限られたある世界と現実

月詠世理

文字の大きさ
9 / 22
限られたある世界と現実

耳×求婚×逃避

しおりを挟む
 姿は人間だった。目を引いたのは、その人の耳。頭のてっぺんに近いところに、尖った耳をつけていた。ピクピクと動くそれ。本物だろうか? 気になって、気になってしょうがない。ジロジロと獣の耳をつけた人を見ていた。

「あの? 私に何か御用ですか?」

 熱い視線を向けていたのに気づいたのだろうか? 耳をつけた人は僕に話しかけてきた。ピクピクと動く耳。触ってみたい。どうしても視線は頭に向いてしまう。

「えーっと……、あの……??」

 首を傾げ、せわしなく視線を動かしながら、僕の様子を伺っていた。戸惑っているらしい。オロオロと宙を彷徨う手。チラチラと潤んだ瞳で僕を見てくる。その姿に僕は思わずに言ってしまった。

「ねえ、君。その耳、本物?」

 緊張感のない彼女に、ポロっと言葉が零れてしまった。もう少し慎重に聞くべきことだったのに……。僕の言葉に慌てた様子を見せた彼女。目を見開き、頭に手を持っていった。

「こ、こ、こ、コレ、コレがほ、ほ、ほ……本物な、わけが……ない……じゃないですか!?」

 誤魔化すのにも無理があるよ。いつまでも耳を隠してたら、疑ってくださいって言ってるようなものだ。本物じゃないなら、堂々としてればいい。それに、どもりすぎてて、本物ですって言っているようにしか聞こえない。

「……あれ、おかしいなあ~。人間に見えるわけがないんだけど……。人間に見えるように、ちゃんと人間に化けているはず。この耳だってちゃんと隠してた。なんで、人間に私の耳が見えてるの?」

 物事を整理するのはいいが、もう少し声の音量に気をつけた方がいい。僕に聞こえてるから。それに、隠したいことなら尚更、心の中で整理をつけるべきだ。

「へぇ~、その獣耳、本物なんだ~。ねぇ、触っていい?」
「はへ? だ、ダメに決まってるでしょ!? 人間と結婚するなんて無理だからね!?」
「耳を触るだけで結婚って……。話飛びすぎ。ちょっと引くよ?」

 耳を触っただけで結婚だよ。結婚。無理だから。しかも、僕たち出会ったばかり。恋人関係でもないのに、すっ飛ばして結婚まで行くなんて、無理だよ。初対面相手なら、さらにハードルが高い。出会って秒で結婚する人間がいたら見てみたいよ。

「あ・な・たねぇ~、私の耳触りたいって言ったでしょう? 私があなたに耳を触らせたら求婚を受けたことになるのよ!! これだから人間はっ!!」
「いや、これだからって言われても困るよ。僕は君が人間じゃないことを知っている。他に知ってるのは、獣の耳を持ってることくらい。求婚がどうとかは言われないとわからないことだったよ」

 僕が彼女の耳を触ったら、彼女は僕の求婚を受けたことになるらしい。僕はピョコピョコ動く耳が本物か知りたいだけなのにな。引っ張ってみたら、相手の反応で本物か偽物かわかるだろう。だけど、触るだけで求婚したことになるのは抵抗がある。――ああ、触ってみたいのにな。

 僕のことを人間って言っている彼女は、やっぱり人間じゃないようだ。じゃあ、何者なんだろう? 耳の形が猫っぽいから猫だろうか? 

 僕は己の欲求に素直になることにした。静かに彼女に近づき、獣の耳に手を伸ばした。人差し指が触れる。そのままキュッと耳を引っ張ってみると、「いたいっ!」と悲鳴が聞こえた。

 ――本物の耳だ! 何度かキュッと耳を引っ張ってたが、彼女は痛そうに顔を歪めていた。あははははははは、ちょっと楽しくなってきたけど、これくらいにしておこう。少し肌触りのいいこの耳を触っていたい気持ちはある。だが、怒られるのは面倒だ。

 僕は遊んでいた彼女の耳から手を離した。潤んだ瞳が僕を見つめている。無視しよう。さて、獣の耳が本物だとわかったし、早く家に帰るか。

「ちょ、ちょっと! ど、どこにいくのよ!?」
「えー、家に帰るんだよ」
「『えー』、じゃないわよっ! 私の耳を触ったんだから、責任とりなさい!! 私はあなたに嫁ぐんだから。不本意でも求婚を受けてしまったんだもの。取り消しはできないの!!」

 えっ、そこは臨機応変にいこうよ。人間じゃない彼女と結婚できるわけがないだろう。もう、本物の耳か確かめたかっただけなのに、変なことになったなぁ~。よし、ここは逃げよう。

 ――ああ、変なことに巻き込まれてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話

トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...