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一章
特訓
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「のわあぁぁぁぁぁーー」
遠山さんの叫び声と共に食器がおぼんから地面へと急降下する。当然のごとく食器は鋭い音をたてながら粉々に割れる。
「大丈夫っすか?」
長崎が厨房から顔をのぞかせる。
「ああ、すまないすまない。頼りない姿をみせてしまったね」
「これ、ほうきとちりとりね。はい」
「ありがとう。助かるよ」
長崎から道具を受け取り遠山は食器の破片を集める。
「二個持ちというのはなかなかに難しいものだね」
少し申し訳無さそうに遠山が告げる。
「慣れないと二個持ちはきびしいからしかたないっすよ」
二個持ちとはおぼんを二つ持つことである。基本的に牛丼屋のクルーは、二つ以上の注文が入った時は二個持ちで商品を運ぶものである。
どうして遠山が二個持ちの練習なんてやっているのか、それは遠山自身もこの店で働くことになるからである。
今はその猛特訓中ということである。
「慣れないうちは両手持ちで確実に持っていった方がいいかもな。最悪なのは商品ぶちまけることだから」
「でもねぇ、牛丼屋の店員が両手持ちしてるのもなんか格好悪いでしょ? かっこよく二個持ちしたいよ」
「たぶん遠山さんは持ち方がなってないからダメなんだよな。テコの原理ってわかるだろ? 基本的にごはんとか重いものを手前にのっけて持ち上げる。奥にあるとそのまま真っ逆さまに落ちるなんてこともあるからな」
「ああ、なるほどね。だからさっきはダメだったのか」
ポケットからメモ帳を取り出しボールペンを動かす遠山。
几帳面な遠山らしく字はとても綺麗だ。
「後はスピードだな。いいかよく見てろ」
長崎は棚から牛丼を入れるどんぶりを6個取り出しおぼんにのせる。
そしてためらうことなくスムーズな動きでおぼんを持ち上げ、早歩きでフロアー内を回る。
「す、すごいなぁ。流石だ」
みとれるほど軽やかな動き。まるでおぼんが長崎の身体の一部かのようだ。
「忙しい時はこれくらいで店内を移動しないとだから、覚悟しないとだぜ」
「まあおいおいといった感じかな」
ハハと愛想笑いをして誤魔化すが、そこまでは絶対無理だよと思う遠山だった。
「それよりもここの勉強は進んでいるかい?」
「まあぼちぼちかな。とりあえず遠山さんから受け取った資料にはすべて目を通したぜ」
「ぜ、全部かい!? だってあれ二千ページほどあったでしょ!?」
「んー昨日寝ずに読んでたからな」
はぁ、すごいなと思わず遠山は感心する。
遠山はあの資料に目を通すだけで丸三日ほどかかっていたのだ。
「それよりそっちはどうだい? 仕事は覚えられそうかい?」
「四十過ぎのおじちゃんにはちょいと厳しいかな。覚えること多すぎるよ。こことかどうやるんだい?」
どれどれ、と遠山に近づく長崎。
そして遠山の持つマニュアルをのぞき込む。
「これは実践で覚えたほうが早いな。今は飛ばした方がいいかもな」
「なるほどなるほど」
遠山はマニュアルシートという紙に後で、と記入する。とりあえず今の遠山の目標はこのマニュアルシートに書かれている項目を埋めることだ。
「それにしても牛丼屋の店員ってだいぶ覚えること多いんだね」
「そうだな。割と覚えること多くてやめちまうやつとか多いからな」
「僕ももうやめたいよ。厨房の仕事は覚えなくてもいいかい?」
「いや、ダメだ。こっちのやつらに仕事を教える人数は多い方がいい。遠山さんも覚えるんだ」
「やっぱりか。はぁ」
小さく吐息をもらす遠山。
それもそのはず。前の仕事だけならまだしも、バックの作業。つまりは調理までも覚えるとなるとかなり覚える量がますのだ。
「ところでここの従業員の応募はきたのかい?」
「それがさっぱりでねえ。やっぱりこんなよくわからないところで働きたいなんて思う人はいないよねえ」
「じゃあやっぱり一度オープンしてみないとだな」
「えっ!? オープンしてみないとって。人手はどうするの? 働けるのは僕と長崎君の二人だけ。材料は注文した日の次の日に届けてくれるからいいけど、人手だけはきついでしょ。どうやって二人でお店回すの?」
「ああ。もちろん。とりあえず10時~22時までの営業時間だからなんとかなるだろ」
「なんとかならないよ。せめてもう一人くらい従業員が増えてからの方が…………」
かなりおどついた様子の遠山。
相当二人で店を回すのが怖いようだ。
「大丈夫大丈夫。俺なんてあの激混み店で初日二人っきりだったからハハハ」
陽気に笑う長崎。
そしてだめだこりゃと、あきらめる遠山。
「わかったよ。じゃあオープンは何日後にするんだい?」
「明日」
「あ、明日ぁ!?」
「さあ宣伝にいくぞ! あとは発注だな」
「す、少しは休ませてくれよおぉぉぉーー」
遠山さんの叫び声と共に食器がおぼんから地面へと急降下する。当然のごとく食器は鋭い音をたてながら粉々に割れる。
「大丈夫っすか?」
長崎が厨房から顔をのぞかせる。
「ああ、すまないすまない。頼りない姿をみせてしまったね」
「これ、ほうきとちりとりね。はい」
「ありがとう。助かるよ」
長崎から道具を受け取り遠山は食器の破片を集める。
「二個持ちというのはなかなかに難しいものだね」
少し申し訳無さそうに遠山が告げる。
「慣れないと二個持ちはきびしいからしかたないっすよ」
二個持ちとはおぼんを二つ持つことである。基本的に牛丼屋のクルーは、二つ以上の注文が入った時は二個持ちで商品を運ぶものである。
どうして遠山が二個持ちの練習なんてやっているのか、それは遠山自身もこの店で働くことになるからである。
今はその猛特訓中ということである。
「慣れないうちは両手持ちで確実に持っていった方がいいかもな。最悪なのは商品ぶちまけることだから」
「でもねぇ、牛丼屋の店員が両手持ちしてるのもなんか格好悪いでしょ? かっこよく二個持ちしたいよ」
「たぶん遠山さんは持ち方がなってないからダメなんだよな。テコの原理ってわかるだろ? 基本的にごはんとか重いものを手前にのっけて持ち上げる。奥にあるとそのまま真っ逆さまに落ちるなんてこともあるからな」
「ああ、なるほどね。だからさっきはダメだったのか」
ポケットからメモ帳を取り出しボールペンを動かす遠山。
几帳面な遠山らしく字はとても綺麗だ。
「後はスピードだな。いいかよく見てろ」
長崎は棚から牛丼を入れるどんぶりを6個取り出しおぼんにのせる。
そしてためらうことなくスムーズな動きでおぼんを持ち上げ、早歩きでフロアー内を回る。
「す、すごいなぁ。流石だ」
みとれるほど軽やかな動き。まるでおぼんが長崎の身体の一部かのようだ。
「忙しい時はこれくらいで店内を移動しないとだから、覚悟しないとだぜ」
「まあおいおいといった感じかな」
ハハと愛想笑いをして誤魔化すが、そこまでは絶対無理だよと思う遠山だった。
「それよりもここの勉強は進んでいるかい?」
「まあぼちぼちかな。とりあえず遠山さんから受け取った資料にはすべて目を通したぜ」
「ぜ、全部かい!? だってあれ二千ページほどあったでしょ!?」
「んー昨日寝ずに読んでたからな」
はぁ、すごいなと思わず遠山は感心する。
遠山はあの資料に目を通すだけで丸三日ほどかかっていたのだ。
「それよりそっちはどうだい? 仕事は覚えられそうかい?」
「四十過ぎのおじちゃんにはちょいと厳しいかな。覚えること多すぎるよ。こことかどうやるんだい?」
どれどれ、と遠山に近づく長崎。
そして遠山の持つマニュアルをのぞき込む。
「これは実践で覚えたほうが早いな。今は飛ばした方がいいかもな」
「なるほどなるほど」
遠山はマニュアルシートという紙に後で、と記入する。とりあえず今の遠山の目標はこのマニュアルシートに書かれている項目を埋めることだ。
「それにしても牛丼屋の店員ってだいぶ覚えること多いんだね」
「そうだな。割と覚えること多くてやめちまうやつとか多いからな」
「僕ももうやめたいよ。厨房の仕事は覚えなくてもいいかい?」
「いや、ダメだ。こっちのやつらに仕事を教える人数は多い方がいい。遠山さんも覚えるんだ」
「やっぱりか。はぁ」
小さく吐息をもらす遠山。
それもそのはず。前の仕事だけならまだしも、バックの作業。つまりは調理までも覚えるとなるとかなり覚える量がますのだ。
「ところでここの従業員の応募はきたのかい?」
「それがさっぱりでねえ。やっぱりこんなよくわからないところで働きたいなんて思う人はいないよねえ」
「じゃあやっぱり一度オープンしてみないとだな」
「えっ!? オープンしてみないとって。人手はどうするの? 働けるのは僕と長崎君の二人だけ。材料は注文した日の次の日に届けてくれるからいいけど、人手だけはきついでしょ。どうやって二人でお店回すの?」
「ああ。もちろん。とりあえず10時~22時までの営業時間だからなんとかなるだろ」
「なんとかならないよ。せめてもう一人くらい従業員が増えてからの方が…………」
かなりおどついた様子の遠山。
相当二人で店を回すのが怖いようだ。
「大丈夫大丈夫。俺なんてあの激混み店で初日二人っきりだったからハハハ」
陽気に笑う長崎。
そしてだめだこりゃと、あきらめる遠山。
「わかったよ。じゃあオープンは何日後にするんだい?」
「明日」
「あ、明日ぁ!?」
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