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第一章 異世界でBL作家誕生
001 公爵令嬢はBL作家
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「ぐふっ……」
とある貴族の邸宅でのこと。
どこからか品のない笑い声が聞こえてきた。
廊下を歩いていたメイドたちは、何事かと驚く。
だが辺りを見回し、近くにあるのが誰の部屋なのかを確認すると、「きっと空耳ね」と言い交わし、その場を立ち去ってしまった。
とはいえ、空耳とは複数の人間が同時に聞くものなのか、甚だ疑問ではある。
さて、彼女たちの近くにあったその部屋の様子を見てみよう。
ベルベットのカーテンはカーマインレッド。
部屋の中央にはレースの天蓋が付いたキングサイズのベッド。
ローズカラーに金のダマスク模様が施された壁紙を背景に、ドレッサーやコンソールテーブルといった家具類は、薔薇のレリーフに白い猫足のデザインで統一されていた。
全体的にロココ調で設えられたその部屋は、この国で最も王家に近いとされるランズダウン公爵家ご令嬢の私室である。
――では先ほどの「ぐふっ」とかいう、この部屋に似つかわしくない下品な声は誰のものであろう。
やはりメイドたちの空耳だったのだろうか?
その部屋の窓辺近く、ライティングデスク(これももちろん白い猫足だ)に向かって何やらペンを走らせる麗しき乙女がいる。
長いストレートの金髪とブルーグレーの瞳を持ち、その整った顔立ちは育ちの良さを窺わせる気品があった。
…………以前ならば。
「ぐふぐふ……うへへ……、あーっ、私って天才。なんて萌える展開を思いつくの!」
今、その顔はだらしなく歪められ、ドロリとした目は上を向き、口元は今にも涎が垂れそうである。
そんなご令嬢の目も当てられぬ醜態に、彼女付きのメイドがピシリと注意した。
「お嬢様、そのような笑い方はお止めくださいませ」
例の下品な笑い声は、この部屋の主――メリーローズ・ランズダウン公爵令嬢、その人のものであった。
「えー? 堅いこと言いっこなしよお、シルヴィア」
「堅くはございません。常識に照らし合わせて、申し上げただけにございます」
ニヤニヤとくだけた口調で話す「お嬢様」に冷静な突っ込みを入れるのは、メリーローズ付きのメイドである、シルヴィア・マコーリー。
メリーローズお嬢様の身の回りのお世話の他、秘密のお仕事の手伝いをしている。
「ふー、とりあえず今回の分はできたわ。中身をチェックしたら編集さんに届けてくれる?」
「かしこまりました」
「本当は、わたくしも一緒に行きたいのだけど……」
「お嬢様はこのあと、お勉強がございます! 試験も近いというのに、外出している暇などございません!」
「はいはい」
ランズダウン家の公爵令嬢メリーローズは、王立貴族中等学院の学生として勉学に励むかたわら、たいへん危険な仕事に就いていた。
命の危険を孕んだ、極秘の仕事である。
といっても、諜報部員とか、用心棒といった武闘系のものではない。
彼女の仕事は小説家。
それも、男同士の恋愛もの――BL小説を執筆しているのである。
メイドを見送った後、メリーローズは独り言ちた。
「BL小説を書くだけで、なんで命の危険を心配しなくちゃいけないのかしらねー?」
彼女がかつて生きていた現代日本の常識と照らし合わせるなら、そんな疑問も当然だろう。
しかしメリーローズ・ランズダウン公爵令嬢が生きているのは異世界――
その中でも「同性愛禁止法」という法律が制定されている、ローデイル王国という国なのだ。
* * *
「お嬢様は公爵家のご令嬢。国民の手本となるべきご身分でございます」
「そんなの、わかってるってばー」
「いいえ、わかっておられません。この国では、同性同士で愛し合うことはもとより、同性愛を扱った本を書いたり、またはそういった書物を売ったり、更には購入しただけでも処罰されるのですよ」
「知ってるー。耳タコー」
「『ミミタコ』とは、なんぞや? とにかく、今書いているシリーズが終わったら、小説家はお辞めくださいませ」
「やあだ」
「お嬢様!」
メイドとこんな会話を、いったい何度繰り返しただろう。
だがシルヴィアが止めるのも無理はない。
BL小説を書いていると知られれば、ただでは済まないのだ。
特にメリーローズが書いている本の内容では、処刑すら考えられる。
ではなぜ、命の危険を冒してまで、彼女はBL小説なるものを執筆しているのか――
もし本人に聞いたなら、こんな答えが返ってくるだろう。
「BLは、わたくしの命なの! 書かなきゃ死んじゃうの!」
そしてシルヴィアに、こう突っ込まれるだろう。
「書いても、死にます」
これは、そんなBLが大好きで暢気なご令嬢の、大河ロマン(になる予定)である。
とある貴族の邸宅でのこと。
どこからか品のない笑い声が聞こえてきた。
廊下を歩いていたメイドたちは、何事かと驚く。
だが辺りを見回し、近くにあるのが誰の部屋なのかを確認すると、「きっと空耳ね」と言い交わし、その場を立ち去ってしまった。
とはいえ、空耳とは複数の人間が同時に聞くものなのか、甚だ疑問ではある。
さて、彼女たちの近くにあったその部屋の様子を見てみよう。
ベルベットのカーテンはカーマインレッド。
部屋の中央にはレースの天蓋が付いたキングサイズのベッド。
ローズカラーに金のダマスク模様が施された壁紙を背景に、ドレッサーやコンソールテーブルといった家具類は、薔薇のレリーフに白い猫足のデザインで統一されていた。
全体的にロココ調で設えられたその部屋は、この国で最も王家に近いとされるランズダウン公爵家ご令嬢の私室である。
――では先ほどの「ぐふっ」とかいう、この部屋に似つかわしくない下品な声は誰のものであろう。
やはりメイドたちの空耳だったのだろうか?
その部屋の窓辺近く、ライティングデスク(これももちろん白い猫足だ)に向かって何やらペンを走らせる麗しき乙女がいる。
長いストレートの金髪とブルーグレーの瞳を持ち、その整った顔立ちは育ちの良さを窺わせる気品があった。
…………以前ならば。
「ぐふぐふ……うへへ……、あーっ、私って天才。なんて萌える展開を思いつくの!」
今、その顔はだらしなく歪められ、ドロリとした目は上を向き、口元は今にも涎が垂れそうである。
そんなご令嬢の目も当てられぬ醜態に、彼女付きのメイドがピシリと注意した。
「お嬢様、そのような笑い方はお止めくださいませ」
例の下品な笑い声は、この部屋の主――メリーローズ・ランズダウン公爵令嬢、その人のものであった。
「えー? 堅いこと言いっこなしよお、シルヴィア」
「堅くはございません。常識に照らし合わせて、申し上げただけにございます」
ニヤニヤとくだけた口調で話す「お嬢様」に冷静な突っ込みを入れるのは、メリーローズ付きのメイドである、シルヴィア・マコーリー。
メリーローズお嬢様の身の回りのお世話の他、秘密のお仕事の手伝いをしている。
「ふー、とりあえず今回の分はできたわ。中身をチェックしたら編集さんに届けてくれる?」
「かしこまりました」
「本当は、わたくしも一緒に行きたいのだけど……」
「お嬢様はこのあと、お勉強がございます! 試験も近いというのに、外出している暇などございません!」
「はいはい」
ランズダウン家の公爵令嬢メリーローズは、王立貴族中等学院の学生として勉学に励むかたわら、たいへん危険な仕事に就いていた。
命の危険を孕んだ、極秘の仕事である。
といっても、諜報部員とか、用心棒といった武闘系のものではない。
彼女の仕事は小説家。
それも、男同士の恋愛もの――BL小説を執筆しているのである。
メイドを見送った後、メリーローズは独り言ちた。
「BL小説を書くだけで、なんで命の危険を心配しなくちゃいけないのかしらねー?」
彼女がかつて生きていた現代日本の常識と照らし合わせるなら、そんな疑問も当然だろう。
しかしメリーローズ・ランズダウン公爵令嬢が生きているのは異世界――
その中でも「同性愛禁止法」という法律が制定されている、ローデイル王国という国なのだ。
* * *
「お嬢様は公爵家のご令嬢。国民の手本となるべきご身分でございます」
「そんなの、わかってるってばー」
「いいえ、わかっておられません。この国では、同性同士で愛し合うことはもとより、同性愛を扱った本を書いたり、またはそういった書物を売ったり、更には購入しただけでも処罰されるのですよ」
「知ってるー。耳タコー」
「『ミミタコ』とは、なんぞや? とにかく、今書いているシリーズが終わったら、小説家はお辞めくださいませ」
「やあだ」
「お嬢様!」
メイドとこんな会話を、いったい何度繰り返しただろう。
だがシルヴィアが止めるのも無理はない。
BL小説を書いていると知られれば、ただでは済まないのだ。
特にメリーローズが書いている本の内容では、処刑すら考えられる。
ではなぜ、命の危険を冒してまで、彼女はBL小説なるものを執筆しているのか――
もし本人に聞いたなら、こんな答えが返ってくるだろう。
「BLは、わたくしの命なの! 書かなきゃ死んじゃうの!」
そしてシルヴィアに、こう突っ込まれるだろう。
「書いても、死にます」
これは、そんなBLが大好きで暢気なご令嬢の、大河ロマン(になる予定)である。
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