ミーシャ・ロレンスは消えていく

月詠世理

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愛する人と離れないように

 ミーシャを鎖で繋いだ。彼女の母親も父親も喜んだ。ミーシャは幸せだと言った。そう、彼女は幸せだ。僕に愛されているから。全てを忘れた彼女は僕の側で笑っている。そんな姿も愛おしい。

「ロイス様?」

 首を傾げる姿も可愛い。ミーシャは僕の部屋にいる。この部屋から出てもいいときは、僕と一緒のときだけ。他はこの部屋に一人でいてもらっている。彼女も一人では寂しいだろうけど、他の人をつけるわけにもいかない。だって、ミーシャを他の人に見られたくないから。彼女は僕のものだから。彼女を一人、外へ出したりはしない。

「ミーシャは、ずっとそのままでいてね」

 僕を愛しているミーシャでいてほしい。僕以外の者を見るなら、また彼女を――。


 ミーシャの具合がここ最近悪い。なんでだろう。医者になんか見せなくないけど、ミーシャが悪い病気だったら、早めに治療する必要がある。医者に彼女を診せた。

「おめでとうございます!」

 ミーシャが妊娠した。子供に彼女を取られてしまう。子供なんていらなかったのに、避妊はしてたのに、できてしまった。

「子供はいらない。どうにかしてほしい」

 医者は僕に「無理です」と言った。

「妊娠がわかったのが、遅かったですね。それに、母親である彼女に大きな負担がかかります。それでもやりますか?」

 その言葉になぜもっと早くにミーシャを医者に診せなかったのかと後悔した。
 仕方ない。しばらく子供にミーシャを奪われてしまうが、我慢しよう。憎い憎い子供だ。ミーシャに産ませる気は無かったというのに……。

 それから、ミーシャの苦しそうな姿を見た。いつも食べていたご飯が食べられなくなったり、食事の量が減ったり、嘔吐したり、大変だった。適度に運動もしないといけなくなったから、信用できる者にミーシャを任せて、少し歩かせる。目を潰したかったけど、彼女が子供を産むまでの我慢だ。

 僕は彼女のことがとても心配だった。子供を産む行為には死ぬリスクもある。もし命の危険に迫ったときは、子供より彼女を優先するように言っておこう。

「ミーシャ、今日は体調が良さそうだね」

「ロイス様! 今日は気分がいいの!!」

「よかったよ。そうだ! 薬の量が減ったけど、なんの問題もない?」

「ええ、頭がぼんやりすることもなくなったし、覚えられることも増えたわ!」

 ああ、問題ありまくりだ。早くなんとかしてミーシャに薬を飲ませないとだめだ。子供が産まれるまで、彼女は今のままでいられるだろうか。思い出さないことを願うばかりだ。

「なら、良かったよ。ミーシャ」

 僕は彼女にキスをする。深く深く、僕を刻みつける。

「ふふ、ロイス様、どうしたの?」

「ミーシャが子供ばかり構ってるから寂しくなったんだよ」

 驚いた彼女は「ロイス様も子供みたい」とニコニコ笑う。そんな彼女は可愛いけど、大きくなっているお腹を見ると、ふつふつと憎む心が湧き上がる。子供のせいで彼女は苦しんでいる。子供のせいで彼女との時間が取られている。子供のせいで……。挙げればきりがなかった。
 僕はミーシャとの子供を愛せそうにない。僕の一番はどうあがいてもミーシャだけ。だから、彼女を繋ぎ止める鎖に使おう。そのために、生まれた子供は育てる。ただし、ミーシャには絶対に会わせない。


 ミーシャの大きな悲鳴が聞こえた。急いで部屋を覗くとそこは荒らされていた。物が散乱し、壊れているものもある。そして、ミーシャの手には傷があった。息を切らし、呆然と佇んでいる彼女。

「ミーシャ、どうしたの?」

「いやーー!!! こ、子供が! 子供が! あの男との子供なんて……」

 気づいてしまった。薬の量を増やすことはできなかったからだ。彼女がもとに戻ってしまった。彼女は憎悪のこもった目で僕を見ている。

「子供なんて……、いらない! いらない! いらない!!」

 喚く彼女を押さえ込んだ。彼女を手放すことはしないし、彼女に子供を殺させることもしない。死んでしまったら、彼女を縛りつける道具にならないから。

「だめだよ、君には産んでもらう。子供を育てなくていいよ。だから、産んでくれないかな? そうしたら、僕は君を手放してあげてもいい」

 真っ赤な嘘だ。彼女は優しい。だから、子供を見捨てられない。ここに彼女が生んだ子を置いておけば、彼女はここから出て行くことはない。

「いやよ! 絶対、いや! 嘘だもの。あなたが私を手放すはずがないもの!」

 やっぱり、わかってしまうよね。うん、知ってた。ミーシャがそういうことを。

「だったら、君の中にいる命を殺すの? 僕はいいよ? もともと子供なんていらなかったしさ。それにあいつとの子供だよ? 欲しくないし、殺してやりたかったよ」

「えっ!? そ、そんなわけないじゃない! おかしい! 彼との子供がここにいるわけない」

 自分のお腹に手を添える彼女。あれが死んでから時間が経っているから納得できないのだろう。別にいい。これは嘘だから。僕は、彼女に子供を産んでもらうために、嘘をつくだけだ。

「君は精神的なショックで全てを忘れていた。だから、わからないかもしれないけど、君が思うほど、長い時は経ってないよ」

「えっ? じゃあ、この子は本当に?」

「その子は君の中にいた。多分、あいつとの子供だって思った。本当は産ませたくなんてなかった。殺したかった。だけど、子供を堕ろすには見つけるのが遅過ぎた。僕は君を守るために、子供を殺すことは諦めた。とても憎いよ。僕は別にいいんだ。君がその子を産むのが嫌ならね。僕もあいつと君の子なんて育てたくないから」

 彼女は戸惑っているようだ。僕の話が真実かわからないからだろう。

「ねえ、ミーシャ。今ここで子供を産むのか、捨てるのか決めてよ。あいつとの憎い子がいなくなるなら、僕はとても嬉しいし、僕には得しかない」

「本当にこの子は彼の子なの?」

「そうだよ」

ミーシャの目から溢れる滴。彼女は泣いていた。

「彼との子がここにいる……。私、この子を産むわ」

 普通なら信じない話。だが、彼女はこの話を信じた。多分彼女は僕と過ごした日々とあれと過ごした日々が混濁しているのだと思う。まだ全てを思い出したわけではないらしい。きっと彼女は僕と結婚していることも覚えていないはずだ。
 僕の部屋で過ごし、僕にお世話されていた彼女。時間感覚は狂っているだろう。そんな彼女が気づくことができるとは思えない。だから、何も言わないでおこう。彼女に会う者には口止めをしよう。せっかく、彼女が僕との子供を産んでくれると言ったから。
 あんなに嫌がってたのに、あの男との子供だと言っただけで、ミーシャの態度は変わった。それにはイラってきたけど、許そう。僕と彼女の子供であいつとの子ではないから。
 子供が生まれてから甘い声で僕を呼んでもらおう。僕に「愛している」と言ってもらおう。僕と過ごした日常をまた過ごそう。 


 子供が生まれた。ミーシャは嬉しそうだった。彼女は僕に「この子は私が育てる! 手を出さないで」と言った。だめだよ、ミーシャ。それはできないんだ。だって、君は僕のものだよ。
 子供と一緒に出て行くと言い出した彼女を止めるのは大変だった。

「君がここに残らないのなら、子供はどうなるかわかってるよね?」

 僕の一言に彼女はここに残ることを決めたようだった。彼女はとても悔しそうな顔をしていたと思う。逃げ出そうとしたところで、赤子を抱えて遠くまではいけないはずだ。彼女もそれがわかっているのか、ここを出て行くとは言わなくなった。
 僕はミーシャがどこまで遠くへ行っても、捕まえる。もし、彼女が逃げたら、探し出して足を動かないようにしてしまおう。僕がそれをしなくてすむように、彼女にはおとなしくしていてほしい。傷つけたくはないから。


 彼女は子供の世話をして、楽しそうに笑っている。それも、今日までだ。一ヶ月も待った。これ以上、僕たちの時間が取られるのは、ごめんだ。乳母も用意したし、それに子供は世話をさせる。そろそろ、真実を言おう。彼女を僕の部屋に呼んだ。恐る恐る入ってくる彼女は、僕と距離を置いている。警戒するのはいいことだ。

「くすっ! ミーシャ、お疲れ様。僕との子供を産んでくれてありがとう!」

「えっ!?  何を言っているの? 彼との子供だって言ったよね? 憎いって言ったよね?」

「うん、憎かったよ。子供に君を取られて、僕と過ごす時間が短くなるから、とても憎かった。そもそも、四年前に死んだ男の子供なんて産めるわけないよ」

「四年、ま……え?」

 ミーシャはまだ理解できていないようだ。ああ、やっぱり彼女は可愛い。ずっと僕だけを見ていてほしい。

「そもそも、僕が君とあれの子を産ませるわけがないじゃないか! 本当にそれを許すと思っていたの? 僕は君を縛りつける道具が欲しかっただけ。でも、あれとの子を産むなんて許さないよ」

「じゃ、じゃあ、私は……。あなたとの、子供を、産んだというの?」

「そうだよ。安心して、子供はちゃんと僕が育てるから。また君が思い出してしまったときのために、子供は必要だからね。君はもう捨てられないだろう? たったの一ヶ月だったが、あの子供と過ごしたのだから、愛情だって沸くはずだ。君はすでに愛してしまった子を捨てられない。ミーシャは、とても優しいからね」

 真っ青になって崩れ落ちる彼女の身体。虚ろな目で僕を見ていた。可愛い可愛い僕のお嫁さん。

「僕たち、やり直そうか」

 僕は座り込む彼女をギュッと抱きしめた。


 ベッドに座り、ぼんやりと虚空を見つめている彼女。

「ミーシャ、お薬の時間だよ」

 声をかけた僕に気づいた彼女は満面の笑みを浮かべた。僕が用意するものを疑いもなく、飲んでいく。

『ずっと一緒にいようね、ミーシャ。』
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