スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

文字の大きさ
32 / 75

第32話「アロウザールの狙い」

しおりを挟む
 覚醒した俺の視界に映るのは、ハードカバーの分厚い本を片手に、読書をしているアロウザールだった。
アロウザールはこちらの意識が戻ったことを認識したのか、本を閉じ、それを玉座の裏手に隠し、俺の方をみて、

「どうやら、ラルエシミラと会えたようだの」

といった。

「ああ。あいつ、けっこう元気にしてたわ。ただ——」

頭を手で押さえる。

「くっそいてえ。頭が割れそうだ」

「だろうの。ラルエシミラの知りうる知識のすべてを直接魂に叩き込んだのだ。馴染むまで相当時間がかかると思え」

俺は記憶を反芻する。
あの積み上げられていた、膨大な数の本。
その一冊一冊には、物質の名称、味、におい、形、色、価値、質量、重さ、概念、歴史、感触、用途などの情報がこと細やかに集約されていた。

それらすべてを読み尽くしたのだ。余すことなく、すべてを。
実に不思議な体験だった。体と精神は知識を欲するという欲求以外、何もいわない。
腹も空かない、眠る必要がない、読書に疲れ、飽きて、横臥して休みたいなどと思うこともない。
まさに、あれは無我の境地であった。

「でも、あいつ......あの野郎......」

俺は拳をハンマーのようにして、地面に叩きつけ、

「途中で飽きたのかしらんが、胸を机に押し付けてみたり、やたらと太ももの裏を見せたりしてきたんだ! あの衣装がきわどいから、ちくしょう!」

と、「ねー、ねー、トガさん。ちょっと、こっちみてくださいよ」や、片膝を立てて「どうしたんですかー? ほらほら、集中してくださいよ〜」などといって、からかい、読書の邪魔をしたラルエシミラの扇情的な表情を思い出していう。
いくら無我の境地とはいえ、本能には逆らえなかった。
チラ見をしたのだ、何度も。

「まあ、あやつならやるだろうの」

半笑いでいうアロウザール。
彼もかつては、俺と同じよう、ラルエシミラにおちゃらかされたのだろうか。
ふと、景色が傾き始めていることに気がつく。
徐々に左へ寄り、やがて側頭部に衝撃を感じると、痛みがやってきた。

「あれ......? あれ......?」

どうやら俺は胡座の状態から横むきに倒れたらしい。
力が入らない。体が動かない。床が冷たい。

「お主が倒れるのも無理はない。二日間もその状態を維持していたからの」

「二日間も! ——嘘だろ、そんなに時間が経っていたなんて......」

耳を疑った。
と同時に腹の虫がうなり声をあげる。
腹が、へった。

「今のお主は栄養不足だ。さあ、飯にしよう。とりあえず、ここで区切りだ」

そういって、アロウザールは座ったまま、胴を捻って、横着に玉座の裏を漁りはじめた。
少しして、黒い卵のようなものを取り出すと、間隔をあけて何回か握り、「我輩だ。いつものやつを五人前」といって卵を再び玉座の裏に隠した。

「あの、何をしていたんです? アロウザールさん」

俺は横臥したままいう。

「仕出しを頼んだ。しばし待て」

「仕出し? なんだよ、仕出しって......」

「じきにわかる」

「はあ......」

三十分ほど経っただろうか、背後から足音が聞こえてきた。
皮靴が硬い地面を踏み鳴らすような、軽快な音が反響する。
やがて、俺の目の前に岡持ちを携えている、筋骨隆々の大男が背を向けて立ちはだかった。

「ご苦労。また、よろしく頼むぞ」

アロウザールは「四日後、朝だ」と付け加えると、大男は一礼し、踵を返して、元来た道をたどっていったようだ。
見まちがえでなければ、翻った深緑色のエプロンには、たしかに『大満腹食堂』と書かれていた。
嫌な予感が脳裏をよぎる。

「さあ、食え。わざわざお主のために、ご馳走を用意してやったぞ」

俺の眼前には、見た目は中華料理だが、匂いはインド料理というあべこべな料理が湯気を立てて並んでいた。
満漢全席。この景色を例えるなら、まさにこの言葉がふさわしい。

「どうした、はよう食わんか」

「食えるか! アロウザールさん、汚ねえ虹は見たかねえだろ?」

アロウザールは腰を上げ、ゆっくりと立ち上がると、

「まったく、ヒヨコめ」

といって、タレに浸した骨つき肉に似たものを手に掴み、俺の口に押し込んだ。

「ンフ!? ンホーアールハン!?」

「いいから、食えというのだ。吐き出すなよ、ゆっくり噛め。そして飲み込め」

俺は泣きそうになりながら、肉の繊維を歯で梳かしてやる。
柔らかく裂けた身を、ぎこちなく咀嚼していく。
どうせ不味いに決まっているのだ。どうせ、どうせ——

「あら、美味いじゃない」

美味しかった。
普通に食える。むしろ、もっと食べたいとさえ思う。
もう二度と口に入れたくないと思っていたものが、圧倒的美味しさになって帰ってきた。
まるで幼少の頃、見向きもしなかった女が、高校生になった途端、「あれ。あいつ、あんなに可愛かったかしら」と、ときめくような感覚だ。
俺はとうとう、骨までしゃぶり尽くした。

「この飯は、初めて食ったとき、我輩もあまりの不味さにのたうち回ったもんだ」

アロウザールは「しかし」と続け、

「だが、この世にこんなに不味い料理を平気で出す店があるものか、と思い、我輩は次の日、死を覚悟で店に足を運んだ」

俺は骨をしゃぶりながら耳を傾けている。

「するとどうだ、美味ではないか。我輩は感動のあまり、店主を抱きしめたのだ。あれは我輩がまだ魔王討伐軍に所属していた頃だったな——」

俺は軟骨を噛み砕く。
美味い。

「ゴホン! 我輩はな、この店に学んだのだ。『一を知って十を知った気になるな』と」

思わずむせた。
大真面目でいうアロウザールがおかしかったからだ。

「莫迦者。これはなかなかどうして、物事の真髄を得ているといえよう。例えば、あるときお主は敵と対峙したとする。場所は遮蔽物の見当たらない、雄大な草原の中心。敵は一人で軽装、獲物は短刀のみだ。ここで魂の神器である可能性は考慮しないものとしよう——おそらく、お主はこう考えるだろう、「あの単刀をなんとかしなければ」と。

戦闘により、興奮状態で通常より冷静な判断をすることは困難なことやもしれん。だが、この時、この瞬間、お主は『相手の獲物が短刀である』というひとつの情報以外、思考できなくなっているはずだ。『地面に機雷が仕掛けてある』なんてことは夢にも思うまい。距離を詰められ、敵が自爆する可能性もある」

俺はそうかもしれない、しかし、そうではないかもしれないと思った。
初見の相手だ。何を隠し持っているかもわからない。そんな相手を警戒しないわけがない、と。

短刀はフェイクかもしれない、様々な可能性を考慮して対策を考える。
だが、アロウザールのいうとおり、戦闘時の興奮状態にある頭で冷静に相手を観察し、奥の手を見抜くことは非常に困難であると思った。
まず、確実に思うだろう『あの単刀に、気をつけろ』

人間は何かに注視した場合、それ以外の変化に気がつきにくいといわれている。
刃物をチラつかせている間に、片方の手に爆弾のスイッチを隠し持っていたならば、それは気がつかないかもしれない。
アロウザールは満漢全席の中から、唐揚げのようなものをひとつ選ぶと、口へ放り投げた。

「『言われてみれば、たしかにそうである』ということは、よくあるものだ。いいか、たとえ相手の能力を知ったとして、それを知った気になるな。可能性を考え、頭を働かせろ。お主はまだ戦闘経験が浅く、知識も定着していないので難しいかもしれん。と、いうことで——」

手にしたブドウのような粒を指ではじき、真上に飛ばした。

「明日から四日間でラルエシミラとお主の精神と肉体を同調させる」

降ってきた粒に食らいつき、アロウザールはいった。

「え、なんて?」

俺は聞き返した。
冗談だと思ったからだ。

「いいか。お主が挑もうとしているのは世界に君臨していた、あの魔王を討った勇者だぞ。当時、我輩が所属していた魔王討伐軍の総力を結集しても敵わなかった相手だ。短時間で差を埋めるためには、それしか手段はない」

「同調したら、どうなるんだ」

「それはわからぬ、お主次第だ。ラルエシミラといかに心を一つにできるか、それが課題だの」

正直、できる気がしなかった。
しかし、悠長なことをいっている場合はない。
覚悟を決めろ、甘えを捨てるのだ。

「わかった、やる。それで、強くなれるなら——勇者に、勝てるなら」

俺はスペアリブそっくりな食べ物にかぶりつき、そういった。

「まあ、ラルエシミラに拒絶されたらば、そこで終わりだがの」

俺は吹き出した。
スペアリブに窒息させられそうになる。
アロウザールは爆笑していた。

「ガッハッハッハッハッハッハッ!! そんなしょぼくれた顔をするでない。ラルエシミラを知るため、今宵はあの話の続きでもしてやる。さて、どこまではなしたか......」

そうじゃった、森の奥へ向かう途中だったな、といい、アロウザールは語りだす。
過去に挟んだ栞を取り払い、俺の意識は森の中へと飛び立つ。しばらく飛んでいると、ラルエシミラと少年の姿をしたアロウザールを見つけた——
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

処理中です...