スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

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第33話「あの日」

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 少年の姿をしたアロウザールとラルエシミラは、光さす森の中を歩いている。
葉陰には未知なる生物が息を潜めている気がして、その姿を想像すると、心が躍った。
怖いとは思わなかった。
手をつないでいると、不思議と心が落ち着き、視界は拓けて、今までとは違った景色が広がっている。

ラルエシミラは立ち止まると、人差し指を藪に向けて、

「あそこをよく見ておいてください。たぶん、出てきますよ」

というので、アロウザールも足を止めて指差す方を凝視する。
なんの変哲も無い藪だ。
と思った矢先、葉がゆらゆらと揺れはじめた。
アロウザールは絶対に見逃すまいと、体を前のめりにさせている。
すると、そこから勢いよく何かが飛び出して、アロウザールたちの前を横切っていった。

「——っ。ちょっとまって」

前ポケットから図鑑を取り出し、ページを次々とめくっていく。
これでもない。違う、この生き物じゃない——
いつの間にか、ラルエシミラもアロウザールと一緒にしゃがんで図鑑を眺めている。
しばらくめくり続けていると、先ほど見た生き物のイラストと解説をみつけた。
それは白猫のような姿をして、それぞれ毛色の違う、十本の尻尾が特徴的だ。

「あった......。フェリチタ。十本の尾をした小型の四足歩行型生物で、卵胎生。足が速く、滅多に姿を現さない。
また、十一本の尾を持つフェリチタが確認されており、姿をみた者は果てしない幸運を授かるといわれている——」

それを聞いて、「へえ〜」とラルエシミラがいう。
アロウザールは目を輝かせて、

「ねえ、さっきのは、尻尾、何本あった?」

といった。

「十本です!」

ラルエシミラは両手のひらを広げて、満面の笑みをしている。

「なんだ、ちぇっ」

肩を落として残念そうにするアロウザール。
期待していた結果と違い、落胆する。
たまにはいいことが起きてもいいじゃないか、そうおもった。
すると、丸まった背中をラルエシミラがやさしく叩く。

「もう、なにしょんぼりしてるんですか! この先にまだいるかも、ですよ?」

「でも、滅多に会えないんでしょ」

「そう、書いてありましたね」

「でしょ? 無理だよ、さっきのでおわりだ」

「うーん。もう、仕方ないですねっ——」

アロウザールの体が宙に浮く。
不安定な体勢になり、バランスを保とうと腕を平行にする。
下を見やると、股の間に銀色の頭が生えていた。

「ちょっと! どうして、急に肩車なんて......」

「こうすれば、よく見えるでしょう?」

「あ」

景色が一変した。
さらに視界は広がり、様々なものが見えた。
木の枝を近くに感じる。あそこになっている果実にも届くかもしれない。
アロウザールは手のひらを銀色の台地に降り立たせた。さらさらとして、暖かい。
しかしこのまま乗せていいのだろうかと、少し迷って、結局、手を離した。

「手、置いてもいいですよ」

見透かしたようにラルエシミラがいう。
アロウザールは何もいわず、ラルエシミラの頭をそっと、包み込んだ。

「では、走りましょうか!」

「え、まって、ラルエシミラっ——」

有無を言わさず、ラルエシミラは駆け出した。
早い、速い、疾い。
景色が猛スピードで流れ去り、向かい風によって前髪が持ち上がる。
おいおい。生き物を探す暇なんてないじゃないか、目が追いつかないよ。
ふと、笑いがこみ上げてきた。なんだかおかしくなって、とうとう声をだして笑う。

楽しい。
これほど爽快な気分を味わったのは、生まれて初めてだ。
アロウザールはラルエシミラとともに、しばし風となった。



最終的に、洞窟へと辿り着く。
鬱蒼とした雰囲気と、大口を開いた闇に思わず腰がひける。
入り口からは冷気が流れてきているようで、それが首筋を撫でつけるため、体はブルッと震えた。

「どうします? 入ってみます?」

息ひとつ切らしていないラルエシミラはいう。

「は、入ってもいいけど。ラルエシミラが嫌なら今日のところは引き返しても——」

弱気なところを見せたくなかったアロウザールは強気にいうが、

「じゃ、入りますねー」

と、ラルエシミラは洞窟の入り口に近づいていく。
逃げようにも、肩車状態なので、身動きがとれない。
「やめて」「逃げたい」「下ろして」
そういいたかったが、ラルエシミラに揶揄されるのが癪だったので、唇をかたく結んで耐える。



洞窟内は春うららかな外界とは異なり、冷気が充満しているため、肌寒く感じた。
アロウザールは両腕をさすって熱をおこす。
薄暗い中、ラルエシミラは奥へ奥へと進んでいく。
ためらうことなく、まるでこの先を知っているかのように。

「何も、ありませんね」

ぽつりと、独り言みたくいうラルエシミラ。

「そうだね。何もないし、そろそろ——」

「せっかくなので、奥まで行ってみましょうか」

アロウザールの言葉を遮り、ラルエシミラはいった。
引き返すという選択肢はどうやら用意されてはいなかったようだ。
目が慣れてきたようだが、怖いものは怖い。
そんなアロウザールの気を知ってか知らずか、ラルエシミラは、

「もしかして、いるかもしれませんよ」

という。

「な、何が?」

「幽霊、とか」

「い、いないね、そんなもん。ありえない」

すると、奥の方から人の呻くような声が聞こえてきた。
アロウザールはとっさに、ラルエシミラの頭を抱きかかえる。

「もう、前が見えないじゃないですか」

「ご、ごめん」そういって、アロウザールは腕をほどく。

「何かいるかも知れません。行きましょう」

「ええ......」

再びラルエシミラは走りだした。
暗闇に向かって、不安定な足場を軽快に。
激しい動きだったので、肩の上にいるアロウザールは天井に頭をぶつけないよう、必死だった。

しばらく進むと、ドーム型をした、はるか高い天井のある、拓けた空間に辿り着く。
この空間だけがうっすらと明るい。
よく見ると、松明が壁に設置してあり、オレンジ色の炎が揺らめいていた。

「うあ......うう......」

人の呻き声だ。
前方にある、蛇腹のように伸びた石段の上には玉座のようなものがあり、その石段を取り囲むように柱が規則正しく並んでいる。
その石段の終わりに、軍服らしき服装をした初老の男が、血を流して倒れていた。
うつ伏せで倒れている男は、かろうじて息があるという状態だ。

このとき、石段を降りてくる人物を認識した。
重たい黒髪に、毛先を内側にカールさせたショートボブ。
アオザイのようなスリットの深く入った服装に、目立たない胸。
火のような瞳が、こちらを見ている。

「ラル......エシミラ......?」

そっくりだった。
血を分けた双子ではないのかと思うほどに。
髪の色や胸囲の差こそあれど、あれはたしかにラルエシミラだ。

ラルエシミラは肩からアロウザールを下ろすと、こういった。

「すいません、アロウザールさん。いますぐ、私に構わず逃げてください」

「どうして? ラルエシミラも逃げようよ」

無言で拒絶するラルエシミラ。
黒いラルエシミラは石段をゆっくりとした動作で降りてくる。
手に携えた長剣を石段に何度も叩きつけ、火花を散らしながら、ゆっくり、ゆっくり——
ふと、それは姿を消した。

目を離した覚えはない。ただ一度、瞬きをしただけだ。
その隙に、消えた。
次の瞬間、アロウザールから血が滴り落ちる。
錆だらけの刀身が胸を貫き、剣先は背中から飛び出していた。

引き抜かれ、血が噴出する。
ホースから勢い良く水が出るように、大量の血液が。
そして膝をつき、倒れた。
赤い水たまりに体を浸して、かすれた息を吐きながら、かろうじて生きている。

アロウザールはぼやけた視界で、ラルエシミラと黒いラルエシミラが剣戟している様子を見た。
何もわからないまま、起きた事象に対して、考察する余力すらない。
そんな中、冷えた体はアロウザールの生命力を奪い、永遠の眠りに誘う。
瞼のシャッターは徐々に閉じていき、アロウザールの人生は幕引を下ろした——


はずだった。
しかし、目が覚めたとき、そこは硬いベッドの上だった。
アロウザールは身体に包帯を巻かれた状態で、軍服を着た多くの人々に取り囲まれていたのだ。
同じく包帯を巻いている男に、涙を流して抱きつかれたことはよく覚えている。
アロウザールは訊く。

「あの、ラルエシミラはどこに」

包帯の男はキョトンとした顔で見る。他の軍服たちも同じような反応だ。
彼はいう。「誰かね? そいつは。君の友人かい?」
アロウザールはいった。

「銀色の髪をした、綺麗な女のひとです。僕と一緒にいたはずです、襲われて、戦っていました。どなたか......どなたか知りませんか?」

軍服のひとりが答える。

「我々が駆け付けたときには、瀕死の君と中佐のみでした。他には、誰もいません」

「そんな......はずは......」

アロウザールは俯いた。そして、すぐに顔を上げて、

「あの、ここはどこなんですか?」

といった。

「ここは『魔王討伐軍第三部隊第四隊舎・救護室』だ」

包帯の男はそういい、アロウザールの小さな肩に手を置いていう。

「なあ、少年よ。わたしは君に感謝しているのだ。君が、わたしの居場所を軍に知らせてくれたのだろう?」

アロウザールはかぶりを振った。
どうやら包帯の男は洞窟の調査に出向いた際、何者かに襲われ、応援を呼ぶ暇もなく倒されたらしい。
応援が駆け付けた時には、アロウザールと包帯の男だけであったという。

「おかしいな。確かに一報が入ったのだよ。子供か女かわからないが、あの洞窟で我が軍の者が倒れている、と」

きっとラルエシミラだ。
生きていたのか、よかった。
アロウザールは胸をなでおろす。
そして思うのだった。ラルエシミラに会って一言、お礼が言いたい。
ラルエシミラを、捜さなければ——と。

「まあ、なんであれ、君がいなければ、わたしは死んでいたやもしれん。それに、一般市民を巻き込み、怪我を負わせたという責任もある。そこで、礼とお詫びをしたいと思うのだが、何がいい? 何でも言いたまへ」

包帯の男はいう。

「なんでも......いいんですね?」

「ああ、我々に出来ることならな」

アロウザールは少し考え、そしていった。

「魔王討伐軍に、志願させてください」

待っていろ、ラルエシミラ。
心の中で、そう強く念じた。
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