なんでも屋の西京無敵さん〜なんでも承ります。殺人でも、構いませんよ〜

泥水すする

文字の大きさ
2 / 21
第一章 死にたくなった若者・綾野透

しおりを挟む

 大学を卒業してからは、あっという間に日々が過ぎていった。

 普通のサラリーマンになりたくなかった綾野は、大学卒業後はそのままアルバイト先の焼き鳥屋で働くこととなる。

 福岡市薬院の大通りにある、地元では美味いと評判の老舗焼き鳥屋。大学一年生の夏からずっと勤めていたこともあり、店の動き方、回し方、ノウハウはほとんど熟知している。アルバイト生は大体一年もしない内に辞めていくので、長く勤めていた綾野は店長からの信頼も厚かった。

 だが、いずれは辞めなければならないという自覚はある。若い内はまだいいが、一生焼き鳥屋のアルバイターとして生きていけるわけがない。給料も二〇万、福岡は家賃も物価も安いから生活自体には困らないが、贅沢をできるほどではなかった。

 なにか、自分に合った職業を見つけなければいけないな。最悪、サラリーマンも視野に入れておかなければならないだろう。こんなに忙しい焼き鳥屋で頼りにされているのだから、営業くらい余裕だ。それに自尊ではないが、俺は接客が得意な方だと思う。人並み以上の営業成績はすぐに達するはず。給料は三〇万、ボーナス込みで年収は五〇〇万くらいか? それも悪くはない。

 綾野は、焼き鳥を焼きながらそんなことばかりを考えていた。将来に対する不安を覚え始めた24歳、夏のことだった。

 その数年後、綾野は未だ焼き鳥屋で働き続けていた。

 給料は二万上がり、二十二万。寸志は年に二回で三万ずつ、合計六万だ。その全てを合算しても、三〇〇万にも満たない年収。

 さすがにこのままではマズイと、綾野は焦りを感じ始めていた。

 ふと、昔アルバイトに入っていた男のことを思い出す。年齢は40代前半くらいの、勤めていた会社がいきなり倒産してしまったらしい。「とりあえず食いつなぐために働きたい」と、アルバイト応募をしてきたのだった。

 当時アルバイト面接をしていた綾野は、その話を聞いて「大変ですね」と内心他人事だった。店長も「ああはなりたくねぇな」と、せせら笑っていた。営業終わりに立ち寄ったラーメン屋で、綾野は焼酎を呷りながら「全くですね」と相槌を打つ。

 自分は若いから、まだマシだ。
 じっくり、将来のことを考えよう。転職を繰り返すなんて、まっぴらゴメンだ。
 大きな会社に入って、一生安泰な生活を送りたい。その場合であれば、公務員でも構わないかもしれない。しっかりと取れる休日に、程々の給料。人並みだが、俺もすでに三十路。贅沢はいってられない。

 だが結局、綾野が動き出すことはなかった。

 そのままずるずる時間だけが過ぎていった、2020年五月のことだ。

 焼き鳥屋が、閉店することとなった。

 世界規模の疫病、緊急事態宣言という社会の津波に、店はあっさり呑み込まれてしまったのだ。

 借り入れや国の助成金などで持ち直しを図ったが、持って一、二ヶ月が限度。「俺も70になったからな、タイミングが良かったかもしれないな」と、店長は存外あっけらかんとした態度だった。

 綾野は、焦りしか感じていなかった。

 29歳の五月中旬。アルバイトである綾野には、退職金も失業保険も出ない。出たのは、国の給付金一〇万だけだ。それすらも、貰えただけ有難いと思わされる。

 ただ世の中には、こういうことわざが存在する。

 ピンチはチャンス──

「なあ透、この店を引き継いでみないか?」

 客一人いない、五月中旬最後の営業日。

 店長は、綾野にある提案も持ちかけてきた。

『このまま店を辞めると、店をスケルトンにしないといけなくなる。それはもったいない。なにより、俺はこの店に愛着がある。なくしたくはない。でも綾野、お前になら全て任せられる』

 要約すると、そんな感じの内容だった。

 綾野は、この先の人生を深く考え出した。

 一生やり続けるはずはないと思っていた、焼き鳥屋の道。アルバイトで食いつなぐのは、絶対に無理だと思っていた。

 だが、店長だったらどうだ?

 やりくり次第では、サラリーマンなんかよりもずっと多く稼げる。体力勝負なところもあるが、これまでずっとこの店で働いてきたのだ。常連とも顔馴染みだし、この店のノウハウは誰よりもよく知っている。やり方次第で、今まで以上の繁盛店となり、二店舗三店舗と店が拡大していく未来も見える。少なくも、可能性は0ではない。

 綾野は「ついに運が俺に回ってきたんだ」と、数日後にも店長と契約を結んでいた。オーナーは一応店長のまま、店舗契約だけを結んだ。その方が、引き継ぎが楽だという話だ。そのへんに疎い綾野は、手続きのほとんどを店長へ丸投げした。すると滞りなく、話はトントン拍子で進んでいった。

 契約金の三〇〇万は、親に死ぬほど頭を下げて一〇〇万、残りは消費者金融を利用した。

 そうして、六月。
 綾野は、ついに焼き鳥屋の店長となった。

 敵は正体不明の伝染病、不景気社会そのものだ。敗北は死、やらぬも死だ。だったら、やるしかないだろう。

 このビッグウェーブに、乗るしかない。

 男、綾野透。29歳。

 己の進退をかけた、人生の第二章がついに幕を上げる──


       ※   ※   ※


「……そのはず、だったんですが」
「要するに、契約金を全て持ち逃げされたということですね」

 薄暗い白熱灯に照らされた事務所に、西京の声が木霊する。ビルの外観から把握できた通りの、どんよりとした小さな事務所。壁は煙草のヤニでくすんだのか、黄色く濁っている。ヤクザの事務所みたいな場所だと、綾野は居心地の悪さを感じていた。

 ガラス板のテーブル越しに座る西京は、以前として薄ら笑い。

「それで、仮にも私へ依頼をするのであれば、その店主への報復をご希望ですか?」
「報復とは、やはり殺すという意味ですか?」
「程度は依頼主の要望次第です。腕を折る程度、全治数ヶ月の大怪我を負わせる程度。指を詰める、というやり方でも構いませんよ。些か、ヤクザみたいではありますが。けじめというものです」
「西京さん、あなたはヤクザなんですか?」
「いえ、違います。なんでも屋ですよ」

 信用はできない。西京と話すたびに感じる、それは不信感だった。既に胡散臭など通り越しての、西京の笑みに恐怖すら感じている。

「でも、そうですね。綾野さんはどうも、その店主に対する恨みはないようですので、報復はお門違いでしたか」
「どうして、そう思うんですか?」
「目を見れば分かります。あなたから、人を心から恨んでいる、殺意を抱いているなどといった狂気を全く感じません。むしろ、騙されてしまった自分を恥じている、そんな風に見えますね」

 図星だった。他人から言及されると、改めて自分の甘さを痛感してしまう。

「騙されたってのに、全然、怒りが湧いてこないんですよ。なんでかな……」
「優しい方なんですね」
「無気力なだけ、なんじゃないですかね」
「そんなことはありませんよ。そんなに自分のことを責めないで下さい」

 まさかの励まし。

「では、こういうのはどうでしょう? その店長を見つけ出し、契約金三〇〇万全額を取り返すというのは」

 綾野は「えっ」と声を上げた。

「そんなこと無理ですよ。契約書の住所も全部デタラメだし、電話もメールも、全部変更されています。警察にも被害届を出しましたけど、『こういったケースは追跡が難しい』と言われましたし」
「関係ありませんよ。それに私は警察ではなく、なんでも屋ですので、どんな手を使ってでも見つけ出します」

 西京の声音に戸惑いはない。

 だったらいけるのか、本当に……。

「ちなみに、なんですけれど」
「はい、なんでしょう?」
「その依頼をした場合、どのくらいの費用がかかりますか?」

 西京はにっこりと笑う。指を二本作って見せた。二〇万、そういうことだろうか。

「二〇〇万、請求させていただきます」

 その額を聞いて、綾野は心底驚いた。

 やはり、彼は詐欺師ではなかろうか?

「詐欺ではありませんよ」

 心を読まれた気分だった。

「必要経費と、仕事量に見合った正当な金額を請求させて頂きます。住所も分からない、連絡も取れない、そもそも県外に逃亡した可能性もある。言ったら行方不明となった人間を、0の状態から捜し出すわけですから、労力も資金もいるわけですよ」
「そう、ですよね……」
「ただ、依頼とあれば全力を尽くします。依頼を受けてから三日後には、必ず彼を見つけ出しましょう」
「み、三日!」
「はい、三日です。ご不満ですか?」
「そういう意味じゃなくて。三日って、そんなにすぐ見つかるものなんですか?」
「もちろん、見つけますよ」

 西京は、にっこりと笑った。

「なんでも屋、ですからね」

 頼もしいのか、胡散臭いのかがよく分からない。だがしかし、妙な説得力はあった。

「海に沈んでいるのなら、海から引きずり出して来ますよ」
「恐ろしいこと言いますね」
「ふふふ、冗談です」
 
 そこで話を一旦釘って、西京は「お茶を出しましょう。熱いのと冷たいの、どちらがいいですか?」と聞いてきた。

 綾野は「結構です」と、やんわり断る。いろいろ考え過ぎて、吐き気を催していた。

「とりあえず、今日は一旦話を持ち帰って、家でじっくり考えてみるのはいかがでしょうか?」

 そうさせてもらおうか。

 綾野は「お話を聞いていただき、ありがとうございました」と頭を下げて、事務所を後にした。

「なんでもしますよ」

 去り際に言われた西京の声は、しばらく綾野の脳裏にこべりつき離れなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

処理中です...