7 / 13
伊勢男
しおりを挟む
伊勢君は、自信に満ち溢れた笑顔のまま、ピクリとも動こうとしなかった。
彼だけではない、赤いワンピースの少女も、道路を走っている車も動きを止めていた。
路上に、石像の真似をして立っているパフォーマーのように、お金をあげると動き出すのではないかと思い、小銭入れから硬貨を取り出すと、彼の足元に落としてみた。
しかし、相変わらず、キラリとした笑顔を絶やすことなくこちらを見ている。
隣にいる、ワンピースの彼女の足元にも小銭を落としてみたが、彼と同じく、不思議そうな顔を保ったまま動こうとはしなかった。
さらに、眼前で何度か手を振ってみるも、瞬き一つとしなかった。
『僕』はハァー、と短いため息をつくと、これからどうするかと考える。本当は、今すぐ妻と子供の元へ向かいたいのだが、この状況を放って置くわけにはいかない。
「大丈夫だ。俺たちに構わず、早く病院へ行くんだ!」
と伊勢君に言われたような気がして、彼の方をもう一度見るが、状況は何も変わってはいなかった。
どうすりゃいいんだよ。こうなった原因がわからない以上、迂闊に動き回るのは危険ではないか?
もし、このまま自分だけ時間が進み、老人になってから、ようやくみんなの時間が動き始め、それぞれに着物を着た人が、玉手箱を手渡して回るのではないかと考えてしまう。
「逆浦島太郎だな、これは」
その辺にあるベンチに座っている『僕』はそう呟くと、フッと品のない笑いを唇にのぼらせる。我ながらうまい事を言ったもんだ。なぁ、君はどう思うんだい?伊勢君。
「ははは!そんなこと言ってる場合か?奥さんが、今どうなっているのか気にならないのか?」
またしても彼の言葉が聞こえてきた気がしたが、どうやら杞憂だったようだ。
伊勢君は「強運」で有名だった。神社へ初詣へ行った際、おみくじを引くと必ず「大吉」が出た。彼曰く、おみくじで大吉以外を引いたことがないらしい。
また、商店街の、抽選会の催しに参加した時は、彼が、1等から3等までの豪華景品を当ててしまったことがあり、こんなにいらないから、とたまたま近くにいた人に配っていた。
1度、どうしてそんなに運がいいのか、と聞いたことがあった。すると彼は、
「そうだな。俺は、人から運を分けてもらっているのかもしれない。ギブアンドテイクさ」
そう言うと、伊勢君はウインクをしながらこちらに親指をグッと突き出してきた。
じゃあ、伊勢君も他の人に運を分けてあげているのか?と言うと、彼は少し怪訝そうな顔を見せ、
「少し違うな。俺が運を分けているんじゃないんだ。俺が誰かを助けることで、助けた人から運をちょっとだけもらうのさ、お礼にね」
中指と親指でものを摘むようなジェスチャーをした後、彼は遠くにある歩道橋を指差した。
そこには、溢れそうなくらい物が詰まった買い物袋を持ち、一歩一歩、踏みしめるように階段を登る婦人の姿があった。
「あの人は運がいい!あの人は助かるだろう!なんといっても、この俺が目をつけた人なんだからな!」
そう言い終わるや否や、彼は婦人の元まで飛んで行き、買い物袋を手伝おうとしていた。
婦人は初めは断る素振りを見せていたが、甘いマスクにやられたのか、やがて、彼に買い物袋を手渡した。
彼は、そのまま歩道橋を渡りきると、向こう側で、こちらに向かってブンブンと大きく手を振っている。焼け爛れた真っ赤な空が、僕らを鮮やかに照らしだしていた。
『僕』は彼の言った言葉を思い出す。
「今日の僕は最高に運がいい、自分を信じろ、か」
そう呟くと、彼は、両側の頬をパンパンと叩き、両足に力を込めてグンと立ち上がる。
迷っている場合じゃない。仮に今日、僕の運が最高にいいならば、この状況はきっと神様からのプレゼントなんだろう。そう考えることに決めた。
そうかい、わかったよ。信じるよ伊勢君、君も、僕自信も。
『僕』は勢いよく公園から飛びだし、街路樹の並び立つ歩道を走り出した。
彼だけではない、赤いワンピースの少女も、道路を走っている車も動きを止めていた。
路上に、石像の真似をして立っているパフォーマーのように、お金をあげると動き出すのではないかと思い、小銭入れから硬貨を取り出すと、彼の足元に落としてみた。
しかし、相変わらず、キラリとした笑顔を絶やすことなくこちらを見ている。
隣にいる、ワンピースの彼女の足元にも小銭を落としてみたが、彼と同じく、不思議そうな顔を保ったまま動こうとはしなかった。
さらに、眼前で何度か手を振ってみるも、瞬き一つとしなかった。
『僕』はハァー、と短いため息をつくと、これからどうするかと考える。本当は、今すぐ妻と子供の元へ向かいたいのだが、この状況を放って置くわけにはいかない。
「大丈夫だ。俺たちに構わず、早く病院へ行くんだ!」
と伊勢君に言われたような気がして、彼の方をもう一度見るが、状況は何も変わってはいなかった。
どうすりゃいいんだよ。こうなった原因がわからない以上、迂闊に動き回るのは危険ではないか?
もし、このまま自分だけ時間が進み、老人になってから、ようやくみんなの時間が動き始め、それぞれに着物を着た人が、玉手箱を手渡して回るのではないかと考えてしまう。
「逆浦島太郎だな、これは」
その辺にあるベンチに座っている『僕』はそう呟くと、フッと品のない笑いを唇にのぼらせる。我ながらうまい事を言ったもんだ。なぁ、君はどう思うんだい?伊勢君。
「ははは!そんなこと言ってる場合か?奥さんが、今どうなっているのか気にならないのか?」
またしても彼の言葉が聞こえてきた気がしたが、どうやら杞憂だったようだ。
伊勢君は「強運」で有名だった。神社へ初詣へ行った際、おみくじを引くと必ず「大吉」が出た。彼曰く、おみくじで大吉以外を引いたことがないらしい。
また、商店街の、抽選会の催しに参加した時は、彼が、1等から3等までの豪華景品を当ててしまったことがあり、こんなにいらないから、とたまたま近くにいた人に配っていた。
1度、どうしてそんなに運がいいのか、と聞いたことがあった。すると彼は、
「そうだな。俺は、人から運を分けてもらっているのかもしれない。ギブアンドテイクさ」
そう言うと、伊勢君はウインクをしながらこちらに親指をグッと突き出してきた。
じゃあ、伊勢君も他の人に運を分けてあげているのか?と言うと、彼は少し怪訝そうな顔を見せ、
「少し違うな。俺が運を分けているんじゃないんだ。俺が誰かを助けることで、助けた人から運をちょっとだけもらうのさ、お礼にね」
中指と親指でものを摘むようなジェスチャーをした後、彼は遠くにある歩道橋を指差した。
そこには、溢れそうなくらい物が詰まった買い物袋を持ち、一歩一歩、踏みしめるように階段を登る婦人の姿があった。
「あの人は運がいい!あの人は助かるだろう!なんといっても、この俺が目をつけた人なんだからな!」
そう言い終わるや否や、彼は婦人の元まで飛んで行き、買い物袋を手伝おうとしていた。
婦人は初めは断る素振りを見せていたが、甘いマスクにやられたのか、やがて、彼に買い物袋を手渡した。
彼は、そのまま歩道橋を渡りきると、向こう側で、こちらに向かってブンブンと大きく手を振っている。焼け爛れた真っ赤な空が、僕らを鮮やかに照らしだしていた。
『僕』は彼の言った言葉を思い出す。
「今日の僕は最高に運がいい、自分を信じろ、か」
そう呟くと、彼は、両側の頬をパンパンと叩き、両足に力を込めてグンと立ち上がる。
迷っている場合じゃない。仮に今日、僕の運が最高にいいならば、この状況はきっと神様からのプレゼントなんだろう。そう考えることに決めた。
そうかい、わかったよ。信じるよ伊勢君、君も、僕自信も。
『僕』は勢いよく公園から飛びだし、街路樹の並び立つ歩道を走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる