9 / 101
第9話:二度目の訪問者
昨夜は、ほとんど眠れなかった。
目を閉じると、あの銀髪の青年の姿がまぶたの裏に浮かんでくる。氷のように冷たいのに、どこか憂いを帯びた蒼い瞳。そして、私の心を揺さぶった、たった一言。
『美味い』
彼の言葉を思い出すたび、胸の奥がじんわりと温かくなった。まるで、自分で作ったスープを飲んだ時みたいに。
もちろん、恐怖が消えたわけではない。彼の正体は分からないままだ。高位の騎士か、それとも貴族か。どちらにせよ、人質である私が軽々しく関わっていい相手でないことは確かだ。彼が気まぐれに私を罰する可能性だって、まだ残っている。
それでも、私の心は不思議と晴れやかだった。
『また、来る』
彼の最後の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。本当に、また来てくれるのだろうか。あれは、ただの社交辞令のようなものだったのではないだろうか。
期待と不安が、交互に胸を締め付ける。
そんなことを考えているうちに、空が白み始めていた。私はベッドから起き上がると、いつものように身支度を整えた。
やがて、控えめなノックと共にマルタが朝食を運んできた。テーブルに置かれたのは、見慣れた灰色のスープと芋、そして黒パン。昨日までの私なら、これを見ただけで一日分の気力を失っていただろう。
しかし、今の私は違った。
「マルタさん。申し訳ないのですが、こちらはお下げしてくださいますか」
私の言葉に、マルタは少し驚いたように私を見た。しかし、何も言わずに盆を手に取る。
「厨房へ、行かれるのですね」
それは問いかけというより、確認のようだった。
「はい。少しだけ、お借りします」
私が頷くと、マルタは「そうですか」とだけ呟き、静かに部屋を出て行った。彼女の無表情の裏に、どんな感情が隠れているのかは分からない。ただ、私を咎めるような響きはなかった。
私は一人になると、そっと厨房へ向かった。扉を開けると、そこは昨日と同じ、私のための静かな空間だった。
かまどに火を入れ、鍋に水を汲む。さて、今日は何を作ろうか。昨日のスープはもうない。食材も、心もとないものばかりだ。
どうしようかと考えあぐねている、まさにその時だった。
ギィ……。
背後で、昨日と同じ蝶番の軋む音がした。
私の体は、雷に打たれたかのように硬直した。ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、昨日と同じ、銀の髪を持つ青年だった。
本当に、来た。
約束通り、彼は再び私の前に姿を現したのだ。今日の彼も、昨日と同じ黒一色の服を身にまとっている。しかし、その雰囲気は昨日よりも少しだけ柔らかいように感じられた。気のせいかもしれないが、氷の彫刻のようだった彼の表情に、ほんのわずかに人間的な温もりが灯っているように見える。
彼は私を見ると、何も言わずに昨日と同じ椅子へと向かい、静かに腰を下ろした。まるで、それが当たり前のことであるかのように。
そして、彼は私を真っ直ぐに見つめ、昨日と全く同じ言葉を口にした。
「腹が、減った」
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中にあった不安や恐怖は、どこかへ霧散してしまった。代わりに、ふつふつと喜びが湧き上がってくる。
この人は、本当に私の料理を食べに来てくれたのだ。
「はい。ただいま、お作りしますね」
私は自然と笑みを浮かべていた。自分でも驚くほど、嬉しかった。誰かのために料理を作る。その喜びが、私の全身を満たしていく。
さて、問題は何を作るかだ。スープはない。マルタに頼んで、昨夜のうちに少しだけ食材を分けてもらってはいた。しかし、それは決して豪華なものではない。
私が使えるのは、昨日と同じ硬い黒パン。そして、幸運なことに手に入った卵が二つ。あとは塩と、私が持ってきた黒胡椒の粒くらいだ。
この素朴な食材で、彼の期待に応えることができるだろうか。
私は前世の記憶を必死に手繰り寄せた。そうだ、あれなら作れる。シンプルだけど、温かくて美味しい朝ごはん。
私はまず、硬い黒パンを手に取った。そのままでは、とても食べられたものではない。私はパンの両面に、霧吹きで軽く水を吹きかけた。そして、熱した鉄板の上に乗せる。
ジュッ、という軽快な音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。水分を含ませてから焼くことで、硬いパンも芯まで熱が通り、少しだけふっくらと柔らかくなるのだ。
パンを焼いている間に、卵を器に割り入れる。幸い、離宮の裏庭に生えていた乳草という植物の茎を絞れば、牛乳に似た白い液体が取れることを昨日発見していた。それを少しだけ卵に加え、塩を一つまみ。
熱したフライパンに、動物性の油脂を溶かす。本当はバターがあれば最高なのだけれど、これはこれでコクが出るはずだ。
溶いた卵を、フライパンに一気に流し込む。ジュワッという音と共に、卵がふわりと固まり始めた。私は手早く木べらでかき混ぜる。火を入れすぎないように、半熟のとろりとした状態を保つのがコツだ。
仕上げに、持ってきた黒胡椒の粒を石で砕き、パラパラと振りかける。ピリリとしたスパイシーな香りが、卵の甘い香りを引き締めた。
焼きあがったパンを皿に乗せ、その隣に黄金色に輝くふわふわのスクランブルエッグを添える。
「お待たせいたしました」
私は出来上がった一皿を、彼の前にそっと置いた。見た目はあまりに素朴だ。貴族の食卓に並ぶような華やかさはない。こんなもので、彼は満足してくれるだろうか。
彼はまず、じっと皿の上を見つめていた。そして、ふわりと立ち上る湯気から漂う、香ばしいパンと卵の優しい匂いを、ゆっくりと吸い込んだ。
彼が最初に手に取ったのは、パンだった。いつも食べている石のような塊とは明らかに違う、温かく、少しだけ柔らかそうなパン。
彼はそれを一口、ちぎって口に運んだ。
その瞬間、彼の蒼い瞳がわずかに見開かれた。
硬いだけだと思っていたパンが、さっくりとした歯触りの後、驚くほどふんわりと口の中でほどける。噛みしめるほどに、穀物本来の素朴な甘みが広がった。いつもは飲み込むのに苦労するパンが、こんなにも美味しいものだったなんて。
次に、彼はフォークでスクランブルエッグをすくった。黄金色のそれは、ふるふると震えていて、見るからに柔らかそうだ。
一口、口に含む。
「……っ」
思わず、息を呑んだ。
なんだ、この食感は。雲のようにふわふわで、舌の上でとろりと溶けていく。卵の濃厚な味わいと、乳草のまろやかなコク。そこに、ピリリとした黒胡椒の刺激が絶妙なアクセントを加えている。
昨日飲んだスープとは、また違う種類の感動だった。スープが体の芯から温めてくれるものだとしたら、これは心を優しく撫でてくれるような、幸福な味だ。
彼は再び、無言になった。ただひたすらに、パンとスクランブルエッグを交互に口へと運んでいく。その食べる姿は、昨日よりもどこか焦がれるような、切実な響きを帯びていた。
私はその様子を、固唾をのんで見守っていた。彼の表情筋は相変わらずあまり動かない。けれど、その瞳は雄弁に喜びを物語っていた。
やがて、皿の上は綺麗に空になった。パンくず一つ残っていない。
彼は空になった皿をしばらく見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。そして、私の目を真っ直ぐに見つめて、ぽつりと言った。
「君の名は」
その問いに、私は少しだけ躊躇した。人質であると知られたら、彼の態度は変わってしまうのではないか。
しかし、彼の真摯な瞳を見ていると、嘘をつくことはできなかった。
「……アリア、と申します」
「アリア」
彼は私の名前を、確かめるように小さく繰り返した。
名前を呼ばれただけなのに、心臓が大きく跳ねた。この国に来てから、私のことを名前で呼んでくれる人など、誰もいなかったから。
「あの、失礼ですが…」
勇気を振り絞って、私は問い返した。
「あなた様の、お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
彼は私の問いに、少しだけ考えるような素振りを見せた。そして、短く、一言だけ答えた。
「レオンだ」
レオン。きっと、彼の騎士としての名なのだろう。私はそう解釈した。その響きは、彼の持つ雰囲気にとてもよく合っているように思えた。
「レオン様、ですね」
私がそう言うと、彼はこくりと小さく頷いた。
名前を教え合った。たったそれだけのことなのに、私と彼の間にあった見えない壁が、少しだけ薄くなったような気がした。
レオン様は、満足げに立ち上がった。そして、厨房の扉へ向かう。私はその後ろ姿を、ただ見送ることしかできない。
扉に手をかけた彼が、ふと足を止めて振り返った。
「明日も、来る」
昨日と同じ、短い言葉。しかし、その響きは昨日よりもずっと確信に満ちていた。それはもはや、予告ではなく決定事項なのだと告げているようだった。
私が何か答える前に、彼は今度こそ厨房から出て行った。
一人残された厨房で、私は彼の名前をもう一度、口の中で転がしてみる。
「レオン様……」
その名前を呼ぶと、胸が少しだけ温かくなった。
明日も、来てくれる。
その約束が、今の私にとっては何よりも嬉しい希望だった。明日、彼に何を作ってあげようか。そんなことを考えるだけで、心が浮き立つ。
こうして、私とレオン様の、秘密の朝食会が始まった。それはまだ、誰にも知られていない、二人だけのささやかな日課。
この小さな厨房から始まる物語が、やがて氷の帝国を温かく溶かしていくことになる。その始まりの温もりを、私と彼は、まだお互いの中に感じ始めたばかりだった。
目を閉じると、あの銀髪の青年の姿がまぶたの裏に浮かんでくる。氷のように冷たいのに、どこか憂いを帯びた蒼い瞳。そして、私の心を揺さぶった、たった一言。
『美味い』
彼の言葉を思い出すたび、胸の奥がじんわりと温かくなった。まるで、自分で作ったスープを飲んだ時みたいに。
もちろん、恐怖が消えたわけではない。彼の正体は分からないままだ。高位の騎士か、それとも貴族か。どちらにせよ、人質である私が軽々しく関わっていい相手でないことは確かだ。彼が気まぐれに私を罰する可能性だって、まだ残っている。
それでも、私の心は不思議と晴れやかだった。
『また、来る』
彼の最後の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。本当に、また来てくれるのだろうか。あれは、ただの社交辞令のようなものだったのではないだろうか。
期待と不安が、交互に胸を締め付ける。
そんなことを考えているうちに、空が白み始めていた。私はベッドから起き上がると、いつものように身支度を整えた。
やがて、控えめなノックと共にマルタが朝食を運んできた。テーブルに置かれたのは、見慣れた灰色のスープと芋、そして黒パン。昨日までの私なら、これを見ただけで一日分の気力を失っていただろう。
しかし、今の私は違った。
「マルタさん。申し訳ないのですが、こちらはお下げしてくださいますか」
私の言葉に、マルタは少し驚いたように私を見た。しかし、何も言わずに盆を手に取る。
「厨房へ、行かれるのですね」
それは問いかけというより、確認のようだった。
「はい。少しだけ、お借りします」
私が頷くと、マルタは「そうですか」とだけ呟き、静かに部屋を出て行った。彼女の無表情の裏に、どんな感情が隠れているのかは分からない。ただ、私を咎めるような響きはなかった。
私は一人になると、そっと厨房へ向かった。扉を開けると、そこは昨日と同じ、私のための静かな空間だった。
かまどに火を入れ、鍋に水を汲む。さて、今日は何を作ろうか。昨日のスープはもうない。食材も、心もとないものばかりだ。
どうしようかと考えあぐねている、まさにその時だった。
ギィ……。
背後で、昨日と同じ蝶番の軋む音がした。
私の体は、雷に打たれたかのように硬直した。ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、昨日と同じ、銀の髪を持つ青年だった。
本当に、来た。
約束通り、彼は再び私の前に姿を現したのだ。今日の彼も、昨日と同じ黒一色の服を身にまとっている。しかし、その雰囲気は昨日よりも少しだけ柔らかいように感じられた。気のせいかもしれないが、氷の彫刻のようだった彼の表情に、ほんのわずかに人間的な温もりが灯っているように見える。
彼は私を見ると、何も言わずに昨日と同じ椅子へと向かい、静かに腰を下ろした。まるで、それが当たり前のことであるかのように。
そして、彼は私を真っ直ぐに見つめ、昨日と全く同じ言葉を口にした。
「腹が、減った」
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中にあった不安や恐怖は、どこかへ霧散してしまった。代わりに、ふつふつと喜びが湧き上がってくる。
この人は、本当に私の料理を食べに来てくれたのだ。
「はい。ただいま、お作りしますね」
私は自然と笑みを浮かべていた。自分でも驚くほど、嬉しかった。誰かのために料理を作る。その喜びが、私の全身を満たしていく。
さて、問題は何を作るかだ。スープはない。マルタに頼んで、昨夜のうちに少しだけ食材を分けてもらってはいた。しかし、それは決して豪華なものではない。
私が使えるのは、昨日と同じ硬い黒パン。そして、幸運なことに手に入った卵が二つ。あとは塩と、私が持ってきた黒胡椒の粒くらいだ。
この素朴な食材で、彼の期待に応えることができるだろうか。
私は前世の記憶を必死に手繰り寄せた。そうだ、あれなら作れる。シンプルだけど、温かくて美味しい朝ごはん。
私はまず、硬い黒パンを手に取った。そのままでは、とても食べられたものではない。私はパンの両面に、霧吹きで軽く水を吹きかけた。そして、熱した鉄板の上に乗せる。
ジュッ、という軽快な音と共に、香ばしい匂いが立ち上った。水分を含ませてから焼くことで、硬いパンも芯まで熱が通り、少しだけふっくらと柔らかくなるのだ。
パンを焼いている間に、卵を器に割り入れる。幸い、離宮の裏庭に生えていた乳草という植物の茎を絞れば、牛乳に似た白い液体が取れることを昨日発見していた。それを少しだけ卵に加え、塩を一つまみ。
熱したフライパンに、動物性の油脂を溶かす。本当はバターがあれば最高なのだけれど、これはこれでコクが出るはずだ。
溶いた卵を、フライパンに一気に流し込む。ジュワッという音と共に、卵がふわりと固まり始めた。私は手早く木べらでかき混ぜる。火を入れすぎないように、半熟のとろりとした状態を保つのがコツだ。
仕上げに、持ってきた黒胡椒の粒を石で砕き、パラパラと振りかける。ピリリとしたスパイシーな香りが、卵の甘い香りを引き締めた。
焼きあがったパンを皿に乗せ、その隣に黄金色に輝くふわふわのスクランブルエッグを添える。
「お待たせいたしました」
私は出来上がった一皿を、彼の前にそっと置いた。見た目はあまりに素朴だ。貴族の食卓に並ぶような華やかさはない。こんなもので、彼は満足してくれるだろうか。
彼はまず、じっと皿の上を見つめていた。そして、ふわりと立ち上る湯気から漂う、香ばしいパンと卵の優しい匂いを、ゆっくりと吸い込んだ。
彼が最初に手に取ったのは、パンだった。いつも食べている石のような塊とは明らかに違う、温かく、少しだけ柔らかそうなパン。
彼はそれを一口、ちぎって口に運んだ。
その瞬間、彼の蒼い瞳がわずかに見開かれた。
硬いだけだと思っていたパンが、さっくりとした歯触りの後、驚くほどふんわりと口の中でほどける。噛みしめるほどに、穀物本来の素朴な甘みが広がった。いつもは飲み込むのに苦労するパンが、こんなにも美味しいものだったなんて。
次に、彼はフォークでスクランブルエッグをすくった。黄金色のそれは、ふるふると震えていて、見るからに柔らかそうだ。
一口、口に含む。
「……っ」
思わず、息を呑んだ。
なんだ、この食感は。雲のようにふわふわで、舌の上でとろりと溶けていく。卵の濃厚な味わいと、乳草のまろやかなコク。そこに、ピリリとした黒胡椒の刺激が絶妙なアクセントを加えている。
昨日飲んだスープとは、また違う種類の感動だった。スープが体の芯から温めてくれるものだとしたら、これは心を優しく撫でてくれるような、幸福な味だ。
彼は再び、無言になった。ただひたすらに、パンとスクランブルエッグを交互に口へと運んでいく。その食べる姿は、昨日よりもどこか焦がれるような、切実な響きを帯びていた。
私はその様子を、固唾をのんで見守っていた。彼の表情筋は相変わらずあまり動かない。けれど、その瞳は雄弁に喜びを物語っていた。
やがて、皿の上は綺麗に空になった。パンくず一つ残っていない。
彼は空になった皿をしばらく見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。そして、私の目を真っ直ぐに見つめて、ぽつりと言った。
「君の名は」
その問いに、私は少しだけ躊躇した。人質であると知られたら、彼の態度は変わってしまうのではないか。
しかし、彼の真摯な瞳を見ていると、嘘をつくことはできなかった。
「……アリア、と申します」
「アリア」
彼は私の名前を、確かめるように小さく繰り返した。
名前を呼ばれただけなのに、心臓が大きく跳ねた。この国に来てから、私のことを名前で呼んでくれる人など、誰もいなかったから。
「あの、失礼ですが…」
勇気を振り絞って、私は問い返した。
「あなた様の、お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
彼は私の問いに、少しだけ考えるような素振りを見せた。そして、短く、一言だけ答えた。
「レオンだ」
レオン。きっと、彼の騎士としての名なのだろう。私はそう解釈した。その響きは、彼の持つ雰囲気にとてもよく合っているように思えた。
「レオン様、ですね」
私がそう言うと、彼はこくりと小さく頷いた。
名前を教え合った。たったそれだけのことなのに、私と彼の間にあった見えない壁が、少しだけ薄くなったような気がした。
レオン様は、満足げに立ち上がった。そして、厨房の扉へ向かう。私はその後ろ姿を、ただ見送ることしかできない。
扉に手をかけた彼が、ふと足を止めて振り返った。
「明日も、来る」
昨日と同じ、短い言葉。しかし、その響きは昨日よりもずっと確信に満ちていた。それはもはや、予告ではなく決定事項なのだと告げているようだった。
私が何か答える前に、彼は今度こそ厨房から出て行った。
一人残された厨房で、私は彼の名前をもう一度、口の中で転がしてみる。
「レオン様……」
その名前を呼ぶと、胸が少しだけ温かくなった。
明日も、来てくれる。
その約束が、今の私にとっては何よりも嬉しい希望だった。明日、彼に何を作ってあげようか。そんなことを考えるだけで、心が浮き立つ。
こうして、私とレオン様の、秘密の朝食会が始まった。それはまだ、誰にも知られていない、二人だけのささやかな日課。
この小さな厨房から始まる物語が、やがて氷の帝国を温かく溶かしていくことになる。その始まりの温もりを、私と彼は、まだお互いの中に感じ始めたばかりだった。
あなたにおすすめの小説
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される
守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」
貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。
そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。
厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。
これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※小説内容にはAI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。
聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。
実家を追放された地味令嬢、呪われた『氷の騎士』様の元へ身代わり婚。枯れた庭を癒やしていたら、旦那様の呪いも解いてしまい溺愛ルート突入です!
黒崎隼人
恋愛
「貴方の庭を、救わせてください」
実家で空気のように扱われてきた地味な伯爵令嬢リゼット。
彼女は、妹の身代わりとして「氷の騎士」と恐れられる呪われた侯爵、ギルバートの元へ厄介払いされる。
待っていたのは、荒れ果てた屋敷と、死に絶えた庭園。
そして、呪いに蝕まれ、心を閉ざした孤独な騎士だった。
しかし、リゼットには秘密があった。
触れるだけで植物を蘇らせる「癒やしの力」。
彼女がこっそりと庭を再生させていくうちに、頑なだったギルバートの心も次第に溶かされていき――?
「リゼット、君は俺の誇りだ」
これは、虐げられた令嬢が荒野を緑の楽園に変え、最強の騎士に溺愛される、再生と幸福の物語。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)