上 下
8 / 11

ナイスなクソガキ

しおりを挟む
 ノックもなしに扉を勢いよく開けてきたのは、キースクソガキだ。誰もあいつのことを見ていなかったのだろうか。

「おい、お前。何、着飾ってるんだよ。お前にお似合いなのは、薄着のワンピースだろ?」
「どういうことだ?」
「キース!! そ、そんなこと言ってはいけません!」

 キースの登場により、訝しがっているウィルソン。愛する息子の登場に慌てるエリザ。顔面蒼白になっている、キースを追ってきたメイド。キースの面倒を見ていたと思われる彼女に関しては、エリザが一瞬睨みつけていた。

「なんだよ。お母様が言ってたんだろ! こいつは、僕たちのしもべだって。気にくわないことがあったら、いじめてやれってさ。なのに、何が悪いんだ!」
「これは、どういうことですか? あなたは、リンネお嬢様と仲良くしているとおっしゃっていたではありませんか!」

 激昂するウィルソンは、エリザに怒鳴りつけた。クソガキのお陰で私は助かったけど、あんたの母親は泣きたい気持ちでいっぱいだろうね。

「な、仲良くしてるわよ!! 嘘なんてついてないわ!!」
「お母様とみすぼらしいあいつが仲良くしているわけないだろ? 魔法も使えない欠陥品だしな」

 エリザの反論は虚しく、自らの息子によって真実が告げられていく。ペラペラと喋る息子の姿を愕然と見つめるエリザ。ウィルソンは厳しい目つきで二人を見つめていた。
 ――ご愁傷様。息子の話で嘘がバレるとは、哀れなものだ。嘘をつくならもう少しうまくやらないとわかってしまう。例えば、クソガキのような人に注意しておかないと、全てを話されてしまうように……。

 どちらが嘘をついているのかはもう明白だ。嘘をついているのは、エリザ。誰の目から見てもわかる。

「このことはカイン様に話させていただきます。リンネお嬢様、行きましょう」

 私を抱え、歩き出そうとするウィルソン。背後からかかった声に立ち止まる。それは、果たしてエリザにとって、望む結果に繋がるのだろうか。

「待ってちょうだい! これは、キースの冗談なのよ。断じて、キースが言ったようなことはないのよ」
「お母様? あいつのことをお仕置きと言って扇で打ったり、役立たずと罵ったりしていたはず!  それなのに、なぜ態度を変えるのだ?」
「キース!! お願いだから、静かにしていて! ほら、そこにいるメイドがあなたと遊んでくれるわ」
 
 チラッとメイドを見たクソガキは、興味を失ったようにすぐに目をそらした。そして、嫌味な笑みを浮かべて、私を見てくる。

「おい! 出来損ないの娘。お前が着飾ったところで可愛くもなんともないんだよ。僕は僕らしくしているべきだろ? はぁ、早くお母様が選んだ相手に嫁いで、僕に後継を譲ってくれよ。出来損ないでもそれくらいはできるだろ?」
「キ、キース!! そ、それは……」

 目を見開いたウィルソン。周りに聞こえないくらい小さな声で呟いている。私は抱えられていて、近くにいるので聞こえた。

「リンネお嬢様が結婚する……? そんな話は聞いたことがない。カイン様が許すはずもない」

 ウィルソンは、エリザを鋭い瞳で睨みつけた。口から溢れる声は、低く、怒りを帯びたものである。

「カイン様に内緒で、リンネお嬢様を誰と結婚させる気だった!! カイン様が大事にしている娘になんということをしている? ああ、だからカイン様には、あなたみたいな人と結婚するべきではないと申し上げたのに……」

 ウィルソンはお父様とエリザの結婚を止めた時のことを思い出したのだろうか。悔しそうに、唇を噛んでいる。そして、目を軽くつぶり、開いた。

「このこともカイン様に伝えますから。覚悟しておくことです」

 静かに、重く、言葉を吐き捨てた彼。振り返らずに、私とともに応接室を出ようとした。その時に聞こえたのは――

「その必要はない」

 ――お父様のハスキーボイスだった。


    
しおりを挟む

処理中です...