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8章 いけない趣味の宿屋娘がいろいろと巻き込まれてしまうお話
133:偽装
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あの日、わたくしの気高く美しいおかあさまが、若き冒険者リオの腕の中で、身も心も蕩かされていく様を覗き見てしまってから、三夜が過ぎました。秋の夜は日に日にその深さを増し、窓の外では、港湾要塞都市アストリナの石畳を濡らす冷たい雨が、しとしとと物悲しい音を立てております。わたくしの部屋に満ちるのは、古びた羊皮紙とインクの乾いた香り、そして窓の隙間から忍び込む、潮と雨が混じり合った、この街特有の湿った夜の匂いです。
今夜、宿の客室名簿にリオの名前はありません。それを確認した時、わたくしの胸に去来したのは、安堵と、そしてほんのわずかな、しかし確かな失望の念でした。あの背徳的な光景を、もう一度見てみたい。おかあさまが、あんなにも無様に、そして美しく、男に屈服させられる姿を。そして、もし許されるなら、あの場所にいるのが、おかあさまではなく、このわたくしであったなら、と。そんなありえない妄想が、ここ数日、わたくしの頭から片時も離れなかったのです。
薄い木綿の寝間着一枚をまとった身体は、夜の冷気に応えるように、きゅっと身を縮こませます。そのたびに、自分でも持て余すほどに育ってしまった豊かな胸の膨らみが、柔らかな布地を押し上げ、その先端を硬く尖らせました。ああ、この身体もまた、疼いている。あの夜の記憶に、そして、これから始まるであろう、わたくしだけの秘密の儀式への期待に。そっと机の引き出しの奥から、黒曜石を磨き上げた漆黒の水晶玉を取り出します。闇夜の魔力を凝縮して作られた、わたくしの秘密の魔導具。
「……今宵は、どのような夜が待っているのでしょう」
独りごちて、漆黒の球に意識を集中させます。まずは、三階の客室から。わたくしの魔力に呼応し、水晶の表面がぼんやりと光を放ち、やがて像を結び始めました。そこに映し出されたのは、故郷への手紙をインクの染みを気にしながら綴る老夫婦の姿。次いで、向かいの部屋。そこでは、若い商人が一人、難しい顔で帳簿とにらめっこをしています。どちらも、わたくしの心を昂らせるには程遠い、ありふれた夜の光景でした。
いくつかの部屋を巡り、最後の部屋へと意識を向けます。そこは、宿で最も広く、調度品も豪華な角部屋。宿泊者名簿には、恰幅の良い富裕な商人と、その若く美しい妻の名前が記されていました。美食家を自負する夫が夕食後に、父の料理を大げさな身振りで褒め称えていた姿が思い出されます。しかし、わたくしの水晶玉が映し出したのは、それとは似ても似つかぬ二人の男女の姿でした。
一人は、確かに恰幅が良く、抜け目のない目をしていますが、その身にまとう雰囲気はただの商人ではありません。長年の経験と揺るぎない自信に裏打ちされた、権力者の威厳そのものでした。そしてもう一人は、プラチナブロンドの髪を揺らす、人間とは明らかに異なる、長くしなやかな耳を持つエルフの女性。その均整の取れた身体は、薄手の白いブラウスと身体の線を強調するタイトな黒いスカート、ストッキングに包まれ、隠しようのない蠱惑的な色香を放っています。
(……『認識阻害』と『幻惑』の複合魔術。それも、かなり高度な……)
わたくしは思わず息を呑みました。宿帳に記された偽名と、夕食時に見せた風貌。それらすべてが、極めて高度な魔術によって作り上げられた虚像だったのです。この魔術は、対象者の知覚に直接干渉し、特定の人物を別の存在として誤認させる高等技術。わたくしの師である魔術師ギルドのマスタークラスでなければ、その魔力の揺らぎすら感知することは難しいでしょう。ただ、男の方には見覚えがありました。魔術師ギルドにも時折顔を見せる、冒険者ギルドのギルドマスター、アシュワース氏。そして、彼と親密な時間を過ごそうとしている、この美しいエルフの女性。彼らが、ただならぬ間柄であることは火を見るより明らかです。
水晶玉の中では、二人が山と積まれた羊皮紙の書類を前に、うんざりとした表情で事務仕事に勤しんでいました。どうやら、甘い逢瀬の予定が、急な仕事で台無しになってしまったようです。
「…もう!…まだ、終わらないのですか!マスター。わたし、もう……」
耳長族の女性が、甘えるような、それでいて不満を隠しきれない声でアシュワース氏に訴えかけます。その声は、わたくしの部屋にまで届きそうなほど、熱っぽく潤んでいました。彼女の身体の奥深く、下腹部のあたりから、微弱ながらも、しかし抗いがたい欲望の魔力が渦を巻いて立ち上っているのが、水晶玉を通して感じ取れます。あれは……呪いの類でしょうか。特定の条件下で、術者の意思とは無関係に発情を促す、極めて悪質な呪印。魂に直接刻み込まれ、対象者の性的欲求を強制的に増幅させる手合いの禁忌魔術。
「仕方あるまい。領主様直々の、急ぎの案件だ。明日までに片付けねば、我々の首が飛ぶ」
アシュワース氏は、素っ気なく答えながらも、その視線は目の前の書類ではなく、不満げに頬を膨らませる彼女の、豊かな胸元に注がれていました。彼の瞳の奥に宿る、どす黒い欲望の光に、わたくしは気づいていました。
今夜、宿の客室名簿にリオの名前はありません。それを確認した時、わたくしの胸に去来したのは、安堵と、そしてほんのわずかな、しかし確かな失望の念でした。あの背徳的な光景を、もう一度見てみたい。おかあさまが、あんなにも無様に、そして美しく、男に屈服させられる姿を。そして、もし許されるなら、あの場所にいるのが、おかあさまではなく、このわたくしであったなら、と。そんなありえない妄想が、ここ数日、わたくしの頭から片時も離れなかったのです。
薄い木綿の寝間着一枚をまとった身体は、夜の冷気に応えるように、きゅっと身を縮こませます。そのたびに、自分でも持て余すほどに育ってしまった豊かな胸の膨らみが、柔らかな布地を押し上げ、その先端を硬く尖らせました。ああ、この身体もまた、疼いている。あの夜の記憶に、そして、これから始まるであろう、わたくしだけの秘密の儀式への期待に。そっと机の引き出しの奥から、黒曜石を磨き上げた漆黒の水晶玉を取り出します。闇夜の魔力を凝縮して作られた、わたくしの秘密の魔導具。
「……今宵は、どのような夜が待っているのでしょう」
独りごちて、漆黒の球に意識を集中させます。まずは、三階の客室から。わたくしの魔力に呼応し、水晶の表面がぼんやりと光を放ち、やがて像を結び始めました。そこに映し出されたのは、故郷への手紙をインクの染みを気にしながら綴る老夫婦の姿。次いで、向かいの部屋。そこでは、若い商人が一人、難しい顔で帳簿とにらめっこをしています。どちらも、わたくしの心を昂らせるには程遠い、ありふれた夜の光景でした。
いくつかの部屋を巡り、最後の部屋へと意識を向けます。そこは、宿で最も広く、調度品も豪華な角部屋。宿泊者名簿には、恰幅の良い富裕な商人と、その若く美しい妻の名前が記されていました。美食家を自負する夫が夕食後に、父の料理を大げさな身振りで褒め称えていた姿が思い出されます。しかし、わたくしの水晶玉が映し出したのは、それとは似ても似つかぬ二人の男女の姿でした。
一人は、確かに恰幅が良く、抜け目のない目をしていますが、その身にまとう雰囲気はただの商人ではありません。長年の経験と揺るぎない自信に裏打ちされた、権力者の威厳そのものでした。そしてもう一人は、プラチナブロンドの髪を揺らす、人間とは明らかに異なる、長くしなやかな耳を持つエルフの女性。その均整の取れた身体は、薄手の白いブラウスと身体の線を強調するタイトな黒いスカート、ストッキングに包まれ、隠しようのない蠱惑的な色香を放っています。
(……『認識阻害』と『幻惑』の複合魔術。それも、かなり高度な……)
わたくしは思わず息を呑みました。宿帳に記された偽名と、夕食時に見せた風貌。それらすべてが、極めて高度な魔術によって作り上げられた虚像だったのです。この魔術は、対象者の知覚に直接干渉し、特定の人物を別の存在として誤認させる高等技術。わたくしの師である魔術師ギルドのマスタークラスでなければ、その魔力の揺らぎすら感知することは難しいでしょう。ただ、男の方には見覚えがありました。魔術師ギルドにも時折顔を見せる、冒険者ギルドのギルドマスター、アシュワース氏。そして、彼と親密な時間を過ごそうとしている、この美しいエルフの女性。彼らが、ただならぬ間柄であることは火を見るより明らかです。
水晶玉の中では、二人が山と積まれた羊皮紙の書類を前に、うんざりとした表情で事務仕事に勤しんでいました。どうやら、甘い逢瀬の予定が、急な仕事で台無しになってしまったようです。
「…もう!…まだ、終わらないのですか!マスター。わたし、もう……」
耳長族の女性が、甘えるような、それでいて不満を隠しきれない声でアシュワース氏に訴えかけます。その声は、わたくしの部屋にまで届きそうなほど、熱っぽく潤んでいました。彼女の身体の奥深く、下腹部のあたりから、微弱ながらも、しかし抗いがたい欲望の魔力が渦を巻いて立ち上っているのが、水晶玉を通して感じ取れます。あれは……呪いの類でしょうか。特定の条件下で、術者の意思とは無関係に発情を促す、極めて悪質な呪印。魂に直接刻み込まれ、対象者の性的欲求を強制的に増幅させる手合いの禁忌魔術。
「仕方あるまい。領主様直々の、急ぎの案件だ。明日までに片付けねば、我々の首が飛ぶ」
アシュワース氏は、素っ気なく答えながらも、その視線は目の前の書類ではなく、不満げに頬を膨らませる彼女の、豊かな胸元に注がれていました。彼の瞳の奥に宿る、どす黒い欲望の光に、わたくしは気づいていました。
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