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赤と黒と私

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 エリザウィルソンの睨み合い。先に声を発したのは、赤。

「リンネちゃんは、元気だと伝えていたでしょう?」

 それに、反論する黒。

「私は、自分の目で見て、自分の耳で聞くまで信じない主義ですから。ご気分を害されたなら、申し訳ありません」

 ウィルソン、強い。あの女の頰が痙攣しているところなんて、初めて見た。あの女は、ウィルソンに勝てないと悟ったのだろう。私の方を向いた。表面だけの笑顔を浮かべて……。

「ほら、リンネちゃん。わたくしの隣が空いているわよ」

 目が笑ってなかった。手で自分の隣を指差して促される。これは、「隣に座れ」とのことだ。私は渋々とエリザの隣に座った。

「いいかしら? わたくしとあなたは仲良しなのよ。余計なことをしてみなさい。死んなほうが楽と思う目に合わせるわよ」

 耳元で小さな声で脅された。私は、遠くを見たくなるのを我慢して、頷く。ウィルソンはそんな私たちの様子を見て、顔をしかめていた。

「あら、何のお話をしていたのかしら?」

 頰に手を当て、とぼけたように話出したエリザ。それをキッと睨みつけているのは、ウィルソンだ。

「リンネお嬢様の話です。失礼かと思いますが、あなたは退出していただけますか?」
「わたくしがいると不都合なことでもあるのかしら?」
「私はあなたをカイン様の奥様だとは認めていませんから。カイン様の奥様はただ一人。セシリア様です。私は今でもそう思っています」

 不穏な空気が流れている。私、部屋に戻ろうかな。埃っぽくて、汚い部屋だけれど、不機嫌な二人のところにいるよりはマシだと思う。いつ何が起こるのかわからないから。

「リンネちゃん、わたくしとの日々を語ってちょうだい」

 私とあんたにいい思い出なんてない。何を話せと言っているのだろうか。顔を打たれたり、寒い中あったかい服を着させてもらえなかったり、嫌味を言われたり、作業の邪魔をされたり、悪いことだらけだ。私が無言で黙っているのが気に食わなかったのだろう。隣に座っている人によって、足を踏まれた。

「……いっ!!」
「リンネお嬢様?」

 隣からの圧が尋常じゃない。早く話せと催促している。このまま黙っていたら、不審に思われてしまうから。

「えっと……、なんでもありません。 エリザお母様とは、二人で楽しいお茶会をしています。いっぱい話せて、楽しいです。私たちは、仲良く過ごしていますよ」

 スラスラと出てくる嘘に吐き気がした。隣の人さえいなければ、私は真実を話せるのに……。もどかしい。

「そうですか? リンネお嬢様が楽しく過ごせているなら、いいですが……」
「ええ、私たちは仲がいいのよ。だから、心配はいらないわ」

 ギュッと私を引き寄せるエリザ。仲良しアピールだ。

「ほら、もっといいことを言いなさい。あなたとわたくしは、仲良くやってると言いなさい」

 いいところも見つからない、仲良くもない。何を話すべきか、悩む。話題がない。だいたい、この女の好きなものも知らないのに、仲が良いと言う嘘は無理があると思う。

「リンネお嬢様は、その人といれて幸せでしょうか?」
「えーと……」

 横目でエリザを見てみると、睨みつけられていた。ここは、即座に頷くべきところだと目が語っている。しかも、足が踏まれて、とても痛い。

「いっ……ぃぃ、……し、幸せですよ。心配ないですから」

 涙目になりそうなのを我慢して、ウィルソンの問いに答えを返した。エリザはその間もぐりぐりと私の足を踏んでいた。私が答え終わってからそれがなくなりホッとする。

「……そうですか。私はその人と結婚することはやめるべきだとカイン様に申し上げました。しかし、カイン様は、あなたには母親が必要だとおっしゃって……。いえ、何も言うべきではありませんね。リンネお嬢様が幸せなら、それで良いのですから」

 しかめっ面であった、ウィルソンが微笑んだ。私のことを考えていてくれたらしい。できた執事だ。
 ――ただ一つ、言いたいことがある。
 幸せなんて感じてないから。地獄だから。私を思っているのなら、そのことに気づいてくれたら、嬉しかったよ。声を上げるべきところで上げていない私が言えることではない。けれど、複雑な気持ちであった。

 まあ、残念なことに、全てクソガキがぶち壊すんだけどね。
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