身代わりと捨てた時間

月詠世理

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桜木健司

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 雪がはらはらと降っている。


 桜木さくらぎ健司けんじ

 長生きをしたかったわけではない。夢をしっかりともっていて、将来のことを真剣に考えていたわけでもない。けれど、現実は残酷だ。俺は、もっと、もっと、生きたかった。せめて、高校卒業の春までは、欲を言ったら、桜が咲くまではいきていたかった。

 医者は、原因不明の不治の病だと、まだ未来があった俺に言った。どんなに悪いところを治したいと思っても、対処の仕様がないではないか。不治の病なんて言われてしまったら、ただできることをしていくしかないではないか。

 簡単に治る、病気などないと天(そら)高くにいる誰かに嘲笑われているようだ。結局、俺の努力は何の意味もなさず、虚しく一人で死んでいったよ。所詮、俺はいらない存在だったのさ。



 薬を飲んだ。毎日毎日、食べ物を吐いて、口から血が出た。その度に、苦しくて俺は生きてるって思った。


 ある時、好きな子ができた。未来のない俺に好きな子だよ。笑っちゃうよね。同じクラスの女の子なんだ。笑顔がとても素敵で、クラスのみんなから頼られる学級委員長。

 冗談言って笑いあう。みんなを笑顔にする女の子。あの子を中心にみんな、大輪の花のようになる。綺麗だ。でも、彼らの時は進んでるのに、俺は教室の隅に今日も一人。誰も俺の存在なんて気にしないさ。

 ふと、あの子を見ると、目があったような気がした。俺を見る人間なんていない。世界には何億人の人間がいて、俺がいなくなったところで世界は回り続ける。結局、俺は果てのない旅はできない。なぜなら、俺は生きれないから。


 医者が俺に余命宣告をした。

「もって、あと一ヶ月です」

 クリスマスが近い冬の寒い日。他の奴らはクリスマスの祝いムード。プレゼントを何にするのか、その日は何を食べるのか、とても楽しみにしている。

 俺は、お前らのように楽しく過ごすことなんてできない。お前らが羨ましいよ。未来のある、まだまだ遠くを目指せるお前らがうらやましくて……。

 誰の目にも届かない遠くに俺がいきたいくらいだ。


 激痛が身体を通り抜けた。寝れたと思ったら、一時間後におきる。俺、このまま死んでいっていいのか。何もできずに、自分が生きる証を刻まずに死んでいくのか。

 両親は俺に興味なんてない。両親は上辺だけは俺を心配そうに見てくれる。しかし、両親はもともと二人目の子どもはいらなかったみたいだ。長男への愛情は群を抜いている。俺は少なくとも両親に疎まれる存在だ。

 もしこの不治の病に兄が罹ったとしたら、両親は莫大な費用を惜しまずに出しただろう。俺にかけてはくれない、費用あいじょうをくれたはずだ。


 今日もあの夢を見るのだろうか。骸骨でマントを羽織った奴が俺に語りかけてくる夢。

「あと、——日」

 いつも何日なのかは聞こえない。その骸骨は喋った後、大きな鎌を取り出して俺の首を狩る。しかし、毎度俺の首は切れない。すり抜けるのだ。そして、目がさめる。ひどい夢だ。あいつは、死神なのか。


 お正月。俺は新年早々、骸骨の夢を見た。その骸骨は、いつもとは違った。あと何日であるかを話す骸骨。その顔が急にドロドロに溶けていったのだ。そして、灼熱の炎に焼かれる。

 俺は気づいた。自分も跡形もなく消えていくことに……。ふと、そう思ったのだ。骸骨のことをその日から見なくなった。しかし、声だけは聞こえた。数字を述べる声が——。


 一昨日は十四だった。昨日は十三だった。今日は十二だった。何を意味するのか。わかるからこそ泣きたい。

 俺は十二日後には死ぬ。短い人生だ。今日も俺は一人。両親と兄は高級レストランへ外食に行った。今日は、兄の誕生日だから、そこを予約していたようだ。あと、十二日後は俺の誕生日。しかし、兄とは雲泥の差がある。

 俺は今まで一度も誕生日なんて祝われたことはない。必要とされているのは兄だけで、俺は欠陥品だ。破棄されるべきもの。


 本当は気づいてた。だから、俺は兄の身代わりになった。俺はあり得ないことを一度経験した。両親が必要としているのが、兄であるとそこで気づいた。

 不治の病を負うのは本来は兄であった。兄も俺のように血を吐いて、眠ることができずに痩せぼそる。そんな毎日を送っていた。

 苦しさから抜け出すことができない日々。両親は元気に生きている俺に対してなんて言ったと思う?

「あんたが、けいの身代わりになればよかったのよ」

「そうだ。お前が不治の病であったらどんなによかったか」

 悪意が憎悪が俺に向かってくる。死んだ兄はいつまでも愛おしく思われて、生きている俺はないものとしていつしか扱われるようになった。死んだ者と生きている者どちらが大事であるのか。

 両親にとって、大切な方は俺よりも兄であったから、俺が生きていても大事には思われない。その反対も同じで、俺が死んだところで道端にある石ころのように思われて、大事にされないだろう。だったら、俺は両親に兄を遺してあげようと思う。

 俺がこんなことをして笑わないものなんていない。きっと、両親は喜ぶ。笑う。俺という存在がいなくなった、家族の和で笑い続ける。それでいい、それでいいんだ。

 俺は苦しみからのがれたいから、逃げた。兄が死んだ現実から、俺が生きられる未来から逃げた。死は一瞬、生は死ぬまで続くもの。だったら、死んでしまいたい。一人で生きるのはもう嫌だから。


 願いが聞き届けられたのか、兄が病を負う前に時間が巻き戻った。丁度兄が不治の病を負う一年前。このとき、俺は何が何だかよくわからなかったけれど、一年後になって気づく。俺が、不治の病になって、分かった。俺が自分で望んだ結果、自身の死を招くことがわかった。

 愚かな俺。生を望みながらも死を願う。クズみたいな俺。でも、二度の奇跡なんてものはないのさ。俺は、このまま棺の中へ入るだけだ。死を願ったのは、それを決めたのは自分自身だ。涙は枯れた。もう、苦しさもない。ただ、虚ろな毎日が映るだけ。あと、何日残っているのかも、もうどうでもいい。俺は——。


 ゆき。真っ白できれいなゆきは、はかなさもかねそなえている。だからこそ、きれいにもみえるのだけれど……。なんでだろう。ゆきはきれいなはずなのに、真っ白なはずなのに、アカイ。アカイノハナンデ? 俺の体に流れる血液が全て這い出ているみたいだ。

 死ぬんだ、俺。積もったゆきは、俺を覆い隠してくれるだろうか。赤いから誰かが気づいてしまうのだろうか。まぁ、いい。俺には関係がないことだ。俺は死んでゆくのだから。

 さいごに映ったものは空から透明であるような、白であるようなものが落ちてくる風景。さようならだ。俺を必要としなかった世界。そして、おはようを言おう。いつか、俺に愛情をくれる、俺を愛情で満たしてくれる世界で……。

 その愛情の分、俺は愛を返すよ。次こそ、必ず幸せになりたい。
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