公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~

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エドウィンの反省

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 アルバートが、どこかのスポーツ部の学生と仲良さそうに話をしているのを見かけたとき、エドウィンは胸に赤黒い炎が燃えるのを感じた。
 怒りとも悲しみとも憎しみともつかない、醜い感情――

(嫉妬、してしまった)

 よく聞こえなかったが、挨拶に毛が生えた程度の会話だったように思う。
 たったそれだけのことなのに、頭にカーッと血が上った。
 相手の学生のことも頭に来たが、最近自分を避けているアルバートが、他の学生には愛想よく会話してることも頭に来た。

(だからといって、問い詰めるみたいな聞き方をしたら、余計に嫌われるじゃないか)

 おまけに何か言いかけたアルバートの言葉を、遮ってしまった。
 さすがにあれは、まずかったと反省する。

 しかし今更、謝ることも出来ない。
 もし謝れば「何のこと?」と笑って躱されるだけだ。
 思い詰めているエドウィンは、自分の顔が強張っていることに気付いていなかった。

(少し前なら、『俺にも、乗馬教えてくれよ』とか、軽く言えていただろうに)



 二人で生徒会室に入ると、先に来ていたロバートとアーノルドが挨拶してくる。

「おっ先輩方、お揃い……で」

「ごきげんよう、二人と、も……」

 元気よく声を掛けてきたロバートたちだったが、微妙な空気が流れる二人に、声が小さくなってしまった。

「遅くなりました! 申し訳ありません」

 そこに一年生のミリアムが駆け込んでくる。

「いいさ、一年生の校舎はここから一番遠いからね」

 アルバートが柔らかい笑顔で、ミリアムを席に着くよう促した。

「はっはい!」

 心なしか頬を赤らめるミリアムを、エドウィンは横目で見る。
 先日アルバートに助けられてから、彼女のアルバートに向ける表情が変わったような気がしていた。

(ま、あれで恋に落ちるなという方が無理だな)

 王族など遠い存在であっただろう平民の少女が、思いがけなく貴族の子弟が通う学校に入り、難癖をつけられて怖い思いをしているところを、優しくてきれいな王子様に助けられたら、恋しないわけがないだろう。

 どちらにしろメアリーがいる限り実らぬ恋であることには変わりない。
 が、それでも、彼女は自分の恋心から目を背けずにすむのだろうと思うと、羨ましくて仕方がなかった。

 それに比べ、今また当て付けるように、アルバートから遠い席にわざと座ってしまった、狭量な自分に嫌気がさす……。

 そんなことを考えていたからだろうか、そのミリアムがエドウィンの方に顔を向けた。

(?)

 そしてじっと見つめた後目を逸らし、他の生徒会メンバーに声を掛け、話を始める。

(何だったんだ、今のは)



 その理由はすぐにわかった。
 この日の仕事が終わると、ミリアムの方からエドウィンに話しかけてきたのだ。

「エドウィン先輩、この後少しお話させていただいても、よろしいですか?」

「あ……ああ」

 エドウィンはアルバートの視線を感じつつ、答える。

「お、ミリアム。エドウィン先輩に告白かあ?」

 ロバートが揶揄からかうが、ミリアムは真剣な顔だ。

「そんなんじゃありません。では、先輩、こちらに来てくださいますか?」


 まだヒューヒュ―言うロバートの横を通って、学生棟の裏手に連れて来られた。


 ★★★


「……なんだい、話って」

 ミリアムは辺りに人がいないのを確認し、エドウィンに向かいあうと、ズバリと切り出した。

「エドウィン先輩、アルバート先輩のことが好きですか?」
 ズバン!

「ええっ?」

 あまりの直球に、エドウィンがたじろぐ。

「いや、その、そりゃあ好きだよ。幼馴染で友達だし……」

「そんなこと、聞いていません! 先輩は、アルバート先輩に恋していますよね?」
 ズバーン!

 キャッチャーのミットに入った直球ストレートが、そのままキャッチャーごと後ろのフェンスに押し出すほどの豪速球を喰らってしまった。

「な……なぜ、そんなことを?」

「否定しないんですね。やはり、エドウィン先輩もアルバート先輩が好きなんですね」

 恋する女は恐ろしい。
 本能的にライバルの存在を嗅ぎとってきたようだ。

「……好きだったら、どうなんだ?」

 話が長くなりそうだと思い、ベンチに腰を下ろしながら、ミリアムにも向かい側のベンチに座るよう手で指す。

「私も、アルバート先輩が……好きです」

 腰掛けながら、ミリアムが呟く。

「そのようだね」

「やっぱり、先輩にも私の気持ちは気付かれてしまっていましたね。私が先輩の気持ちに、気が付いたように」

「ああ」


 エドウィンはミリアムの恋バナをしばらく聞き続けた。
 他人の恋の話なんて、いつもなら「聞いていられるか」と思うところだが、自分と同じ相手への思いは共感するところが多くて、飽きない。

「アルバート殿下が、この学院にいらっしゃるとは聞いていましたが、本当に昔読んだ絵本の中から出てきた『王子様』そのままで……。勿論メアリー様というご婚約者がいらっしゃることもわかっていましたけど、でも、先日助けていただいたことで、もうどうしようもなく、好きになってしまって……」

 彼女の話はとりとめなく、エドウィンは「ああ」とか「わかるよ」とか、相槌を入れるだけだが、それなりに楽しかった。

 ミリアムはアルバートがいかに素晴らしいかを、言いたいだけ言って、大きく息を吐いた。

「すみません、私ばっかり喋ってしまって……」

「いや、いいよ。しかし羨ましい」

「羨ましいって?」

 ミリアムの目がエドウィンに真っ直ぐ刺さり、彼女に向けていた視線を、自分の手元に落とす。

「そんな風に、素直に自分の気持ちを言えて、さ」

「……先輩だって、言えばいいじゃないですか。聞きますよ? 私」

 そんな彼女にハハ……と笑って手を振る。

「いや、出来ないよ。俺の気持ちは、許されないものだ」

「許されないって?」

 ミリアムの顔が次第に怖い表情になる。
 先ほどまで、アルバートの話をしていたときは、幸せそうな笑みを浮かべていたのが、エドウィンの言葉で火がついたようだ。

「なに、悲劇のヒロインみたいな顔をしているんですか?」

「ヒロインって……」

「だって、自分だけが可哀想な思いをしているみたいなこと言って、かっこ悪いです。許されないというなら、私だって同じです!」

「……同じじゃない。少なくとも君は女じゃないか。アルバートに失恋した、と誰かに言っても、慰められこそすれ、気持ち悪いとは思われないだろう?」

「先輩は、他人から気持ち悪いと思われるのが怖くて、自分の恋から逃げるんですか?」

 これには、ぐうの音も出ないエドウィンだ。
 確かに自分で自分を縛ってきたその理由に『他人からの目』というものが混じっている。

 アルバートをスキャンダルから守らなければ、と考えていたが、実のところ、自分が後ろ指をさされるのが怖かったのだと、彼女の指摘で自覚した。
 そのエドウィンに、ミリアムは攻撃の手を緩めずに言葉を投げつける。

「そりゃ、自分を醜聞から守りたい気持ちもわかります。先輩だって、公爵家の跡取りですからね。下手なマネは出来ないのだとは思います、だけど!」

「だけど?」

「その為にアルバート先輩を傷つけるのは、許せません!」

「……アルバートを、傷つける。…………俺、が……?」

「そうです! もう、やっぱりちゃんと、アルバート先輩のこと見てないじゃないですか!」

 確かに、このところずっと彼から逃げていた。
 アルバートからさりげなく距離をおかれている気がして近付きあぐね、先ほどのようにあからさまでなかっただけで、自分もまた同じように彼を遠ざけてきていたのだ。



「…………」

 黙り込んでしまったエドウィンに、さすがにミリアムが口を閉じた。
 しばしの沈黙の後、ミリアムが素直に謝罪する。

「あの、言い過ぎました。……済みませんでした」

「いや、……君の言うことはあまりに的を射すぎていて、言い返せなかった」

 また少し沈黙した後、決心したようにミリアムが再び話し始めた。

「先輩に避けられてて、アルバート先輩辛そうでした。……でも、私から見ると、アルバート先輩も先輩のこと避けているように見えますし」

 これにはエドウィンの胸がズキリと痛む。

「そ、そうだよ、ね。実は俺も、そう感じてたんだ……」

 そうか、ミリアムの目から見ても、自分はアルバートから避けられていたのだと、やはり嫌われてしまっていたのだと、思い知らされて落ち込む。
 その様子に、ミリアムが慌てた。

「あの、違うんです。そうじゃなくて、その……アルバート先輩が先輩を避けているのは、先輩がアルバート先輩を避けているのと、同じ理由なんじゃないか……って、そう思って」

 弱弱しい表情のまま、エドウィンはゆっくり顔を上げる。

「何を……言って……」

「でも、そうなんです! 私さっき先輩に『自分が傷つくのが怖いんだ』みたいなこと言っちゃいましたけど、アルバート先輩も怖がっているみたいに見えるんです」

 エドウィンは再び目線を落とす。
 ミリアムの視線から逃げる為ではなく、これまでのこと、ここ最近の記憶をたどる為に。

「私、見てたから、わかっちゃったんです。アルバート先輩も、多分先輩と同じ想いを、抱いているんだろうな……って。私、アルバート先輩が好きだから、だから……幸せになって……欲しくて……」

 その先をミリアムは言うことが出来なかった。
 しゃくりあげて泣き続けるミリアムが眩しい。

 エドウィンは自分がアルバートの幸せを願っていると、そう思っていた。
 でも、目の前で泣く後輩の女子学生の方が、よほど真剣にアルバートの幸せを願い、その為にライバルエドウィンにこうして助言までしてくれている。

 自分も勇気を出さなければならない。

「ありがとう、ミリアム。君は、勇者だ」

 その言葉に、泣いていたミリアムが笑った。

「先輩、どうします? まだ悲劇のヒロインでいますか?」

「ああ、ヒロインは卒業だ。君のように、勇者を目指すよ」

 二人で笑いあった後、エドウィンはミリアムを女子寮の入り口まで送っていった。
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