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近づく終わり

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 深みのある声があたりを支配した。鋭く涼しげな切れ長の目。コバルトブルーの鮮やかな瞳が、エリザに咎めるような視線を送っている。

「君がリンネには、まだ母親が必要だと言った。そして、自分がリンネの母親になると言い、リンネと仲良くやるからと頼んできたんだ。その言葉で、私は君を受け入れた。だが、私の判断は間違っていたようだな」

 お父様のコバルトブルーの双眸に炎が宿っていた。エリザが柔らかく浮かべていた微笑みは、すでに影を消している。彼女は、見る見る赤みのあった顏から血が引いていた。それは、蒼白なものに変わっている。まるで、希望が失われているような表情だった。

「これは、違うのです! わたくしは……」

 お父様は、バイオレットの髪をかきあげ、少し目を閉じた。ふーっとため息をつく。それに、エリザは肩をビクッとさせた。

「エリザ、私は君に言っておかねばならないことがある。私と君は正式に夫婦とはなっていない。私は公的な書類を提出してはいないんだ。だから、君は私の妻ではないよ」

 お父様は、エリザと正式に結婚していないということか。書類があれば、夫婦と認められるが、お父様はそれを提出していない。今までお父様の妻のように振舞っていたエリザは、知らなかったのだろうか。それとも、勘違いしていたのか。

「この家のものは君のものではない。君が散財したお金や服、宝石等は返してもらうよ。ああ、それと、私の妻はセシリア一人だけだと覚えておくといい」

 エリザはぺたんと座り込んでいた。お父様はそれを見下している。あの女は呆然としていたが、私を視界に捉えた。その瞬間、掴みかかるような勢いで、私に迫ってきた。

「なによ、セシリアなんてわたくしのカイン様を奪った売女じゃない! 娘も娘でわたくしの邪魔をする。なぜなのよ! わたくしはカイン様に愛されるべき女なのに……。ああ、そうだわ! あの女の娘なんて、殺してしまえばよかったのよ!! あの時のように……ね」

 懐から取り出した短剣。そんな物騒なものをいつも持っていたのか。あの女はそれを私に刺そうとしたのだろう。だが、私に届くより先にお父様が止めた。手首を強く叩かれたあの女の手から剣が落ちる。あの女は、手を抑えていた。きっと痛みによるものだろう。

「やっぱり、君が首謀者だったんだね。君は、セシリアの専属医をお金で買った。そして、少しずつ毒を盛るように指示した。――やってくれたものだ。君がセシリアを目の敵にしていたのは知っていたが、そこまでやるとは思ってなかったよ」

 お父様はもう真実を知っている。だから、あの女はもう諦めるしかないだろう。そう思っていた。だが、これで終わりとはならないらしい。
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