限られたある世界と現実

月詠世理

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限られたある世界と現実

落とし人×神×語り

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 「落とし人」
 それは、神が意図的に異界から異界へ落とした人々のことをいう。落とし人は神に望まれ、異界の地へ落とされた。いつしか、人々は彼らを、幸運を運ぶ人々、または、神に祝福された者たちと呼ぶようになる。だが、それは一時の間だけしか続かなかった。なぜなら、神が落とした人なのに、落とし人は幸運を運んではこなかったから。幸運を運んで来ないだけならまだよかっただろう。落とし人は人々に不幸を運んできた。

 地に落ちているのは、枯れた人々。大地は割れて、水が消えていく。流れているのは血か涙か。いや、両方かもしれない。突然、響き渡った叫び声。たった一人を糾弾する大勢の人々。多くの手がたった一人に向けられ、手の群れがその一人を覆っていく。

「落とし人など、神に祝福された者ではない! 神に呪われた者だ!!」
「神に呪われたから、落とされたのだ! 厄災を招く化け物め!」
「お前のせいで多くの命が消えていった。お前が救おうとしたから、人々に死を与えたのさ」

 その一人は磔にされた。十字のように、括られた。人々はその一人に石を投げつけた。石はその一人に当たるものもあれば、当たらないものもあった。その一人は避けることはできないため、光景を眺めているだけであった。ピクリとも動かなかった。ただ、その一人の瞳は虚ろであり、唇の端からは血が流れていた。石が当たった部分からも血は流れ出ていた。

「断罪を! 今ここで、人を、国を、世界を壊した落とし人を殺せ! 殺せ! 殺せ! ころせぇぇぇぇぇええええ!!」

 人々の負の感情は、憎しみのような感情へ膨れ上がっていた。人を殺すと言う非道な意見を、行動を、止めるものは、誰もいなかった。

 神に落とされた人。落とし人。幸運を運ぶ人、神に祝福された者と、もてはやされた人は、ある結末において、謗られて地に落ちた。これを機に、人々は落とし人を見つけても、害するようになった。

 ある世界で、魔物が出現した。はじめはほんの少しの被害で人々は気にも留めなかった。だが、爆発的に魔物が増え、人を襲うようになった。いや、きっと情報として広まらなかっただけで、もっと前の段階から魔物は人を襲っていたと考えられる。

 俺は魔物騒ぎが出てきた頃、落とし人として異界に落ちた。人々に受け入れられ、もてなされた。異界に落ちて、自分の世界に戻れないことを知っても、俺はこの世界でなら生きていけるだろうと思っていた。

 ある時に、その魔物退治を任された。一人で全てを終わらせろと言われた。落とし人ならそれだけの力があるだろうとも言われた。俺は人間だ。なんの力も持たないただの人。平凡な人間だ。

 全てを任された結果は、悲惨なものだった。大地は枯れた。人々の死体がゴロゴロと転がっている。血が流れ、人々は泣き叫んだ。俺を攻める多くの人々もいた。後に、俺は、人々に捕らえられた。憎しみや恨みといった感情を込めた瞳で睨まれた。俺はきっとこの世界の人間に殺される。悲しむ暇もないくらいの手のひら返しだ。ただ俺も思っていることがある。「こんな腐った世界、さっさと滅んでしまえ」と。

「人は恐ろしいものだな。俺は全てを救うなんてできはしないというのに……。俺にできるのは一人の人として手を貸すことだけなのに……。お前らが俺一人に背負わせた結果が多くの人の死を招いた。なのに、全部俺のせいにするとは、な。……俺はただの人間だ。なんの力も持たない、人々を一瞬で救う術など持たない、ただの人間だ」

 届かない思いを呟いた。俺は間もなく死ぬ。ああ、俺は人の醜さを知ったよ。こんなくだらない世界、こんな酷い世界、こんなあっさりと態度を豹変させる人々なんて、滅んでしまえ! 俺の世界は黒く染まった。

※※※

 落とし人は世界の調和を保つのに必要な存在。彼らがいれば、世界は平穏に流れていく。だが、落とし人が死ねば、世界は混沌へと流れていく。そのため、落とし人は大切な存在だ。害するなど、もってのほかである。

「人は愚かだな。魔物が出現したのは、人の負の心が集まった結果だ。それを一人の落とし人に全て解決させようとするとは、……なんと愚かなことだ。こう思っていても、あの世界が滅びを迎えるとわかっていても、我は人を落とさなければならない。これが我の仕事だからな。せめて、落とし人には我の祝福を与えよう。強く願えば道を切り開けるように……。そして、我は彼らにもう一つの祝福を授けよう。来世は今世よりも幸せであるように……と」

 天から地を見下ろす者は、一人呟いた。
 
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