上 下
19 / 39
楽園増強編

天照

しおりを挟む

 本当に、これまであっという間だった。

 初めてこの島に上陸した日のことを、昨日のことのように思い出せる。

 また、この島で過ごしたのことも……。

 本当に、地獄のような日々だった──

「ああ……極楽極楽……」
「随分と気分良さそうだね、マドルフ?」
「なに言ってんだよビルマ、当たり前だろ? 毎日美味しいご飯を食べれて、こうして夜は温泉でゆっくりできるなんて、冒険者だった頃はあり得なかったからな~HAHAHAHAHA」

 今あたしたちがいるのは、魔王城から少し歩いたところにある露天の温泉だ。なんでも、島を開拓しているときにも幾つか水源を掘り当てたらしい。

 絶妙な湯加減に、火照った体へ吹き抜ける穏やかな風がなんとも心地よい。夜虫の軽やかな鳴き声に耳を傾けてつつ、絶景の星空を眺めながら浸かる温泉とは、さながら極楽浄土へ登ったかのような気分だ。

 普段はうるさい魔族たちも今はいないから、気兼ねなくまったりすることができる。

 ああ、最高だぜ……。

「マドルフさぁ、」
「お、なんだ~」
「ここが気に入ったのなら、もうずっとここにいたら?」
「ん~、まあ、それもアリかもな~。結局あっちに戻ったら、またこき使われるだけだし、あんな地獄の日々に戻るくらいな、ら……」
「…………ん、どうしたの?」
「…………いや、別に……」

 あたしは、なにを言っているんだろうか?

 地獄は、ここディスガイアのはずだろ? 魔族たちに馬車馬のようにこき使われて……は、いないけれど……でも、あたしは捕虜で、奴隷みたいなものだし……。

 ぜ、全然ッ! 居心地いいとか思ってな──

「駄犬のくせに、なにを悠々とくつろいでいるのですか?」
「うぎゃっ!」
「マドルフ⁉︎」

 突然、頭に激痛が走った。見ると、湯船に臼のおけがぷかぷかと浮かんでいる。どうやら、頭に投げ付けられたらしい。こんな酷いことをするのは、このディスガイアに一人しかいない。

「なにすんだザラト!」
「図が高いですよ駄犬。ザラト・リッチ様と、そうお呼びなさい」
「うるさい! てか、なんでお前がいるんだよ!」
「なんでと言われましても、公務です。私は、日々ビルマ様の発育記録を取っていますので、もちろんこうして毎日入浴時も観察しておりますから」
「は、初耳だよザラト⁉︎」
「なにを驚かれているのですか。飽くまでも自然体のビルマ様を観察したいので、むしろ知られてなくて当然ですよ」

 と、なぜか誇らしげなザラトには呆れて言葉を失ってしまう。本当、こいつのビルマに対する愛は異常だ……歪みきっている。

「駄犬、そんなことよりもお仕事です。さっさと服を着なさい」
「えっ! なんでこんな時間から⁉︎」
「なにを驚かれているのですか。あなたに時間など関係ありません。駄犬なのですから」
「理由になってないぞ⁉︎」
「いいから早く」

 なんて人使いの荒さだ。

 少しでもこの場所に居続けたいと思ったあたしがバカだった……。

◾️

 その後、あたしはザラトに連れられるがまま、魔王城のすぐ隣にある細長い建物へとやってきていた。ザラトがぶつぶつと開錠の呪文を呟くや、ゴゴゴゴ……と鈍い音を立てて扉が開いた。

 中へ入ると、螺旋状の階段が上へ上へと続いている。壁にかけられた燭台の蝋燭が唯一の光源の、陰気な雰囲気を漂わせていた。

 なんだか、オバケが出そうな予感……。

「……ザラト、ここは?」
「研究施設です」
「研修施設? なんの?」

 尋ね返すと、ザラトはニヤリと口角を歪めた。

「さあ? それは実際に自分で足を運んで確かめてきてはどうでしょうか? もしかすると、死体の一つや二つ、転がっているやもしれませんね」
「なんだその意味深な言い方は……」
「とにかく、はやく行きなさい」
「ザラトは付いてこないのか⁉︎」
「当然でしょう? 行くのは駄犬、あなた一人です」
「せめて、なにをするかだけでも教え──」
「しのごの言わず言ってきなさい。それじゃあ、検討を祈ります」

 と、ザラトは一人さっさと出ていった。なんてやつだ。

 仕方なく、あたしは螺旋の階段を上がっていった。そうした登りきると、一つの扉が見えてきた。中から、話し声が聞こえてくる。どうも、誰かがいるようだが……でも一体、こんなところに誰が? しかも、今は夜中だぞ?

 扉が半開きとなっていたので、恐る恐る中を覗くと……誰かいた。確かあれは、四魔皇グレゴリウス吸血鬼ヴァンパイアベルモット・ハデスだ。

 またもう一人、ハデスの視界先に真っ赤な着物姿の少女が壁にぐったりともたれかかっていた。

 見た目は人間の少女で、黒髪のおかっぱ頭に、雪のように白い肌……なかなかの美少女だ。しかも、目と口は開きっぱなしで、生気は感じられない。既にかのような虚な瞳をしていた。

 や、やばいものを見てしまったのかもしれない──

「はぁ、どうしたものか……ん?」

 と、ハデスの瞳が突然こちらへと向けられる。目があってしまった。それから、数秒間ほど黙ったまま見つめあったまま、

「ああ、マドルフか。待ってたよ」
「じゃあ、ごゆっくり……」
「まて、どうして帰る?」
「うん、大丈夫! あたし、これでも結構口硬いから!」
「はあ? なんの話を言っているのか、さっぱり理解できないね。そんなことより、彼女の起動実験に付き合ってくれ」

 と、ハデスはぐったりと壁にもたれかかったままの少女へと顎をしゃくった。

「そいつの名前は天照アマテラス。独立起動魔導兵器さ。武甕雷が眠っていた地下施設に、その天照に関する資料も残されていてね、僕が開発したんだ」

 ハデスは淡々と話を進めていく。

「ただ開発を進めて分かったことだが、どうもこの天照は人間の生体反応を感受しなければ起動しない仕組みとなっているみたいでね。そこで、君を抜擢したわけだ」

 な、なるほど……そういうことだったのか。

「それならそうと、言ってくれればいいものの……あたしはてっきり……」
「てっきり、なんだ?」
「え! いやなにも⁉︎  そ、そんなことより! やるなら早く終わらせようか⁉︎」
「? まあいい。じゃあ早速、天照の頭に触れてみてくれないか?」
「ははは、そんなことならお安い御用さ!」

 あたしは動揺を悟られぬよう、ハデスの言う通り天照の頭へ手のひらを乗せて── ビガガガガガッ! と、天照からいきなり騒音が鳴り出して、

「システム、オールグリーン。体内冷却終了。 ホイール回転停止、接続を解除。 補助電圧に問題なし。魔蔵庫への接続完了。 コミュニケーション回線、開きます」

 そして、顔を上げた天照があたしのことを見つめてきた。

 感情の見えない真顔で言った。

「マドルフお母さま、ふつつか天照アマテラスことあまちゃんですが、これからどうぞよろしくお願いします」

 と、自称天ちゃんはあたしの腰へぎゅっと腰へ手を回した。ちょっと苦しい。

「おいハデス、こいつどこか壊れてんじゃないのか?」
「そんなわけない。開発したのはこの僕だからね、抜かりはないさ」

 と、ハデスはデスクに積まれていた資料を手に取った。

「残された資料によると、天照はかなりの甘えん坊な性格で、起動した人間のことを本当の親と認識してしまうらしい」
「聞いてないぞ、そんなこと!」
「当然だ、言ってないからね」

 ハデスは悪い笑みを浮かべる。

「まあ、別にいいじゃないか。娘ができたと思って、仲良くしてくれたらいい」

 そう言って、ハデスは天照の頭を優しく頭を撫で回した。

「いいかい天照。ママの言うことを、ちゃんと守るんだよ。いいね?」
「うるせぇ、触るなクズ野郎が。あまちゃんに触れていいのは、お母さまだけだ」

 怜悧とも侮蔑とも呼べる表情で、乱暴にハデスの手を払い除ける天照。

 ハデスは、なぜか満足そうに言った。

「正常に作動しているようで安心した」
「は? これのどこが正常なんだよ……」
「いやいや、正常そのものさ。この天照は魔族を殲滅するための破壊兵器。僕を邪険にするのは当然のこと」
「だ、大丈夫なのか、それ……めちゃくちゃ危険では……」
「安心していい。君に対してだけは、彼女は心を開く。恐ろしいくらい、忠実にね。というわけだからマドルフ、君には今日から、天照の敎育係を担当してもらう。どうにかして、彼女にいろいろと教え込んでほしい」
「はぁ⁉︎ なんであたしが⁉︎」
「まあまあ、そう深く考えなくていいからさ」

 と、ハデスはここぞばかりの誠実そうな目を向けて言ってきた。

「頼むマドルフ、君だけが頼りなんだ」

 そうは言われて、断るに断りきれないあたしは、結局天照を引き取ってしまった。自室へと持ち帰り、やたらとベタベタひっついてくる天照の介抱に追われる。

 また面倒なことに巻き込まれたものだ……。

◾️

 後日、あたしは天照と共に島の散歩へ出かけた。敎育、と言ってもなにをしていいか分からなかったからだ。

「お母さま。本日はお日柄もよく、ですね」
「ああ。そうだなぁ」

 天照と手を繋いで、あてもなくふらふらと島を歩く。相変わらず、天照の表情はバリエーションに乏しい。これではまるで、喋る人形だ。

「なあ、お前」
「天ちゃん、です」
「え? ああ、天ちゃんは、笑ったりはできないのか?」
「笑う、とは?」
「笑うってのは、そうだなぁ」

 あたしは立ち止まり、天照の目線まで腰を落とした。

「笑うってのは、こういうことだ」

 なるべく自然な笑顔を意識して、頬を緩める。優しく笑えているかな。

「それが、『笑う』ですか? なんとも、面白い顔ですね」
「……面白い、顔?」
「はい、ユニーク」

 なんだろう、バカにされた気分だ……。

「はあ、もういいや。そうだよな、機械の天ちゃんには理解できないよな」
「そう言うお母さまは、人間だと認識しております。そんなお母さまが、どうして魔族とともに?」
「笑顔は分からないくせに、人間と魔族の違いは分かるんだな」
「はい。天ちゃんは魔族を殲滅するために作られたので。人間と魔族の識別は得意分野です。それで、どうしてですか?」
「えーと、それは……話すと長くなるから」
「なら、結構です」
「あ、そう……」
「はい。ただ、人間と魔族は、相反する生命体だと認識しております。故に、不可解です。お母さまは、どうして魔族如きに従っているのですか?」

 天照は、無表情のまま言った。

「わたしに、魔族たちを『皆殺シニセヨ』と命令して下されば、すぐにもでも実行に移しますが」

 ……は? 

「なに言ってるんだ。そんなこと、命令するわけないだろ」
「どうして? 魔族のことが、嫌いではないのですか?」
「いや、まあ……嫌いだったのは、確かだが……」
「?」
「……今は、そんなでも、ない」

 自分でも、なんでそういう結論に至ったのかよく分からなかった。以前は、魔族など害虫程度にしか思っていたが……今は、そうも思わない。

「あたしも、毒されたのかもな」
「毒された、ですか」
「ああ。魔族には、魔族たちの営みがある。そこに浸ってみれば、あいつらは根っこから悪い奴らじゃないって、そう思うんだ」
「? つまり、殺さなくていい?」
「いい」

 天照は、それ以上追求してはこなかった。ただ「そうですか」と、こくこくと頷くだけだった。

 そのうち、疲れてきたので海岸沿いに作られた庭園のベンチで休むことにした。この庭園は、いつか訪れるだろう移住者たちの憩いの場になってほしいと、ビルマが作ったものだと聞いている。

 色とりどりの草花に囲まれながらの一休みは、なるほど悪いくなかった。さらに今日は雲ひとつない晴天、穏やかな気候だ。つい、うとうとしてしまう。

「お母さま」
「……へ?」

 寝ぼけた目をこする。見ると、天照は膝を抱え込み、地面へジッと目を凝らしていた。

「天照、どうかしたのか?」
「お母さま、変なのがいます」

 と、天照が指差した先。そこには、小さなアリたちが列をなして連なっていた。その様子を、天照が興味津々といった様子で注視している。

「なんだ天照、ありを見るのは初めてか?」
「蟻? それは、この黒い奴らですか?」
「ああ、そうだ。虫って言ってな、あたしはちょっと苦手なんだ」
「苦手? つまり、お母さまはこれらが嫌いって、そういうことですか?」
「まあ、一応そういうことになるのかな」

 と、あたしは庭園を見回した。

「虫はこういった緑あふれた場所を好むから、仕方がないんだよ」
「仕方、ない……でも、嫌い?」
「まあな。たまに体にくっついている時があるけど、その度に悲鳴が出るよ」
「……目障り? いなくなってほしい?」
「えっと、表現は荒々しいが、まあ間違いではないな」

 あたしが頷きながら納得すると、天照は「なるほど」と頷いた。

「では、殲滅致します」

 ──グチャリ。
 蟻の列を、天照が突然踏みつけた。また踏みにじり、無邪気そうに笑っている。

 一瞬にして、全身から血の気が引いた。

「殲滅。殲滅。殲滅」
「バカ! やめろ天照!」

 あたしは、天照を羽交い締めにした。

「? どうして? お母さまは、この虫が嫌いなんでしょう?」
「嫌い、だけど……でも、殺したらダメだ! そいつらだって、生きてるんだよ!」
「どうして? どうして、生きていたら殺したらダメなのでしょうか?」
「そ、それは……」

 言葉に詰まってしまう。こういうとき、どう答えたらいいのか分からなかった。

 昔も、こんな思いをしたことがある。

 確かあれは、ゴブリンの目撃情報があった村へ行ったときのことだった。一体のゴブリンで、村の農作物を荒らして回っているとの話だった。

 はぐれゴブリン──群れから逸れたゴブリンを、そう呼ぶ。本来群れで生活するゴブリンではあるが、ときたまに群れからはぐれたゴブリンが人間たちの前に姿を見せることがある。大体が子供のゴブリン。

 子供のゴブリンは警戒心が薄いため、お腹を空くと平気で食糧のある人間の街や村へと入ってくるのだ。大した力もないが、追い払おうとした人が襲われたという事例も数多くある。故に、はぐれゴブリンの討伐が冒険者ギルドへ依頼されることも珍しくはなかった。駆け出し冒険者は、よくこの依頼に駆り出されることがある。あたしも、かつてはその一人だった。

 そんなときにも、村に住んでいた女の子に言われたのだ。

『ねぇ、どうしてあのゴブリンを殺しちゃったの?』
『それは、ゴブリンは村の畑を荒らすからだよ』
『でも、お腹が空いてるだけだって、村のみんなが言ってたよ。だから畑に来るんだって』
『その通りだよ。だから、倒さないといけないんだ』
『……お腹を空かせたゴブリンは、殺さないといけないの?』

 そのときのあたしは、彼女になにも答えられなかった。ゴブリンを倒すことに疑問を抱かれるなど、初めての経験だったからだ。

 今の天照の質問は、あの頃なにを言えなかったわたしを思いださせる。結局、今も答えられないままだった。

 そのまま黙っていると、天照は庭園をぐるりと見回して、「なるほど、了解しました」と一人頷き出した。

「虫を殺すのがダメならば、この庭園を破壊しましょう」

 天照の瞳が、ギラリと赤く光った。

「庭園の滅却を開始いたします」

 天照は手のひらを庭園の草花を向けた──手のひらに発生した魔法陣から、火炎の渦を発生。草花が、紅蓮の炎に包まれようとして、

「やめろぉおおおッ!」

 あたしは、無意識に体を炎の前へと突っ込ませていた。自分でも、なぜそんなことをしたのかが理解できない。でも、燃やしてはならないと思ったのは、あたしの純粋なる気持ちだった。

 そうして、あたしは体は炎の渦に飲み込まれてしまった。咄嗟に、目を閉じた。

 熱い、熱い熱い熱い……ああ、もう、ダメだ。わたしは、このまま死ぬのだろうか……。

(……って、あれ?)

 熱いけど、痛みはない。ゆっくりと目を開けると、あたしは燃えていなかった。その代わりに、あたしの目の前に立つ彼が、身代わりとなりゴゥゴゥと炎に包まれていた。

「ぜ、ゼペス⁉︎」
「怪我はないか、マドルフ」

 いつも通りのキザな態度でそう言ったゼペスは、背から引き抜いた剣の一振りにて、炎をなぎ払い消滅させた。

「見かけぬ奴と共に歩いていると思って跡を付けて正解だったな。それでマドルフ、あいつは何者だ」
「ハデスが開発した独立起動魔導兵器だ。いきなり、この庭園を燃やすとか言い出してこの有り様だ」
「……暴走か」
「さあ、あたしにもよく分からな──」

「魔族風情が、天ちゃんのお母さまに……馴れ馴れしくしてんじゃねぇええええええッッ!」

 突然、天照が激昂した。髪が逆立ち、口から白い蒸気を噴き出している。極め付けは、額から突き出した二本の角だ。

 あれはもはや、機械なんかじゃない。

 ──鬼だ。

「モード『阿修羅』起動。目標対象ヲ、駆逐スルッ!」

 叫んで、天照が発射された大砲のように急接近してくる。

 ゼペスは、やはり涼しい顔で、

「ほう。ならば、俺は『邪竜ダークネスドラゴン』解放といこう」

 そう言った、直後だった──一瞬にして、目の前からゼペス消えた。

 次にゼペスの姿を見たのは、遅れて1秒後。動きを止めていた天照の、その背後を回っていたゼペスが、剣を鞘へと納める姿であった。

「邪竜剣術、朧月おぼろづき

 ピキンッ──天照の胸元に、三日月の剣痕が走る。そのまま、天照が地面へと崩れ落ちていた。





 その夜、天照暴走に於ける緊急会議が行われることとなった。四魔皇グレゴリウスの面々と、その側近たち。そして、魔王であるビルマが円卓を囲む。

 その中にハデスの姿はなく──本来ハデスが座るはずだったその席には、武甕雷タケミカヅチが座っていた。

 話によると、ハデスは地下牢に幽閉されているとのことだ。

 俺は天照が暴挙に出るまでの流れを、なるべく分かりやすく皆へ説明した。すると驚いたことに、ここにいる全員が天照の存在を知らないようだった。それはそれで、どうかと思わされる。

「てかザラト、あんたなにも知らないくせに、俺をハデスの元に連れて行ったのか?」
「ええ、もちろん。なにかを開発しているとの報告は聞いていましたが、それがまさか新型の独立起動魔導兵器だとは思いもよりませんでした」
「じゃあ、なんだ俺を連れてったんだよ」
「ハデスも男の子ですから。溜まったものを処理する相手が欲しいのかと、そう思いましてね」
「おいッ⁉︎」
「冗談ですよ」

 ザラトは深いため息を吐いた。

「引きこもりは、プライドだけは高いと言いますからね。天照アマテラスのことを黙っていたのは、概ね完全な状態でお披露目し、ビルマ様をあっと驚かせたかったからでしょう──」
「愚かしい。ああ、実に愚かしい」

 そう言って、難しい顔を作る武甕雷タケミカヅチが立ち上がった。

「我が主、ビルマ様。拙者に、ベルモット・ハデスの駆除命令をお出し下さい」
「駆除って、いきなりなんてこと言い出すんだ⁉︎」
「黙れ、雑種犬」
「誰が雑種犬だ! せめて駄犬と呼べバカやろう!」

 武甕雷は「ふん」と鼻息を鳴らす。

「貴様は事の重大さをなにも理解していない。いいか? ハデスは、ビルマ様が築き上げたこのディスガイアを滅ぼしかねない大罪を引き起こしたのだぞ」

 武甕雷の話は続く。

「識別番号009『天照アマテラス』。あれはもともと、拙者の姉妹機として構想された個体。今より300年前の話だ。ただその危険性が故に、結局はお蔵入りとなったとも記憶している。

 犬、貴様も目撃したはずだ。あの姿を──モード『阿修羅あしゅら』。あの状態に入った天照は、機能停止するまで殺戮を止めない」

 全身に悪寒が走り、身震いする。ゼペスが助けに来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか。

 結局、会議は平行線を辿ったままお開きとなった。武甕雷は最後まで「ハデスに極刑を!」と煩く吠えていたが、賛同する者は誰一人としていなかった。




 会議が終わった後、あたしはこっそりとハデスが入っているだろう地下牢へと向かった。事の真相を確かめる為である。

 が、しかし──

「全く、あなたって人は……」

 看守のゴブリンに捕まってしまった。そのまま自室へと連行される。

「むぅ。いいだろ、少しくらい……」
「ダメですよ。そんなことがザラト様にバレたら、自分が牢屋に幽閉されるんですからね」
「看守が幽閉されるって、それはそれで面白そうだけどな」
「冷やかさないでくださいよ……もう、マドルフさんにしろ、みなさんにしろ、今日はなんて日だ」
「ん、どういうこと?」

 尋ねると、ゴブリンはやるせ無さそうに語り始める──なんでも会議終了後、看守ゴブリンの目を盗みハデスのいる牢屋へ行こうとした魔族が何人もいたという話だ。

「もう、金輪際こんなことはしないでくださいね……」

 一頻り話し終えて、ゴブリンは心底疲れた様子のため息を吐いた。そんな姿を見てしまえば、彼に同情せざるを得ない。

 そして、あたしの自室の前に着いたときだった。

「まあ、でも……久々にマドルフさんと話せて、楽しかったです

 看守ゴブリンは、こっぱずかしそうに、ゆっくりと口を開いた。

「マドルフさんのいた頃の地下牢は、それはそれは慌ただしい毎日ではありましたが、その……悪くは、ありませんでした。良く言えば、賑やかだったと、そういうことです」
「賑やかな地下牢って、それヤバくないか?」
「あなたがそれを言いますか⁉︎」
「ははは、悪い悪い。でもそうだな、あたしも楽しかったよ」
「本当ですかねぇ。だったら、たまには顔を出してくださいよ。寂しいじゃないですか……」

 看守ゴブリンは、しょんぼりしながら言った。また、ふと思わされる──もしもあの時、あたしがあのはぐれゴブリンを殺さなかったら、彼ともこうして話し合えていたのかな、と──

「なあ、そう言えばあんた、名前は?」
「え、今更ですか⁉︎ ロブですよ、ロブ! 看守のロブ!」
「そうか、ロブ……ロブ、ありがとう。あたしと、仲良くしてくれて。今度は信じてみるよ、絶対に」
「は、はぁ……ありがとう、ございます?」

 あたしは、首を傾げるロブと握手を交わす。わたしのこれまでの行いがなくなるわけではないけれど、少しだけ、気持ちは軽くなっていた。

 魔族のみんなが「ハデスは悪くない!」と主張していたように、あたしもハデスのことも信用してみようと、そんなことも思わされた。

 
しおりを挟む

処理中です...