼかして言っても、場合によっては不敬になるが、陛下が宰相の言葉に一切突っ込みを入れないところを見ると、初めから相談済みであることが分かる。
 宰相はさらに続ける。

「この軍団は、あくまでも魔族……つまりは、魔物と魔人を相手にすることを目的としたものです。人間相手に差し向けることはありません……それを行った場合には、何らかの補償を行うことをこの場でお約束いたしましょう。ただし、魔物や魔人を相手にするという目的を達成するために、人間を相手にすることは充分にあり得ますので、その場合は例外となります」

 かなり微妙な言い方だったので、質問が飛ぶ。

「たとえば、どのような場合でしょう?」

 この中では小さめの領地を抱える貴族である。自分の立場がおびやかされないか、不安なのだろう。
 宰相は、ふむ、と少し考えてから言った。

「魔人が催眠魔法で人を操っていた場合に、その操られている者を斬り捨てる、といったときですかな。奴らが催眠の手法を使ったことは歴史上で何度かありましたので、そういった場合に例外が認められないとなると、目的を達することができないのです」
「しかし、それを言い訳にされるということはないのでしょうか……?」

 かなり切り込んだ発言であるものの、これも叱責はされない。
 ……サクラかな? と思わないでもないが、実際は分からない。貴族のやり取りの妙なんて、俺に見抜けるはずがないのだ。

「ありませんな。催眠魔法にかかっているか否かは、簡便な方法によって判別できます。仮に操られている者が死んでしまったとしても、詳細な検査で残留魔力を調べることによって同様のことが可能です。それで間違いだったと分かれば、やはり補償の対象となるでしょう」

 その明確な答えに、小物貴族は安心したように頷いて下がった。
 しかし、本当に判別する方法があるのか、そして死後の検査が可能なのかは疑問だ。
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