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第35話「アロウザール元帥」
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軍靴の床を叩く音が、一定のリズムで刻まれる。
廊下を機敏に歩くアロウザールの傍らに、兵士たちがやってきては去り、やってきては去り、を繰り返していた。
すみれ色をした髪の女兵士が、アロウザールに駆け寄る。
「戦況は」
「第二陣、市街地まで後退」
「第三と合流させろ。住人はどうだ」
「大方、避難は完了しています」
「敵の情報は」
「吸命のダラス単騎です——元帥、救援部隊ですが」
「救援はいらん」
アロウザールは深緑色のコートを肩にかけ、元帥帽子のツバを指で摘んでいう。
「私が、出る」
$$$
シーボ国市街地。
橋梁を境に一本の大通りが宮殿まで続いており、それを挟むように住宅が密集している区域である。
住人たちは討伐軍によって宮殿へ避難誘導され、市街地は廃墟と化し、戦場となった。
そこでは、四メートルはあろうかという杖を持ったひどい猫背の男が、兵士たちに取り囲まれている——
「通して......通して......」
ジリジリと足を動かし、兵士に近づく男。
その顔は、不気味なほど健康色で、艶やかな肌をしている。
少年と老人がひとつになったような異形さに、兵士たちは底知れぬ恐怖を感じていた。
「通して......通して......」
男は歩く。老婆のように歩く。
と、男の右横を睨んでいた兵士が軍刀を抜き、突如飛びかかった。
「化け物めっ!」
細身の刀身をしならせ、男の首に狙いを定める。
しかし、その刃は空を切り裂き、勢い余った切っ先は石畳を抉った。
「ちっ!」
振り返り、見失った標的を探す。
いない。
そのことを理解した瞬間、兵士は後ろ首を鷲掴みにされた。
「深呼吸......深呼吸......」
兵士の背後に立っていう男。
うしろ首を掴まれた兵士は体を震わせる。
歯をガチガチと鳴らして、
いわれた通りに深呼吸をする。
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吐いて......」
男が囁く。
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吐いて......」
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吸って......」
「すぅーーーーーーーー」
兵士は空気を吸い続ける。
いつまでも、いつまでも。
やがて肺は満たされ、胸が大きく膨れ上がった。
まるで鳩胸のようになり、口を尖らせている兵士の目尻には、涙が滲んでいる。
「はい......よくできました......」
男がそういうと、兵士の肌は途端に瑞々しさを失い、
枯れ果て、骨と皮のみになり、壊れた人形のように崩れ落ちた。
縮んだ眼球が空虚な穴からこぼれ落ち、
窄まった口は、まだ空気を吸い続けているように見えた。
男を取り囲んでいた兵士たちは、後ずさる。
目の前で同胞がミイラになる光景を目の当たりにした、兵士たち全体の士気は下がり始めていた。
「通して......通して......」
先ほどより体の角度が持ち上がった男は、「通して」とつぶやきながら、宮殿に向かって歩きだした。
$$$
「なぜ着いてきた、ルキ」
揺れる馬車の中、大股を広げ、腕を組んで腰掛けているアロウザールの正面に、
ルキと呼ばれるすみれ色をした髪の女兵士が、歪みのないまっすぐな瞳でアロウザールを見据えていた。
「だめ。アロウザール一人で行かせられない」
アロウザールが馬車に乗り込んだ瞬間に駆け込み、馬車を強引に発進させたルキはいう。
「ここでは元帥と呼べ」
元帥帽子を深くかぶり、ルキの足元に目を落としていうアロウザール。
ルキからはアロウザールの表情は見えない。
「わたしとアロウザールの二人だけよ。何か問題でもあるの」
「勤務中だ。謹め」
「いや。わたし、あなたと同期よ。信頼してくれてもいいんじゃないの?」
「信頼するしないの問題ではない。あいつは危険だ、これ以上、死人を増やしたくない」
アロウザールがそういうと、お互いは黙った。
車輪の回る音だけが聞こえる。湿った重い空気が車内を満たしていた。
ガラスの窓に水滴が張り付き、窓を打つ雨の音が新たに加わる。
「雨、だな」
アロウザールは呟く
「ねえ......。わたし、頑張ってきたんだよ? あなたに少しでも近づこうとして、必死に......」
膝に乗せた拳を握りしめてルキはいう。
声は、震えていた。
「アロウザールは、最初から優秀だったよね。わたしたちより魔法の扱いが上手で、誰よりも魔人を倒して、どんどんどんどん昇進していくの......。いつの間にか元帥になっちゃって、遠い人になって——でも、わたしだって准将になったのよ! 魔人だってたくさん殺してきたの! だから、わたしも——」
「黙れ」
ルキの言葉を遮り、アロウザールが低い声でいう。
そして続けて、
「この際ハッキリという、足手まといだ。ここで降りろと言いたいところだが、馬車を止める時間が惜しい。現地に着き次第、そのまま引き返せ」
といった。
ルキは頬を張られたような顔になり、すぐに、くしゃりと顔を歪ませると、戦闘帽を目が隠れるまでかぶり直し、俯いた。
再び車内は、回転する車輪と雨の音に支配される——
$$$
「もちこたえろ! 元帥が到着するまで、なんとか持ちこたえ——」
兵士が同胞たちに呼びかけようとするが、瞬く間にミイラとなって倒れた。
「よくできました......よくできました......」
数多の兵士から生命力を奪った男の体は、直立に近い形になっていた。
四メートルの杖に頭が届きそうになる程だ。
露わになった腹部には、一本の禍々しい大きな黒い角が生えている。
と、男の前方から多くの兵士達が走ってきた。
一人は迷彩色をした卵のようなものを口に当て、本部への通信を行っていた。
「本部、第三部隊、合流しました——て、なんだ......これはっ!」
驚いた兵士の視界には、男の背後に、軍服を着たミイラが大量に倒れ伏しているという惨状が映されていた。
そして、肩を震わせると、
「お前か......お前が我らの同胞を......」
男は少年のような瞳でその様子を見ている。
混じり気のない、汚れを知らない瞳だ。
「許さん!」
眉間に憤怒の波を刻み、涙を流して駆け出した兵士に続き、他の兵士も咆哮を上げながら、男に突進していった。
男は杖の底で石畳をコツコツと二回叩くと、まるで底なし沼に飲まれるように、地面に沈み込んだ。
「待て! とまれ、とまれえ!」
兵士たちは立ち止まり、あたりを見回す。
「どこへ消えた」「出てこい」「腰抜けが」「ぶっ殺してやる」
方々から、混乱と怒りの入り混じったような声がする。
すると、石畳は黒一色になり、兵士たちの足が沈みはじめた。
「なんだ、これは......熱い......熱いぃ!」
体が融けるような凄まじい痛みに、兵士たちは叫び、喘ぎ、喚く。
ついには、「殺してくれ」や、「許してください」などという言葉が飛び交うようになる。
やがて、少年の笑い声がすると、兵士たちは一斉に、黒い地面へ飲み込まれた。
少しして、石畳は元のねずみ色になり、空からミイラが雨と共に降り注ぐ。
ぼとぼとという音を立てて、山積みにされていくミイラ。
男は顔をほころばせて、石畳から生えてきた。
四メートルの杖と、同じ身長で。
「おい、貴様」
ふと、男の背後で声がする。
振り向くと、黒い元帥帽子をかぶり、深緑色のコートを肩にかけ、鷹のように鋭い目をしたアロウザールが立っていた。
と、その姿は一瞬で消え去り、男がアロウザールを再び視認した場所は、男の懐である。
胸には、サメの歯のように細かな刃が並んだ刀が、深々と突き刺さっていた。
「私の同胞に、なにをする」
アロウザールは刀に魔力を込めると、男は轟音を立てて爆発した。
廊下を機敏に歩くアロウザールの傍らに、兵士たちがやってきては去り、やってきては去り、を繰り返していた。
すみれ色をした髪の女兵士が、アロウザールに駆け寄る。
「戦況は」
「第二陣、市街地まで後退」
「第三と合流させろ。住人はどうだ」
「大方、避難は完了しています」
「敵の情報は」
「吸命のダラス単騎です——元帥、救援部隊ですが」
「救援はいらん」
アロウザールは深緑色のコートを肩にかけ、元帥帽子のツバを指で摘んでいう。
「私が、出る」
$$$
シーボ国市街地。
橋梁を境に一本の大通りが宮殿まで続いており、それを挟むように住宅が密集している区域である。
住人たちは討伐軍によって宮殿へ避難誘導され、市街地は廃墟と化し、戦場となった。
そこでは、四メートルはあろうかという杖を持ったひどい猫背の男が、兵士たちに取り囲まれている——
「通して......通して......」
ジリジリと足を動かし、兵士に近づく男。
その顔は、不気味なほど健康色で、艶やかな肌をしている。
少年と老人がひとつになったような異形さに、兵士たちは底知れぬ恐怖を感じていた。
「通して......通して......」
男は歩く。老婆のように歩く。
と、男の右横を睨んでいた兵士が軍刀を抜き、突如飛びかかった。
「化け物めっ!」
細身の刀身をしならせ、男の首に狙いを定める。
しかし、その刃は空を切り裂き、勢い余った切っ先は石畳を抉った。
「ちっ!」
振り返り、見失った標的を探す。
いない。
そのことを理解した瞬間、兵士は後ろ首を鷲掴みにされた。
「深呼吸......深呼吸......」
兵士の背後に立っていう男。
うしろ首を掴まれた兵士は体を震わせる。
歯をガチガチと鳴らして、
いわれた通りに深呼吸をする。
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吐いて......」
男が囁く。
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吐いて......」
「すぅ......はぁ......」
「吸って......吸って......」
「すぅーーーーーーーー」
兵士は空気を吸い続ける。
いつまでも、いつまでも。
やがて肺は満たされ、胸が大きく膨れ上がった。
まるで鳩胸のようになり、口を尖らせている兵士の目尻には、涙が滲んでいる。
「はい......よくできました......」
男がそういうと、兵士の肌は途端に瑞々しさを失い、
枯れ果て、骨と皮のみになり、壊れた人形のように崩れ落ちた。
縮んだ眼球が空虚な穴からこぼれ落ち、
窄まった口は、まだ空気を吸い続けているように見えた。
男を取り囲んでいた兵士たちは、後ずさる。
目の前で同胞がミイラになる光景を目の当たりにした、兵士たち全体の士気は下がり始めていた。
「通して......通して......」
先ほどより体の角度が持ち上がった男は、「通して」とつぶやきながら、宮殿に向かって歩きだした。
$$$
「なぜ着いてきた、ルキ」
揺れる馬車の中、大股を広げ、腕を組んで腰掛けているアロウザールの正面に、
ルキと呼ばれるすみれ色をした髪の女兵士が、歪みのないまっすぐな瞳でアロウザールを見据えていた。
「だめ。アロウザール一人で行かせられない」
アロウザールが馬車に乗り込んだ瞬間に駆け込み、馬車を強引に発進させたルキはいう。
「ここでは元帥と呼べ」
元帥帽子を深くかぶり、ルキの足元に目を落としていうアロウザール。
ルキからはアロウザールの表情は見えない。
「わたしとアロウザールの二人だけよ。何か問題でもあるの」
「勤務中だ。謹め」
「いや。わたし、あなたと同期よ。信頼してくれてもいいんじゃないの?」
「信頼するしないの問題ではない。あいつは危険だ、これ以上、死人を増やしたくない」
アロウザールがそういうと、お互いは黙った。
車輪の回る音だけが聞こえる。湿った重い空気が車内を満たしていた。
ガラスの窓に水滴が張り付き、窓を打つ雨の音が新たに加わる。
「雨、だな」
アロウザールは呟く
「ねえ......。わたし、頑張ってきたんだよ? あなたに少しでも近づこうとして、必死に......」
膝に乗せた拳を握りしめてルキはいう。
声は、震えていた。
「アロウザールは、最初から優秀だったよね。わたしたちより魔法の扱いが上手で、誰よりも魔人を倒して、どんどんどんどん昇進していくの......。いつの間にか元帥になっちゃって、遠い人になって——でも、わたしだって准将になったのよ! 魔人だってたくさん殺してきたの! だから、わたしも——」
「黙れ」
ルキの言葉を遮り、アロウザールが低い声でいう。
そして続けて、
「この際ハッキリという、足手まといだ。ここで降りろと言いたいところだが、馬車を止める時間が惜しい。現地に着き次第、そのまま引き返せ」
といった。
ルキは頬を張られたような顔になり、すぐに、くしゃりと顔を歪ませると、戦闘帽を目が隠れるまでかぶり直し、俯いた。
再び車内は、回転する車輪と雨の音に支配される——
$$$
「もちこたえろ! 元帥が到着するまで、なんとか持ちこたえ——」
兵士が同胞たちに呼びかけようとするが、瞬く間にミイラとなって倒れた。
「よくできました......よくできました......」
数多の兵士から生命力を奪った男の体は、直立に近い形になっていた。
四メートルの杖に頭が届きそうになる程だ。
露わになった腹部には、一本の禍々しい大きな黒い角が生えている。
と、男の前方から多くの兵士達が走ってきた。
一人は迷彩色をした卵のようなものを口に当て、本部への通信を行っていた。
「本部、第三部隊、合流しました——て、なんだ......これはっ!」
驚いた兵士の視界には、男の背後に、軍服を着たミイラが大量に倒れ伏しているという惨状が映されていた。
そして、肩を震わせると、
「お前か......お前が我らの同胞を......」
男は少年のような瞳でその様子を見ている。
混じり気のない、汚れを知らない瞳だ。
「許さん!」
眉間に憤怒の波を刻み、涙を流して駆け出した兵士に続き、他の兵士も咆哮を上げながら、男に突進していった。
男は杖の底で石畳をコツコツと二回叩くと、まるで底なし沼に飲まれるように、地面に沈み込んだ。
「待て! とまれ、とまれえ!」
兵士たちは立ち止まり、あたりを見回す。
「どこへ消えた」「出てこい」「腰抜けが」「ぶっ殺してやる」
方々から、混乱と怒りの入り混じったような声がする。
すると、石畳は黒一色になり、兵士たちの足が沈みはじめた。
「なんだ、これは......熱い......熱いぃ!」
体が融けるような凄まじい痛みに、兵士たちは叫び、喘ぎ、喚く。
ついには、「殺してくれ」や、「許してください」などという言葉が飛び交うようになる。
やがて、少年の笑い声がすると、兵士たちは一斉に、黒い地面へ飲み込まれた。
少しして、石畳は元のねずみ色になり、空からミイラが雨と共に降り注ぐ。
ぼとぼとという音を立てて、山積みにされていくミイラ。
男は顔をほころばせて、石畳から生えてきた。
四メートルの杖と、同じ身長で。
「おい、貴様」
ふと、男の背後で声がする。
振り向くと、黒い元帥帽子をかぶり、深緑色のコートを肩にかけ、鷹のように鋭い目をしたアロウザールが立っていた。
と、その姿は一瞬で消え去り、男がアロウザールを再び視認した場所は、男の懐である。
胸には、サメの歯のように細かな刃が並んだ刀が、深々と突き刺さっていた。
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