異世界一の牛丼屋

たろたろぬ

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一章

簡単なこと

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「う、うあぁぁぁぁぁぁ」


 食器の割れる音と共に聞こえてくるノスの奇声。
 そしてあちゃあと、首を横にふる遠山。

「これで20枚目だね」
「すみませんっす」

 申し訳なさそうにぺこぺことお辞儀をするノス。なんだかもう見慣れた光景になりつつあった。
 見慣れた光景になっていたらまずいのだが。


「それにしてもお客さん少ないですね」


 ノスがガラガラの店内を見渡す。


「そうだよね、これじゃあトレーニングにならないよねぇ」
「どうしてこんなに人が来ないんですか?」
「それを今彼が必死に考えてるんだよね」


 ノスと遠山の視線が厨房で怖い顔をしている長崎の元に集まる。


「……………………こーじゃない。あーじゃない」


 ぶつぶつと独り言のようなものがフロアの方にいる2人にも聞こえてくる。
 お客さんがいない時はいつもあんな感じだ。とてもじゃないが楽しく話せるような雰囲気では無い。


「僕はこの味があれば人なんて集まってくると思うんですけどね」
「そうだね、味は申し分ないよね」
「きっとすごい調理法を施しているんですよね!」
「そんなことはないよ。誰にだって簡単に作れるさ。誰でも作れるような機械が開発されているからね」
「へ、へえー」


 まったく理解出来てないというようなノスの表情。
 それを理解して遠山もこれ以上は何も言わない。


「とりあえず僕長崎さんにかつ入れてくるっす! 活を入れてくるっす」
「あっ、待つんだ…………て遅かったか」


 やれやれ、無神経というのは怖いなあ、と思った遠山だった。


「長崎さん! 元気出してくださいっす! 前を向かなきゃ見えないこともあるっすよ」
「前を見てても見えないこともありそうだな……………」
「え、えっと、えっと」

  
 想像を超えた長崎の落ち込みように、言葉が見つからないノス。
 思わず視線を遠山に向け、助けを求めようする。だが遠山は厄介ごとはごめんだと言わんばかりに、口笛を吹きながらそっぽをむく。

「ええっとええっとこの味ならきっと大丈夫ですよ」


 考えてもしょうがないっと、頭をからっぽにしてとにかく思ったことを口にするノス。

「僕はちょうどいい味だと思いましたよ。辛くもないし、しょっぱくもない。問題ない味ですよ。これならいけますって」


 ノスが口にした言葉。別になんてことはない言葉。
 だが長崎は何か引っかかるものを感じた。


「おい、今なんて言った?」


 何か頭を精一杯フル回転しているときに思わず口から言葉がこぼれたかのような物言い。
 そんな長崎に驚きつつもノスは答える。

「問題ない味ですよ。これなら絶対いけ――」
「違う!! もうちょっと前だ!」
「辛くもないし、しょっぱくもないと」
「それだ。それなんだ。なんでこんな簡単なことがわからなかったんだ。こんちくしょう」


 カーンと鋭い音が響き渡る。
 長崎が思いっきり厨房の金属の部分を殴った音だ。

「客足が悪い原因は明らかだった。不味いからだ」
「そんなことはないですよ。おいしいですよ」

 長崎の言葉にすぐに反応するノス。

「そうだよ。おいしさは問題ないと僕も思うよ」

 フロアの方から遠山が近付いてくる。

「ああ、俺たちにとってはおいしい。だがほかの種族がこの牛丼を食べておいしいと感じるか、それはわからないだろ」


 はっ! なるほど。という表情の二人。


「ここにはノスのようなドワーフ。エルフ、ウィッチ。ほかにも多くの種族が暮らしている。俺たちやドワーフは比較的この味があっているようだ。しかしエルフやウィッチは味覚が敏感だからもっと薄く作らきゃ駄目だったんだ。この味は強すぎたんだ」
「なるほど、確かにそんなようなことが資料に書かれていた。さすが長崎君だ」
「さすがっす!!」
「早く気付くべきだったんだよ。最近来てたのはドワーフばっかりだったじゃねえか。かー、俺としたことが情けねえ」
  

 くしゃくしゃくしゃと帽子を左右にゆらし、髪を掻く長崎。


「で、でもそれがわかっても対策のしようがあるのかい?」
「汁を薄めて作る。この肉鍋は三つのスペースがある。一つをベースにして、それより薄いもの、濃いものと作っていこう。まずは汁が交じり合わないようにちょっといじらないとだけどな」
「ふむふむ、さすがだね。よしそれでいこう」
「おいらも手伝うっす!」
「ノス、お前はまずは前の仕事を完璧にするんだ」
「うげぇ」


 それから客足は一応の伸びを記録した。
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