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一章
オープン初日
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「いらっしゃいませ!! 」
長崎はそう言うとさっとお冷を用意し、提供する。そしてそのままオーダーをとり商品を作る。
今日も店内は忙しい。常に人(人と呼んでいいかはわからない)が15人ほどいて、手を動かさない時はあまりない。肉もどんどん切れて次々と新しい肉を煮込んでいく。
遠山さんもひいひい言いながらではあるが慣れてきて、少しは動けるようになってきた。
まだ不器用ではあるが、注文をとって会計をして二個持ちもできている。
それが長崎の描いていた理想だった。
もちろんだったということは、現実はそうはいかないわけで。
「長崎くん」
遠山の声は聞こえているが返事をしない長崎。
別に故意に返事をしないわけではなく、単純に頭に入ってこないのだ。
「長崎くん」
今度は手でぼうとしている長崎の肩を揺らす。
「ひゃっ!? と、遠山さん?」
すっとんきょんな声を上げて飛び跳ねる長崎。
遠山はあーすまないと軽く謝罪を入れ、
「僕は何をすればいい?」
「特に何も」
「何もと言われてもねぇ」
困ったように頭をかく遠山。
いくら長崎といえどこうまで暇が続くと何をすればいいのか考えもつかなかった。
お昼時だというのに3時間でお客さんは0。
普段ならノーレス(お客さんがいない)の状態でも仕事はあるものだが、それも長崎が一時間ですべて終わらせてしまった。正真正銘やることなしだ。
「ああ、なんで来ねえんだよ」
長崎はガラガラの店内を見渡す。
はぁと思わずため息がこぼれる。
これだと料理を提供するための仕込みも封を切りそうだと長崎は思った。ついいつもの癖で多く作りすぎてしまったのだ。これでは廃棄がかなりでそうだ。
「君はこのままお客を待ち続けるのかい?」
「俺たちの仕事はお客様の望む料理を提供することだからな。お客を呼び込むのは広報の仕事じゃあ…………」
「広報なんてないよ。ここではこの店を活かすもつぶすも君しだい。説明は受けてるだろ? 誰も手伝ってなんてくれないよ。まあ支持を受ければ僕は動くけど」
そっかそうだよな。ここではただお店を回すだけが俺の仕事じゃない。ここらへんの名産を見てオリジナルメニューを作ったり、値段をうまく改正したり、人を呼び込むためになんでもしなきゃいけない。
たぶん俺たちのライバルとなる店と戦わなきゃならないこともあるかもしれない。
足踏みしてる時間なんてねえじゃねえか。
ぱんと長崎は強く自分のほっぺたをたたく。
「遠山さん。覚悟はできてますか?」
「ああ、僕はいつでも戦闘準備はできているよ」
「その言葉信じますよ」
長崎は清々しいほどの笑みを浮かべて遠山を見る。
そして長崎はお客様用の出入り口から外に出て、
「さあさあみなさん天下の牛食からとってもハッピーなお知らせだよ!! 今日はオープン記念でなんとお一人様一品メイン商品を無料で提供するよ。今日だけ、今日だけだよ。ああ遠い国から持ってきた不思議な不思議な、だけどとってもおいしいグルメはいかが!! 品にも限りはあるから先着順だよ!!」
同じようなセリフを大声で叫び、長崎は店内に戻ってくる。
「やってくれたね、長崎くん」
「たぶん普通にCMとか流すよりも全然安上がりだと思いますよ」
「まったく。さすがだよ。ああ、これじゃあ忙しくなっちゃうなあもう。おじちゃんを少しは労わってくれよ」
「まかないなら作ってあげますよ」
「特盛をよろしくね」
流れは変わったかに見えた。
しかしなかなか一人目のお客さんが入ってくることはなかった。
ちょくちょく中をのぞく人たちはいるが、中に入ろうというつわものは現れない。
しかし長崎はじっと耐える。
きっと、きっと誰かが来る。きっと。
あれからどれくらいの時が経っただろう。
実際5分程度ではあるが、体感長崎や遠山には数十分の長さに感じたに違いない。
そして待望の時がやってくる。
カランカラン、入口の方から音する。
「きたっ!」
長崎はそう声を出し、フロアに出る。
お店に入ってきたのは、小さい女の子を連れた女性の方だ。
「あの、今日は無料で食べられるって聞いてきたのですが………………そのもちあわせがなくて」
女性が申し訳なさそうに告げる。
「ああ、そこに立てかけられているメニュー全部無料さ。ただしおひとり様一つで頼むよ」
「まあ、ありがとうございます」
女性が少し驚いた表情をした後、深々と頭を下げる。
「お冷を持っていてあげて」
小さく遠山に声をかける長崎。
あ、ああと遠山は慌ててコップにお冷を入れ持っていく。
「長崎君! 牛丼並盛二つだって!」
遠山が客席から戻ってきながら告げる。
機械を使って入力すればいいのだが、いまいちやり方がわからなかったのだ。後で確認しておこうと遠山は心の中で思った。
「はいよ!」
長崎の活き活きとした姿。
無駄のない動き。
気が付くと空のどんぶり二つには、牛丼並盛が用意されていた。
「さあ持っていてくれ」
「任せてくれ」
遠山は誰にも分らないように、小さく深呼吸をする。
そしてその後、すっと二つのおぼんを手に持ち、
「お待たせいたしました、牛丼並盛がお二つですね。ごゆっくりどうぞ」
女性と少女が驚いた表情で商品を見つめていた。
遠山の接客態度? いや違う。
珍しい料理? これもあるだろうが、たぶんそうじゃない。
商品が提供されるスピードにだ。
まるで始めから作り置きがされているかのような速さ。それに二人は驚いていた。
そしてそんな様子を見ていた外の人たちは窓ガラスにほほをくっつけながら、じゅるりとよだれを抑えるのに必死である。
もちろんそんな状態で店を素通りできるわけがなく。
「いらっしゃいませ!!」
この後客足が途絶えることはほとんどなくなった。
こうしてオープン初日は大成功を収めることができたのだった。
長崎はそう言うとさっとお冷を用意し、提供する。そしてそのままオーダーをとり商品を作る。
今日も店内は忙しい。常に人(人と呼んでいいかはわからない)が15人ほどいて、手を動かさない時はあまりない。肉もどんどん切れて次々と新しい肉を煮込んでいく。
遠山さんもひいひい言いながらではあるが慣れてきて、少しは動けるようになってきた。
まだ不器用ではあるが、注文をとって会計をして二個持ちもできている。
それが長崎の描いていた理想だった。
もちろんだったということは、現実はそうはいかないわけで。
「長崎くん」
遠山の声は聞こえているが返事をしない長崎。
別に故意に返事をしないわけではなく、単純に頭に入ってこないのだ。
「長崎くん」
今度は手でぼうとしている長崎の肩を揺らす。
「ひゃっ!? と、遠山さん?」
すっとんきょんな声を上げて飛び跳ねる長崎。
遠山はあーすまないと軽く謝罪を入れ、
「僕は何をすればいい?」
「特に何も」
「何もと言われてもねぇ」
困ったように頭をかく遠山。
いくら長崎といえどこうまで暇が続くと何をすればいいのか考えもつかなかった。
お昼時だというのに3時間でお客さんは0。
普段ならノーレス(お客さんがいない)の状態でも仕事はあるものだが、それも長崎が一時間ですべて終わらせてしまった。正真正銘やることなしだ。
「ああ、なんで来ねえんだよ」
長崎はガラガラの店内を見渡す。
はぁと思わずため息がこぼれる。
これだと料理を提供するための仕込みも封を切りそうだと長崎は思った。ついいつもの癖で多く作りすぎてしまったのだ。これでは廃棄がかなりでそうだ。
「君はこのままお客を待ち続けるのかい?」
「俺たちの仕事はお客様の望む料理を提供することだからな。お客を呼び込むのは広報の仕事じゃあ…………」
「広報なんてないよ。ここではこの店を活かすもつぶすも君しだい。説明は受けてるだろ? 誰も手伝ってなんてくれないよ。まあ支持を受ければ僕は動くけど」
そっかそうだよな。ここではただお店を回すだけが俺の仕事じゃない。ここらへんの名産を見てオリジナルメニューを作ったり、値段をうまく改正したり、人を呼び込むためになんでもしなきゃいけない。
たぶん俺たちのライバルとなる店と戦わなきゃならないこともあるかもしれない。
足踏みしてる時間なんてねえじゃねえか。
ぱんと長崎は強く自分のほっぺたをたたく。
「遠山さん。覚悟はできてますか?」
「ああ、僕はいつでも戦闘準備はできているよ」
「その言葉信じますよ」
長崎は清々しいほどの笑みを浮かべて遠山を見る。
そして長崎はお客様用の出入り口から外に出て、
「さあさあみなさん天下の牛食からとってもハッピーなお知らせだよ!! 今日はオープン記念でなんとお一人様一品メイン商品を無料で提供するよ。今日だけ、今日だけだよ。ああ遠い国から持ってきた不思議な不思議な、だけどとってもおいしいグルメはいかが!! 品にも限りはあるから先着順だよ!!」
同じようなセリフを大声で叫び、長崎は店内に戻ってくる。
「やってくれたね、長崎くん」
「たぶん普通にCMとか流すよりも全然安上がりだと思いますよ」
「まったく。さすがだよ。ああ、これじゃあ忙しくなっちゃうなあもう。おじちゃんを少しは労わってくれよ」
「まかないなら作ってあげますよ」
「特盛をよろしくね」
流れは変わったかに見えた。
しかしなかなか一人目のお客さんが入ってくることはなかった。
ちょくちょく中をのぞく人たちはいるが、中に入ろうというつわものは現れない。
しかし長崎はじっと耐える。
きっと、きっと誰かが来る。きっと。
あれからどれくらいの時が経っただろう。
実際5分程度ではあるが、体感長崎や遠山には数十分の長さに感じたに違いない。
そして待望の時がやってくる。
カランカラン、入口の方から音する。
「きたっ!」
長崎はそう声を出し、フロアに出る。
お店に入ってきたのは、小さい女の子を連れた女性の方だ。
「あの、今日は無料で食べられるって聞いてきたのですが………………そのもちあわせがなくて」
女性が申し訳なさそうに告げる。
「ああ、そこに立てかけられているメニュー全部無料さ。ただしおひとり様一つで頼むよ」
「まあ、ありがとうございます」
女性が少し驚いた表情をした後、深々と頭を下げる。
「お冷を持っていてあげて」
小さく遠山に声をかける長崎。
あ、ああと遠山は慌ててコップにお冷を入れ持っていく。
「長崎君! 牛丼並盛二つだって!」
遠山が客席から戻ってきながら告げる。
機械を使って入力すればいいのだが、いまいちやり方がわからなかったのだ。後で確認しておこうと遠山は心の中で思った。
「はいよ!」
長崎の活き活きとした姿。
無駄のない動き。
気が付くと空のどんぶり二つには、牛丼並盛が用意されていた。
「さあ持っていてくれ」
「任せてくれ」
遠山は誰にも分らないように、小さく深呼吸をする。
そしてその後、すっと二つのおぼんを手に持ち、
「お待たせいたしました、牛丼並盛がお二つですね。ごゆっくりどうぞ」
女性と少女が驚いた表情で商品を見つめていた。
遠山の接客態度? いや違う。
珍しい料理? これもあるだろうが、たぶんそうじゃない。
商品が提供されるスピードにだ。
まるで始めから作り置きがされているかのような速さ。それに二人は驚いていた。
そしてそんな様子を見ていた外の人たちは窓ガラスにほほをくっつけながら、じゅるりとよだれを抑えるのに必死である。
もちろんそんな状態で店を素通りできるわけがなく。
「いらっしゃいませ!!」
この後客足が途絶えることはほとんどなくなった。
こうしてオープン初日は大成功を収めることができたのだった。
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