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猫は猫を被っていた
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家には2匹の猫が住んでいる。1匹は拾ってきた猫。ダンボール箱の中でふるふる震えていたミルクティー色の猫だ。小さくて可愛らしく、アンバーの瞳には引き込まれそうなほどの魅力があった。ダンボール箱には、ご丁寧に「拾ってください」と書いた紙が貼られていた。本当にこんなことがあるのか、と思った。猫は家に連れて帰った。母親が、
元のところに返してきなさい、と怒ったが、祖母が、この子だけなら面倒見てやっても良いのではないか? これも縁というものじゃ、と言ったことで、家の子になった。
病院に連れて行って、いろいろな検査があったが、問題はなく、無事に家に迎えることができた。獣医に診てもらったことで性別が女の子だと判明した。もうちょっと大きくなったら、避妊手術をする必要があるそうだ。小さな猫なこともあって定期検診があるため、時期がきたら話す、と獣医が言っていた。そんなこんなで、子猫の時はお世話が大変だったけれど、今では元気な成猫のミルクちゃんだ。やんちゃで勢いよく走ることがあるため、足元には要注意である。気を抜くとぶつかることもある。そんなの時に、あれ? なんでいるの? みたいなきょとんとしているミルクちゃんは、めちゃくちゃ可愛いと思っている。身内贔屓だからなどという声は知らない。身内贔屓サイコーである。
もう1匹の猫は勝手に住み着いた猫だ。太々しい態度をしている。ご飯はどこだ? 美味しいご飯、などと良く言っていることから食べることが好きらしい。ミルクちゃんが横からそろりとその猫のご飯を狙って食べようとしたところ、とてもすごい威嚇をされていた。それからミルクちゃんはその猫の食べ物を狙うことはなかった。よっぽど怖かったんだろうね。だって、にゃぉぉぉぉん、と悲壮感が漂った鳴き声をしていた。それとは別に、ご飯をあげる順番がその猫の中では決まっているらしく、ミルクちゃんから先にご飯をあげようとすると非常に不機嫌かつ低い鳴き声をしてくる。ミルクちゃんより後に来た子なのにね。自分が上で、ミルクちゃんが下と見ているのかもしれない。そういうところもご飯を要求するところもあり、図太い性格といえよう。勝手に住み着いているだから、遠慮というものはないのだろうか、とは思った。
ただし、美猫だった。真っ白な猫でペリドットの瞳をしていて、スラッとした体型。人慣れしているのもあるが、仕草もなんだか野良猫と違っていて、気品のある猫ではあると思う。尽くせというような態度もあって、尽くされることに慣れている猫だとも感じられる。少しでも汚れがあると、綺麗にしろ、とでもいうように鼻を鳴らしてくるところが正にそれだ。よほど面倒見ていた人間が甲斐甲斐しく世話をしていたのだろうと思った。しかし、どうやらその考えは違ったようだ。
ある日その猫はしゃべったのだ。人の言葉を。私がいつものようにミドリちゃんと呼んだ時のことだった。普段ならその名前が気に食わないとでもいうように3回は無視して、嫌々そうに1回返事するだが、その時だけは違った。
「人間め。不敬であるぞ。毎度毎度ミドリちゃんなどと、妾はそんな名前ではないのだぞ」
驚きのあまり、2度見した。そんな物語の話にあるようなことあるのか、と。疲れるあまり自分の思考が声として聞こえてきたのだと思い、気のせいだと一旦無視した。そこで、また人の言葉聞こえてきた。
「妾の尊き声を無視するでない!」
周りを見回すも誰もいない。いるのは凛とした様子の真っ白でペリドットの瞳を向けてくる猫だけである。
「もしかして、ミドリちゃんがしゃべったの? それとも私が夢見てるだけ? 寝た方がいいのかな? 昨日は8時間寝たんだけど、まだ睡眠時間足りてなかったってこと?」
「たわけもの! それだけ寝ていれば十分であろうが。現実逃避をするのも大概にせい。あと妾の名前はミドリちゃんではない」
「たぶん、夢を見ていて、目覚めてないのかも。早く目覚めろー、早く目覚めろー。待て。夢の中でなら、猫の本音であるかはわからないが、言葉が通じている今、おしゃべりはできる。猫とお話しする夢でほのぼのして、気持ちよく目覚めるのがいいかもしれない」
「はぁ、妾に仕える人間がこのようでは、な。妾の品格が疑われかねない。仕える人間として最低限はできているから、仕方なく許してやっておるというのに、仕える者としての自覚が足らんとしかいいようがないな」
なんか、生意気だ、この猫。私のミドリちゃんは、そんなこと言わない、と言いたいところだが、普段の太々しく人に要求する態度を見ると、断言できない。悔しいものだ。ただな? 品格がどうこういう前にな。
「えーと、そのでっぷりとした幅でそんなこと言われてもねぇ。だらしのない猫、という印象だと思うけど。ほら、おばあちゃんに痩せないと病気になるからって言われてたでしょ。それなのに、食べては寝て、食べては寝ての生活で、移動する際もたいてい人に運んでもらっているから運動不足だし、ますます横に増えていってるし」
「ええい! 黙れ!! 妾は唯一無二の存在。高貴な身分の妖であるぞ? 人間如きがそのように侮辱するなど、恥を知れ!!」
「いやいや、ほら鏡見て?」
ちょうど手鏡があったため、自称妖である高貴な猫を映した。今にも暴れそうであったミドリちゃんは、固まっている。
「だ、だ、だ、誰じゃ!! こ、こ、これ、が……こ、こ、これが……妾。なんじゃ! この猫は。妾の優美なる軽やかな体型が……。思うように動くことができなくなったと思っていたら、こ、こ、このような、ことに……なっていたとは……」
ぶるぶると震えている猫。まるで恐ろしいものを見ているとでもいうような反応であった。
「太々しさはあっても可愛いところは可愛いし、ついつい甘やかしてしまう私たちも私たちなんだけど、そろそろ食べて寝てに運動も追加しないとまずいと思うよ」
「こんな様では妖界に帰れない。笑い者になってしまう!! 人間の食べ物が美味しいあまり、毎度つまみ食いをしていたのがダメであったのか?」
「いや、なにそれ知らない。でも、不思議と前日残ってた食べ物がなくなってることがあって、誰か食べたんだろうと皆認識してたから話もしなかったけど、人間の食べ物をつまみ食いしていたとは……。あのね、猫にとって私たちに合わせた食事は毒なこともあるんだよ。調味料とか使ってるし」
「うるさい! 妾は高貴な妖の1人だぞ? あんな味気なさそうな乾いたものを食べられるか!」
「え? でも、いつも食べてるよね?」
「そう見せてただけだ。人のものを奪おうとする底意地の悪い悪ガキもいるし、ちゃんとわからせる必要がある」
なんだかよくわからないことを言っている。そう見せるも何も食べていた様子を私はしっかり確認している。
「ああ、そういえばこれ夢だった。頓珍漢で整合制がとれてないこともあるよね。夢ってそういうものだし。しかも、妖、高貴な身分、とそういう1つのよくわからない世界のことも話しているし。妖だなんて、ますます現実味欠けるし――いっっっったぃ!?」
どうやら足を引っ掻かれたようだ。痛い。血も流れているし、消毒もしなければばい菌が増殖して化膿してしまう。消毒液と絆創膏取ってこよう。夢の中でも痛い経験するなんて酷い話だ。もう早く目覚めてほしい。
「いつまで間抜け面を晒しているつもりだ? 放置してないで、とっとと消毒するものと傷を保護するものでも取ってきてはどうだろうか? そのままにしていたら、膿むぞ?」
じわじわと鈍い痛みが響いてくる。これ夢だし、何言っているのだろうと思った。ドタドタと騒がしい音が近づいてくる。
「ちょっと!! って、その傷!!」
「あ、ミドリちゃんに引っ掻かれちゃったんだよね」
「はぁ、呑気にボケっとしてないで、ティッシュでも出血している部分を拭き取るなり、止血するなりしなさい。私は消毒液と絆創膏持ってくるわ」
「う、うん、じゃあよろしく?」
夢にしてはリアルだなぁ、と思って、ボケっとしていたのだが、再度やってきた母親に叱られた。あまりにも呑気であったせいか、消毒液を遠慮なく吹っかけてきた母親。そして、消毒液のかかった傷の痛みに悶絶する私。その痛みでやっと、夢ではないのかもしれない、と思った。
「え?!?!? お母さん!! ミドリちゃん、しゃべったんだよ!! ほら、ミドリちゃん、お母さんに、おはよう,って挨拶して!!」
「にゃおん!」
「あら? 今日は元気がいい挨拶ね。もう、いつまでも寝惚けているのかしら? 顔でも洗ってスッキリさせて来なさい」
「え? さっきまでしゃべってたの、夢だった? でも、痛みはリアルだし、物理的なダメージが強かったし……」
「そんな変なこと言ってるからミドリちゃんが身の危険を感じて引っ掻いてしまったんでしょうね。ごめんね、怖がらせたみたいで~」
見当違いのことで謝罪している母親。少し気分が悪い。私よりよっぽどミドリちゃんの方が態度に問題があるあったように思うけど。それに、あからさまに鼻を鳴らすだなんて、馬鹿にされている。猫被ってないで、正体現せ。自称妖、高貴な猫め。
「ふーん、おやつ買って来てたんだけど、ミドリちゃんにはもうあげない。鏡見て、すごいショック受けてたみたいだし、この機会だから食生活と生活習慣の見直しするからね!! おやつ代わりはあるかもしれないけど、いつものお気に入りのおやつはないからね!! 目指せ! 標準体型!!」
「そんなにミドリちゃんに対してムキにならなくても……って聞こえてないわね。私も可愛いところが見たくて、他の人がいないところでミドリちゃんにおやつをあげてしまったことがあるし、今後は気をつけないと。しばらくは私からおやつはあげないようにしよう」
にゃ~ん、と情けなく、力のない鳴き声が響いた。
***
「妾は高貴で優雅なる誰もが羨むような妖だぞ! この人間どもめ。妾をもっと敬え! 讃えよ! 崇めよ!!」
そうは言ってはいるが、妾も今のままではならぬ。元の体型に戻るまでにはどれくらいの時間がかかるのか。最悪、裏技なるものを使うとしても、だ。日々のご飯は妾にとってこの家にいる理由そのものだぞ。ご飯を減らされるなどあってはならぬことだ。運動量を増やさねば。これ以上増えることがあれば、ご飯の量が減らされるかもしれぬ! そんなことあってはならないのじゃ。妖界にもこのままでは帰らぬし。ええい、鏡が見えるところにないのが悪い!! 妾の管理をしっかりせよ、人間どもめ。いや、それは妾が人よりも下の身分だと言っているようなものではないか。妾は人よりも偉いのじゃぞ? 人が妾に命じて良いことなどなく、それを聞き入れるかどうかを選ぶのは妾でなければならない。
ううむ、妾は……妾は……どうすればいいんじゃ。あやつを呼んで、妾を、いや、あやつの相手はだるい。しかもあやつにこんな変容な姿を見せるなど、ならぬ。あの人間に頼るしかないのか? この妾が? うむむむむむ、あやつよりは人間のが良い。あやつよりは。しかし、妖界に帰ってないからこそ、あやつがくる可能性はある。それまで待っていたら――ならぬ。この姿を見られたら、どれだけあやつに絞られるか。ここは嫌でも人間に頼るしかない。裏技はできることなら使いたくないからな。
***
なんだと!? 体型を戻すには地道な努力を重ねていくしかないだと!? おい、人間。それでは遅いのだ。何か手っ取り早く済ませる方法ないのか? そんなのあったら皆苦労しない、だと。それはそうなのだが、妾には待てない事情というものがあるのだ。はよう、即座に体型を戻す方法を考えい。待て。その猫はなんだ? 訪ねてきた猫だと? 嫌な予感がする。はよう、追い返せ。
「追い返せとは酷いですね。さて、そのようなお姿になられて、人間界をとっっっても満喫していたようですね。仕事を押し付けて、ぬくぬくと過ごしていたのでしょうが、どういたしましょうか? ワタクシ、必死に仕事の処理をしていたのですが、貴方様は怠けていらっしゃったようで大変残念に思います。――ワタクシの目が光るうちは怠惰など許しませぬ!! これからは厳しく指導いたしますから覚悟しておくことですね」
嫌じゃ。妾はお主に会いとうなかったというのに。人間め、余計なことをして。この役立たずめ。妾に仕える名誉を与えてやっているというのに、逆らうとはどれだけ主人を侮っているのか。
「人間、許さぬからな! この恨みはいつか――」
「恨むなら貴方様自身を恨むことです。ワタクシの案内役に意地悪をしないでください」
「ええい、話を遮るでない! あれは妾に支えている人間だぞ。お主のものではなく、妾のものなのだから、お主に口出される謂れはない」
「もう少し謙虚になられてはいかがですか? 案内役の方も首を横に振っていらっしゃいます。思い込みが激しいのもいい加減になさるように」
「う、うるさいのじゃ! 妾はお主より偉いのだぞ!!」
「その偉い貴方様の仕事を代わりに行ったのは誰なのでしょうか? ワタクシ、このまま貴方様を妖界に連れ帰ってもよろしいのですよ?」
「ならぬ! そ、それはならぬぞ! 妾に恥をかかせる気か!?」
「では、ワタクシの優しさに感謝してください。さて、早めに体型を戻したいことですし、今日からはじめましょうか。案内役の方。ご飯や運動など、この方のことはワタクシが管理いたしますので、特にご飯に関してはワタクシの指示に従っていただけると嬉しいです」
妾の美味しいご飯生活が終わりを告げ、スパルタ教育が始まろうとしている。妾、逃げよう。この家から去ろう。
「もし、ワタクシがいないところに行こうというのであれば、妖界で指名手配にいたします。その覚悟があれば、逃げてください」
これだから、こやつのことは嫌なのじゃ! 全ては人間のせいじゃ。こうなったら、妖界に連れていって、全ての元凶である人間に裁きをくだしてやろう。そのためには、しなやかな体型に戻る必要がある。妾はやるぞ。半日でやめるなんてことはないからな!
***
ご飯。妾のご飯。
「ええい、お主!邪魔をするでない。もう嫌じゃ!! 妾はずっと人間界におることにする。こんな辛い生活は嫌じゃ!」
「まだ1日も経ってませんが? 泣き言言わずに頑張りましょうね」
こんなことがあってよいはずがない。妾のご飯を取り上げるでない! 返せ。もともと妾のものではなく、人間のものであることなど知ったことか。はよ、返せ。待て、妾をどこに連れていく気だ。嫌じゃ。あれだけは嫌じゃ。妾が悪かった。許せ。許してくれ。妾、痩せる前にスパルタで魂抜けるかもしれない。
元のところに返してきなさい、と怒ったが、祖母が、この子だけなら面倒見てやっても良いのではないか? これも縁というものじゃ、と言ったことで、家の子になった。
病院に連れて行って、いろいろな検査があったが、問題はなく、無事に家に迎えることができた。獣医に診てもらったことで性別が女の子だと判明した。もうちょっと大きくなったら、避妊手術をする必要があるそうだ。小さな猫なこともあって定期検診があるため、時期がきたら話す、と獣医が言っていた。そんなこんなで、子猫の時はお世話が大変だったけれど、今では元気な成猫のミルクちゃんだ。やんちゃで勢いよく走ることがあるため、足元には要注意である。気を抜くとぶつかることもある。そんなの時に、あれ? なんでいるの? みたいなきょとんとしているミルクちゃんは、めちゃくちゃ可愛いと思っている。身内贔屓だからなどという声は知らない。身内贔屓サイコーである。
もう1匹の猫は勝手に住み着いた猫だ。太々しい態度をしている。ご飯はどこだ? 美味しいご飯、などと良く言っていることから食べることが好きらしい。ミルクちゃんが横からそろりとその猫のご飯を狙って食べようとしたところ、とてもすごい威嚇をされていた。それからミルクちゃんはその猫の食べ物を狙うことはなかった。よっぽど怖かったんだろうね。だって、にゃぉぉぉぉん、と悲壮感が漂った鳴き声をしていた。それとは別に、ご飯をあげる順番がその猫の中では決まっているらしく、ミルクちゃんから先にご飯をあげようとすると非常に不機嫌かつ低い鳴き声をしてくる。ミルクちゃんより後に来た子なのにね。自分が上で、ミルクちゃんが下と見ているのかもしれない。そういうところもご飯を要求するところもあり、図太い性格といえよう。勝手に住み着いているだから、遠慮というものはないのだろうか、とは思った。
ただし、美猫だった。真っ白な猫でペリドットの瞳をしていて、スラッとした体型。人慣れしているのもあるが、仕草もなんだか野良猫と違っていて、気品のある猫ではあると思う。尽くせというような態度もあって、尽くされることに慣れている猫だとも感じられる。少しでも汚れがあると、綺麗にしろ、とでもいうように鼻を鳴らしてくるところが正にそれだ。よほど面倒見ていた人間が甲斐甲斐しく世話をしていたのだろうと思った。しかし、どうやらその考えは違ったようだ。
ある日その猫はしゃべったのだ。人の言葉を。私がいつものようにミドリちゃんと呼んだ時のことだった。普段ならその名前が気に食わないとでもいうように3回は無視して、嫌々そうに1回返事するだが、その時だけは違った。
「人間め。不敬であるぞ。毎度毎度ミドリちゃんなどと、妾はそんな名前ではないのだぞ」
驚きのあまり、2度見した。そんな物語の話にあるようなことあるのか、と。疲れるあまり自分の思考が声として聞こえてきたのだと思い、気のせいだと一旦無視した。そこで、また人の言葉聞こえてきた。
「妾の尊き声を無視するでない!」
周りを見回すも誰もいない。いるのは凛とした様子の真っ白でペリドットの瞳を向けてくる猫だけである。
「もしかして、ミドリちゃんがしゃべったの? それとも私が夢見てるだけ? 寝た方がいいのかな? 昨日は8時間寝たんだけど、まだ睡眠時間足りてなかったってこと?」
「たわけもの! それだけ寝ていれば十分であろうが。現実逃避をするのも大概にせい。あと妾の名前はミドリちゃんではない」
「たぶん、夢を見ていて、目覚めてないのかも。早く目覚めろー、早く目覚めろー。待て。夢の中でなら、猫の本音であるかはわからないが、言葉が通じている今、おしゃべりはできる。猫とお話しする夢でほのぼのして、気持ちよく目覚めるのがいいかもしれない」
「はぁ、妾に仕える人間がこのようでは、な。妾の品格が疑われかねない。仕える人間として最低限はできているから、仕方なく許してやっておるというのに、仕える者としての自覚が足らんとしかいいようがないな」
なんか、生意気だ、この猫。私のミドリちゃんは、そんなこと言わない、と言いたいところだが、普段の太々しく人に要求する態度を見ると、断言できない。悔しいものだ。ただな? 品格がどうこういう前にな。
「えーと、そのでっぷりとした幅でそんなこと言われてもねぇ。だらしのない猫、という印象だと思うけど。ほら、おばあちゃんに痩せないと病気になるからって言われてたでしょ。それなのに、食べては寝て、食べては寝ての生活で、移動する際もたいてい人に運んでもらっているから運動不足だし、ますます横に増えていってるし」
「ええい! 黙れ!! 妾は唯一無二の存在。高貴な身分の妖であるぞ? 人間如きがそのように侮辱するなど、恥を知れ!!」
「いやいや、ほら鏡見て?」
ちょうど手鏡があったため、自称妖である高貴な猫を映した。今にも暴れそうであったミドリちゃんは、固まっている。
「だ、だ、だ、誰じゃ!! こ、こ、これ、が……こ、こ、これが……妾。なんじゃ! この猫は。妾の優美なる軽やかな体型が……。思うように動くことができなくなったと思っていたら、こ、こ、このような、ことに……なっていたとは……」
ぶるぶると震えている猫。まるで恐ろしいものを見ているとでもいうような反応であった。
「太々しさはあっても可愛いところは可愛いし、ついつい甘やかしてしまう私たちも私たちなんだけど、そろそろ食べて寝てに運動も追加しないとまずいと思うよ」
「こんな様では妖界に帰れない。笑い者になってしまう!! 人間の食べ物が美味しいあまり、毎度つまみ食いをしていたのがダメであったのか?」
「いや、なにそれ知らない。でも、不思議と前日残ってた食べ物がなくなってることがあって、誰か食べたんだろうと皆認識してたから話もしなかったけど、人間の食べ物をつまみ食いしていたとは……。あのね、猫にとって私たちに合わせた食事は毒なこともあるんだよ。調味料とか使ってるし」
「うるさい! 妾は高貴な妖の1人だぞ? あんな味気なさそうな乾いたものを食べられるか!」
「え? でも、いつも食べてるよね?」
「そう見せてただけだ。人のものを奪おうとする底意地の悪い悪ガキもいるし、ちゃんとわからせる必要がある」
なんだかよくわからないことを言っている。そう見せるも何も食べていた様子を私はしっかり確認している。
「ああ、そういえばこれ夢だった。頓珍漢で整合制がとれてないこともあるよね。夢ってそういうものだし。しかも、妖、高貴な身分、とそういう1つのよくわからない世界のことも話しているし。妖だなんて、ますます現実味欠けるし――いっっっったぃ!?」
どうやら足を引っ掻かれたようだ。痛い。血も流れているし、消毒もしなければばい菌が増殖して化膿してしまう。消毒液と絆創膏取ってこよう。夢の中でも痛い経験するなんて酷い話だ。もう早く目覚めてほしい。
「いつまで間抜け面を晒しているつもりだ? 放置してないで、とっとと消毒するものと傷を保護するものでも取ってきてはどうだろうか? そのままにしていたら、膿むぞ?」
じわじわと鈍い痛みが響いてくる。これ夢だし、何言っているのだろうと思った。ドタドタと騒がしい音が近づいてくる。
「ちょっと!! って、その傷!!」
「あ、ミドリちゃんに引っ掻かれちゃったんだよね」
「はぁ、呑気にボケっとしてないで、ティッシュでも出血している部分を拭き取るなり、止血するなりしなさい。私は消毒液と絆創膏持ってくるわ」
「う、うん、じゃあよろしく?」
夢にしてはリアルだなぁ、と思って、ボケっとしていたのだが、再度やってきた母親に叱られた。あまりにも呑気であったせいか、消毒液を遠慮なく吹っかけてきた母親。そして、消毒液のかかった傷の痛みに悶絶する私。その痛みでやっと、夢ではないのかもしれない、と思った。
「え?!?!? お母さん!! ミドリちゃん、しゃべったんだよ!! ほら、ミドリちゃん、お母さんに、おはよう,って挨拶して!!」
「にゃおん!」
「あら? 今日は元気がいい挨拶ね。もう、いつまでも寝惚けているのかしら? 顔でも洗ってスッキリさせて来なさい」
「え? さっきまでしゃべってたの、夢だった? でも、痛みはリアルだし、物理的なダメージが強かったし……」
「そんな変なこと言ってるからミドリちゃんが身の危険を感じて引っ掻いてしまったんでしょうね。ごめんね、怖がらせたみたいで~」
見当違いのことで謝罪している母親。少し気分が悪い。私よりよっぽどミドリちゃんの方が態度に問題があるあったように思うけど。それに、あからさまに鼻を鳴らすだなんて、馬鹿にされている。猫被ってないで、正体現せ。自称妖、高貴な猫め。
「ふーん、おやつ買って来てたんだけど、ミドリちゃんにはもうあげない。鏡見て、すごいショック受けてたみたいだし、この機会だから食生活と生活習慣の見直しするからね!! おやつ代わりはあるかもしれないけど、いつものお気に入りのおやつはないからね!! 目指せ! 標準体型!!」
「そんなにミドリちゃんに対してムキにならなくても……って聞こえてないわね。私も可愛いところが見たくて、他の人がいないところでミドリちゃんにおやつをあげてしまったことがあるし、今後は気をつけないと。しばらくは私からおやつはあげないようにしよう」
にゃ~ん、と情けなく、力のない鳴き声が響いた。
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「妾は高貴で優雅なる誰もが羨むような妖だぞ! この人間どもめ。妾をもっと敬え! 讃えよ! 崇めよ!!」
そうは言ってはいるが、妾も今のままではならぬ。元の体型に戻るまでにはどれくらいの時間がかかるのか。最悪、裏技なるものを使うとしても、だ。日々のご飯は妾にとってこの家にいる理由そのものだぞ。ご飯を減らされるなどあってはならぬことだ。運動量を増やさねば。これ以上増えることがあれば、ご飯の量が減らされるかもしれぬ! そんなことあってはならないのじゃ。妖界にもこのままでは帰らぬし。ええい、鏡が見えるところにないのが悪い!! 妾の管理をしっかりせよ、人間どもめ。いや、それは妾が人よりも下の身分だと言っているようなものではないか。妾は人よりも偉いのじゃぞ? 人が妾に命じて良いことなどなく、それを聞き入れるかどうかを選ぶのは妾でなければならない。
ううむ、妾は……妾は……どうすればいいんじゃ。あやつを呼んで、妾を、いや、あやつの相手はだるい。しかもあやつにこんな変容な姿を見せるなど、ならぬ。あの人間に頼るしかないのか? この妾が? うむむむむむ、あやつよりは人間のが良い。あやつよりは。しかし、妖界に帰ってないからこそ、あやつがくる可能性はある。それまで待っていたら――ならぬ。この姿を見られたら、どれだけあやつに絞られるか。ここは嫌でも人間に頼るしかない。裏技はできることなら使いたくないからな。
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「追い返せとは酷いですね。さて、そのようなお姿になられて、人間界をとっっっても満喫していたようですね。仕事を押し付けて、ぬくぬくと過ごしていたのでしょうが、どういたしましょうか? ワタクシ、必死に仕事の処理をしていたのですが、貴方様は怠けていらっしゃったようで大変残念に思います。――ワタクシの目が光るうちは怠惰など許しませぬ!! これからは厳しく指導いたしますから覚悟しておくことですね」
嫌じゃ。妾はお主に会いとうなかったというのに。人間め、余計なことをして。この役立たずめ。妾に仕える名誉を与えてやっているというのに、逆らうとはどれだけ主人を侮っているのか。
「人間、許さぬからな! この恨みはいつか――」
「恨むなら貴方様自身を恨むことです。ワタクシの案内役に意地悪をしないでください」
「ええい、話を遮るでない! あれは妾に支えている人間だぞ。お主のものではなく、妾のものなのだから、お主に口出される謂れはない」
「もう少し謙虚になられてはいかがですか? 案内役の方も首を横に振っていらっしゃいます。思い込みが激しいのもいい加減になさるように」
「う、うるさいのじゃ! 妾はお主より偉いのだぞ!!」
「その偉い貴方様の仕事を代わりに行ったのは誰なのでしょうか? ワタクシ、このまま貴方様を妖界に連れ帰ってもよろしいのですよ?」
「ならぬ! そ、それはならぬぞ! 妾に恥をかかせる気か!?」
「では、ワタクシの優しさに感謝してください。さて、早めに体型を戻したいことですし、今日からはじめましょうか。案内役の方。ご飯や運動など、この方のことはワタクシが管理いたしますので、特にご飯に関してはワタクシの指示に従っていただけると嬉しいです」
妾の美味しいご飯生活が終わりを告げ、スパルタ教育が始まろうとしている。妾、逃げよう。この家から去ろう。
「もし、ワタクシがいないところに行こうというのであれば、妖界で指名手配にいたします。その覚悟があれば、逃げてください」
これだから、こやつのことは嫌なのじゃ! 全ては人間のせいじゃ。こうなったら、妖界に連れていって、全ての元凶である人間に裁きをくだしてやろう。そのためには、しなやかな体型に戻る必要がある。妾はやるぞ。半日でやめるなんてことはないからな!
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ご飯。妾のご飯。
「ええい、お主!邪魔をするでない。もう嫌じゃ!! 妾はずっと人間界におることにする。こんな辛い生活は嫌じゃ!」
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