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第二話 幸福の招き猫
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それから一週間ほど経って、三觜が再び店へと訪れた。いつものスーツ姿ではないラフな格好にて、手には「鳩サブレ」という鎌倉名物のお土産袋が握られていた。そんな三觜の顔は、どこか吹っ切れて見える。髪をばっさりと切ったからか、それとも肩の荷が降りたからなのか、どうなのだろうか。
「最後にもう一度だけ礼と……それに詫びをと、そう思ってな」
開口一番そう言って、三觜は深々と頭を下げてきた。「感謝している」「悪かった」と、それら感謝と謝罪を述べて、鳩サブレ紙袋を渡してくる。中には、可愛らしい鳩を模ったクッキーの菓子箱──ではなく。
ほだか先生の手のひらで、福沢諭吉が薄ら微笑んでいた。
「一応、100万円は用意した……とりあえずは、それで我慢しておいてくれ。いつか必ず、返すからさ」
うんともすんとも言わないほだか先生。それをどう捉えたか、三觜はもう一度「本当に、悪かったよ」と謝罪句を述べた。
「あのとき……髪を切られているときな、夢に由美が出てきたんだよ。俺がそこに座ってて、何故か由美が俺の髪を切ってくれてるんだ。はは……俺も、女々しいよな。ほんと」
夢の中で、三觜は由美と再開した。その瞬間にも、三觜はそれが夢であることを悟ったらしい。悟った上で、泣きながら謝罪した。
「お前の気持ちに気付いてあげられなくて済まなかった」
と、何度何度も繰り返し懺悔。だが由美さんは首を横に振って、「そうじゃない」と涙を流した。「弱みにつけ込まれた、自分の甘さがいけなかった」のだと。夢の間、二人はずっと泣き続けた。
「あり得ないことだってのは、俺も分かってるよ。由美は、もうこの世にはいない。あれは結局、俺が見た幻だ。でも……嬉しかったんだ。本当に」
目に涙を滲ませ語る三觜を垣間見ては、わたしも涙ぐんでしまう。今、三觜はどんな気持ちでこの場にいるのだろうか。それを考えただけで、目頭に熱いものが込み上げてきた。
「最後は由美のやつ、笑って『行ってきます』って、そう言ったんだよ。いつものように、仕事に行くみたいに。あいつ、仕事行くときいつも楽しそうにしてたから。そのくらい、美容師が好きだったんだのにな……」
「素敵な美容師さん、ですね」
口を挟むべきではないと思いはしたけれど、無自覚にもわたしは喋り出していた。
「わたしには美容師の仕事がどれだけ大変で、辛いことがあるのか分かりませんけど……でも、それでも頑張ってる美容師さんは本当に凄いんだなって、いつもそう思うんです」
「……」
「美容室へ行く前は『面倒臭いな』とか憂鬱だったり、『どんな風になるのかなぁ』って不安な気分のときもありますけど、でも最後には『行って良かったな』って、そう思えるんです。それってきっと、由美さんのような明るくて楽しそうな美容師さんがいてくれるおかげかなって。だから」
ついつい喋り出したら止まらない。そんなわたしを見て、三觜は声を押し殺して笑い出した。
「なんだ猫娘、俺に気を遣ってくれてんのか?」
「えぇ!? いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃ」
「はははは! すまんすまん、冗談だよ」
三觜は笑ってすぐ、真面目な顔をした。嫌味のない表情だ。
「お前にも、いろいろと迷惑かけたみたいだな。会の奴から聞いたよ。お前、『幸福の会』のミーティングに参加したんだってな」
「そ、その節は……勝手なことをして、マコトニモウシワケゴザイマセン……」
「いや、謝るのは俺の方だ。あんな汚いもんを、ガキのお前に見せちまった」
それから、三觜はここ一週間のことについてを語ってくれた。「幸福の会」の抜けようとしたこと。借金をどうにかしろと迫られたこと。またその際、わたしがSNSで知り合った彼に「あの子を紹介してくれればチャラにしてやる」と迫られたこと。
そのことで三觜はブチ切れ、手を出してしまう。訴えてやると脅迫されたが、三觜は兼ねてから「幸福の会」を抜けるときのために集めていた内部の裏情報を提示、逆に脅してやった。その結果として、裏情報を世に出さないことを条件に、見逃してもらったという。三觜は遣る瀬なさそうに頭を掻いた。
「この情報は、もう少し落ち着いたら世間にバラそうと思う。これ以上、由美のような被害者を出さないためにも。俺自身、いろんな人に迷惑をかけたってのもあるしな」
とりあえずはこれから、その足で由美さんの両親に全てを打ち明けに行くとも言った。どうなるかはまだ分からないが、それが自分の禊。三觜は、その答えに行き着いたのだという。
そう語る三觜の表情とは、ものすごく逞しく見えた。魔王との最終決戦を控えた勇者のような、決意の固まった顔つき。そんな場面見たことないから、適当だけど。でも、これだけははっきりと伝わってくる。
三觜昴は、刃の矛先をもう見誤らない。
鏡に映る自身の横顔を見てから三觜は、僅かに垂れた前髪を手で撫であげて、ほだか先生へと向き直った。なんだか申し訳なさそうに。
「ほだか、その……マジでありがとな。嘘でも、あのときお前が『由美に引き合わせてやる』って言ってくれなかったら、今の俺はいなかったかもしれねえ。お前は、俺の命の恩人だよ」
「嘘ではありませんよ。僕は、昴くんと由美さんが再会できると信じていました。それが夢の中であったと、ただそれだけのことです」
「ほだか……」
「そんな顔をしないでください。僕は命の恩人ではなく、これからも昴くんの友人でありたいと思っていますので」
ほだか先生は物柔らかい笑顔を作る。次に、三觜の髪へ目線を移した。
「それにですよ、以前は由美さんが担当したと聞いていましたが、素晴らしいカットでした。改めて気付かされることばかりで、大変勉強になりました。むしろ感謝したいのは僕の方ですよ」
「……最後に切ってもらってから半年も経つんだが、そんなこと分かるのか?」
ほだか先生は頷いた。もちろんです、そう付け加えて。
「細かいカット技術の高さが如実に現れるのは、むしろ髪が伸びてきたときです。その点、昴くんの髪は半年後ですら毛先が跳ねることもなく、膨れ上がることもなく、頭の形に沿って綺麗にまとまっていました。これは切り方、梳き方一つにしてもそうですが、由美さんが昴くんの頭に合わせてカットをしていたからでしょう。一見して同じ仕上がりや髪型に見えても、カットは美容師一人一人によって異なるものです」
「……」
「そしてこれは、飽くまでもこれは僕の推測ですが……由美さんは、再び昴くんのもとへ帰ってくるつもりで、そのようなカットを施したのではないかと、僕はそう思っています」
わたしには、それが本当かどうかなんて分からない。カットはカット。素人であるわたしが気にするのは、いつもその場での仕上がりでしかない。だから、改めて思わされる。美容師さんって、わたしが思っているよりもずっとすごい。
そしてそれは、三觜も同様の気持ちだったのかもしれない。
「美容師ってのも、奥が深いんだな」
「人生といっしょですよ。人によって、無限のドラマが存在する。美容師も、そのドラマによってカットが変わってくる。言っても、これは僕の持論ですが」
ほだか先生は、口が過ぎたと言わんばかりに控えめに笑った。三觜もつられて笑っている。そんな二人には、かつて江ノ島の砂浜にて夕日を眺めていたのだろう少年たちの姿を連想させられた。昔、いたのだろう。そんな夢を語る、少年たちが。
「ありがとな、ほだか。じゃあ、もう行くわ……終わらせてくるよ」
「待ってください。忘れものです」
ほだか先生は手にした札束を紙袋へ戻して、三觜へと差し出した。
「これで、本当の鳩サブレでも買ってあげてください。まさか、手ぶらで行くつもりではありませんよね?」
「いや、でも」
「また今度来るとき、桜餅を買って来ていただけると嬉しいですね。鎌倉の小町通りにある『鎌倉五郎』、あそこの桜餅は絶品なんですよ」
言って、ほだか先生は隣に並ぶわたしの肩に手を置いてくる。
「結衣くんも、なにか食べたいものがあれば言っておいた方がいいですよ。昴くんが、今度買ってきてくれるそうなので」
ほだか先生の意図を察したわたしは、
「そうですね~。では、『さくらの夢見屋』の四色団子! 小町通りに本店があるので、ついでに買って来て欲しいです」
「ほぅ、なかなかに舌が肥えていますね、結衣くん。では、『鎌倉いとこ』のきんつばもいける口で?」
「もちのろんです! あとあと、『力餅屋』のあんころ餅!」
「いいでしょう。では昴くん、次回はそれで」
「……なんでお前らは、そうやって」
三觜はそのお金を受け取っていいものなのかと、困惑しているみたいだった。ただ結局は紙袋を受け取る。「必ず返しにくる」と言い残し、店を出て行った。本当は、100万なんて大金を渡す余裕はなかったのだろう。そのことを、ほだか先生はちゃんと分かっていたのかもしれない。
これが打算のない男の友情なのかなって、わたしは少しだけ羨ましく思った。
そうして三觜が帰って、すぐのことだった。
「結衣くん、部屋の掃除を手伝ってくれませんか?」
それがどういう意味なのかを自ずと理解したわたしは、快く了承。もう必要がなくなったと、そういうことだ。
二階へ上がって、わたしたちは積み上げられた段ボール箱を解体。中身を仕分けして、ゴミ袋へ詰めていく。その数とは……数えるのも嫌になった。
そして、最後に残った「幸福の招き猫」を処分しようとして、ほだか先生の手が止まった。
「この子がいなくなるのは、ちょっとだけ寂しいですね」
心の底から残念そうに顔をしかめるほだか先生。わたしにとって憎たらしい猫に見えても、ほだか先生にはとても大事な猫だったのだろう。なんだかなぁ……。
「えーと、ほだか先生。そこまで落ち込むんでしたら、これだけでも……残しますか? だってほら、一応こんなんでも幸運を招いたワケですし(信じてないけど……)、まだ幸運パワーが残されてるかもしれませんし(そんなことないと思うけど……)」
「いえ、これ自体にはもうご利益はありません。前にも言いましたが、僕は運を使い果たしてしまいましたから。それに」
と、ほだか先生はじぃぃとわたしを見つめてくる。
な、なんだろうか……。
「浮気は、よくありませんよね……バチ当たりです。幸運が逃げてしまいます」
「へ? なんの話ですか」
「ねこ……」
「?」
「……やはり、これは捨てましょう。僕が愛でるべきは、もうこの子ではありませんので」
「??」
意味が分からなかった。ほだか先生は目を瞑り、手を合わせて、なぜかわたしにお辞儀をしてくる。
「結衣くん、これからもどうぞよろしくお願いします」
だとさ。本当に謎だ。まあ、いいけど。
「こちらこそよろしくお願いします、ほだか先生」ぺこり。
──それからしばらく経って、ほだか先生の通帳に信じられない数の『0』が刻まれることになるのだが、それはまた別の話。
「最後にもう一度だけ礼と……それに詫びをと、そう思ってな」
開口一番そう言って、三觜は深々と頭を下げてきた。「感謝している」「悪かった」と、それら感謝と謝罪を述べて、鳩サブレ紙袋を渡してくる。中には、可愛らしい鳩を模ったクッキーの菓子箱──ではなく。
ほだか先生の手のひらで、福沢諭吉が薄ら微笑んでいた。
「一応、100万円は用意した……とりあえずは、それで我慢しておいてくれ。いつか必ず、返すからさ」
うんともすんとも言わないほだか先生。それをどう捉えたか、三觜はもう一度「本当に、悪かったよ」と謝罪句を述べた。
「あのとき……髪を切られているときな、夢に由美が出てきたんだよ。俺がそこに座ってて、何故か由美が俺の髪を切ってくれてるんだ。はは……俺も、女々しいよな。ほんと」
夢の中で、三觜は由美と再開した。その瞬間にも、三觜はそれが夢であることを悟ったらしい。悟った上で、泣きながら謝罪した。
「お前の気持ちに気付いてあげられなくて済まなかった」
と、何度何度も繰り返し懺悔。だが由美さんは首を横に振って、「そうじゃない」と涙を流した。「弱みにつけ込まれた、自分の甘さがいけなかった」のだと。夢の間、二人はずっと泣き続けた。
「あり得ないことだってのは、俺も分かってるよ。由美は、もうこの世にはいない。あれは結局、俺が見た幻だ。でも……嬉しかったんだ。本当に」
目に涙を滲ませ語る三觜を垣間見ては、わたしも涙ぐんでしまう。今、三觜はどんな気持ちでこの場にいるのだろうか。それを考えただけで、目頭に熱いものが込み上げてきた。
「最後は由美のやつ、笑って『行ってきます』って、そう言ったんだよ。いつものように、仕事に行くみたいに。あいつ、仕事行くときいつも楽しそうにしてたから。そのくらい、美容師が好きだったんだのにな……」
「素敵な美容師さん、ですね」
口を挟むべきではないと思いはしたけれど、無自覚にもわたしは喋り出していた。
「わたしには美容師の仕事がどれだけ大変で、辛いことがあるのか分かりませんけど……でも、それでも頑張ってる美容師さんは本当に凄いんだなって、いつもそう思うんです」
「……」
「美容室へ行く前は『面倒臭いな』とか憂鬱だったり、『どんな風になるのかなぁ』って不安な気分のときもありますけど、でも最後には『行って良かったな』って、そう思えるんです。それってきっと、由美さんのような明るくて楽しそうな美容師さんがいてくれるおかげかなって。だから」
ついつい喋り出したら止まらない。そんなわたしを見て、三觜は声を押し殺して笑い出した。
「なんだ猫娘、俺に気を遣ってくれてんのか?」
「えぇ!? いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃ」
「はははは! すまんすまん、冗談だよ」
三觜は笑ってすぐ、真面目な顔をした。嫌味のない表情だ。
「お前にも、いろいろと迷惑かけたみたいだな。会の奴から聞いたよ。お前、『幸福の会』のミーティングに参加したんだってな」
「そ、その節は……勝手なことをして、マコトニモウシワケゴザイマセン……」
「いや、謝るのは俺の方だ。あんな汚いもんを、ガキのお前に見せちまった」
それから、三觜はここ一週間のことについてを語ってくれた。「幸福の会」の抜けようとしたこと。借金をどうにかしろと迫られたこと。またその際、わたしがSNSで知り合った彼に「あの子を紹介してくれればチャラにしてやる」と迫られたこと。
そのことで三觜はブチ切れ、手を出してしまう。訴えてやると脅迫されたが、三觜は兼ねてから「幸福の会」を抜けるときのために集めていた内部の裏情報を提示、逆に脅してやった。その結果として、裏情報を世に出さないことを条件に、見逃してもらったという。三觜は遣る瀬なさそうに頭を掻いた。
「この情報は、もう少し落ち着いたら世間にバラそうと思う。これ以上、由美のような被害者を出さないためにも。俺自身、いろんな人に迷惑をかけたってのもあるしな」
とりあえずはこれから、その足で由美さんの両親に全てを打ち明けに行くとも言った。どうなるかはまだ分からないが、それが自分の禊。三觜は、その答えに行き着いたのだという。
そう語る三觜の表情とは、ものすごく逞しく見えた。魔王との最終決戦を控えた勇者のような、決意の固まった顔つき。そんな場面見たことないから、適当だけど。でも、これだけははっきりと伝わってくる。
三觜昴は、刃の矛先をもう見誤らない。
鏡に映る自身の横顔を見てから三觜は、僅かに垂れた前髪を手で撫であげて、ほだか先生へと向き直った。なんだか申し訳なさそうに。
「ほだか、その……マジでありがとな。嘘でも、あのときお前が『由美に引き合わせてやる』って言ってくれなかったら、今の俺はいなかったかもしれねえ。お前は、俺の命の恩人だよ」
「嘘ではありませんよ。僕は、昴くんと由美さんが再会できると信じていました。それが夢の中であったと、ただそれだけのことです」
「ほだか……」
「そんな顔をしないでください。僕は命の恩人ではなく、これからも昴くんの友人でありたいと思っていますので」
ほだか先生は物柔らかい笑顔を作る。次に、三觜の髪へ目線を移した。
「それにですよ、以前は由美さんが担当したと聞いていましたが、素晴らしいカットでした。改めて気付かされることばかりで、大変勉強になりました。むしろ感謝したいのは僕の方ですよ」
「……最後に切ってもらってから半年も経つんだが、そんなこと分かるのか?」
ほだか先生は頷いた。もちろんです、そう付け加えて。
「細かいカット技術の高さが如実に現れるのは、むしろ髪が伸びてきたときです。その点、昴くんの髪は半年後ですら毛先が跳ねることもなく、膨れ上がることもなく、頭の形に沿って綺麗にまとまっていました。これは切り方、梳き方一つにしてもそうですが、由美さんが昴くんの頭に合わせてカットをしていたからでしょう。一見して同じ仕上がりや髪型に見えても、カットは美容師一人一人によって異なるものです」
「……」
「そしてこれは、飽くまでもこれは僕の推測ですが……由美さんは、再び昴くんのもとへ帰ってくるつもりで、そのようなカットを施したのではないかと、僕はそう思っています」
わたしには、それが本当かどうかなんて分からない。カットはカット。素人であるわたしが気にするのは、いつもその場での仕上がりでしかない。だから、改めて思わされる。美容師さんって、わたしが思っているよりもずっとすごい。
そしてそれは、三觜も同様の気持ちだったのかもしれない。
「美容師ってのも、奥が深いんだな」
「人生といっしょですよ。人によって、無限のドラマが存在する。美容師も、そのドラマによってカットが変わってくる。言っても、これは僕の持論ですが」
ほだか先生は、口が過ぎたと言わんばかりに控えめに笑った。三觜もつられて笑っている。そんな二人には、かつて江ノ島の砂浜にて夕日を眺めていたのだろう少年たちの姿を連想させられた。昔、いたのだろう。そんな夢を語る、少年たちが。
「ありがとな、ほだか。じゃあ、もう行くわ……終わらせてくるよ」
「待ってください。忘れものです」
ほだか先生は手にした札束を紙袋へ戻して、三觜へと差し出した。
「これで、本当の鳩サブレでも買ってあげてください。まさか、手ぶらで行くつもりではありませんよね?」
「いや、でも」
「また今度来るとき、桜餅を買って来ていただけると嬉しいですね。鎌倉の小町通りにある『鎌倉五郎』、あそこの桜餅は絶品なんですよ」
言って、ほだか先生は隣に並ぶわたしの肩に手を置いてくる。
「結衣くんも、なにか食べたいものがあれば言っておいた方がいいですよ。昴くんが、今度買ってきてくれるそうなので」
ほだか先生の意図を察したわたしは、
「そうですね~。では、『さくらの夢見屋』の四色団子! 小町通りに本店があるので、ついでに買って来て欲しいです」
「ほぅ、なかなかに舌が肥えていますね、結衣くん。では、『鎌倉いとこ』のきんつばもいける口で?」
「もちのろんです! あとあと、『力餅屋』のあんころ餅!」
「いいでしょう。では昴くん、次回はそれで」
「……なんでお前らは、そうやって」
三觜はそのお金を受け取っていいものなのかと、困惑しているみたいだった。ただ結局は紙袋を受け取る。「必ず返しにくる」と言い残し、店を出て行った。本当は、100万なんて大金を渡す余裕はなかったのだろう。そのことを、ほだか先生はちゃんと分かっていたのかもしれない。
これが打算のない男の友情なのかなって、わたしは少しだけ羨ましく思った。
そうして三觜が帰って、すぐのことだった。
「結衣くん、部屋の掃除を手伝ってくれませんか?」
それがどういう意味なのかを自ずと理解したわたしは、快く了承。もう必要がなくなったと、そういうことだ。
二階へ上がって、わたしたちは積み上げられた段ボール箱を解体。中身を仕分けして、ゴミ袋へ詰めていく。その数とは……数えるのも嫌になった。
そして、最後に残った「幸福の招き猫」を処分しようとして、ほだか先生の手が止まった。
「この子がいなくなるのは、ちょっとだけ寂しいですね」
心の底から残念そうに顔をしかめるほだか先生。わたしにとって憎たらしい猫に見えても、ほだか先生にはとても大事な猫だったのだろう。なんだかなぁ……。
「えーと、ほだか先生。そこまで落ち込むんでしたら、これだけでも……残しますか? だってほら、一応こんなんでも幸運を招いたワケですし(信じてないけど……)、まだ幸運パワーが残されてるかもしれませんし(そんなことないと思うけど……)」
「いえ、これ自体にはもうご利益はありません。前にも言いましたが、僕は運を使い果たしてしまいましたから。それに」
と、ほだか先生はじぃぃとわたしを見つめてくる。
な、なんだろうか……。
「浮気は、よくありませんよね……バチ当たりです。幸運が逃げてしまいます」
「へ? なんの話ですか」
「ねこ……」
「?」
「……やはり、これは捨てましょう。僕が愛でるべきは、もうこの子ではありませんので」
「??」
意味が分からなかった。ほだか先生は目を瞑り、手を合わせて、なぜかわたしにお辞儀をしてくる。
「結衣くん、これからもどうぞよろしくお願いします」
だとさ。本当に謎だ。まあ、いいけど。
「こちらこそよろしくお願いします、ほだか先生」ぺこり。
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