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第93話:ひざまずく皇帝
パレードの熱狂が冷めやらぬまま、祝賀会の二日目の夜は静かに、しかし荘厳にその幕を開けた。
今宵の宴は昨日とは趣が異なる。集められたのは、帝国の未来を担うごく一部の最高位の貴族たちと、諸外国の王族や特命全権大使といったVIP中のVIPのみ。
『太陽の間』は昨日よりも落とされた照明の中で、無数の蝋燭の炎が幻想的に揺らめいていた。
私はレオン様のエスコートで再び玉座の隣の席へと導かれた。今日の私は、純白のシルクで仕立てられたシンプル、しかし気品あふれるドレスを身にまとっている。それは皇太后ヴィクトリア様が自ら私のために選んでくださったものだった。
宴は厳かな雰囲気で始まった。人々は静かに会話を交わし、給仕される料理とワインを上品に味わっている。
しかし、その静けさの裏で誰もが何かを待ち望んでいるのが肌で感じられた。
この祝賀会の本当のクライマックス。皇帝陛下が何か重大な発表をされるのではないか、と。
その予感は宴が中盤に差し掛かった頃、現実のものとなった。
全ての食事が終わり、デザートが運ばれてくるその直前。
レオン様が静かに玉座から立ち上がった。
そのたった一つの動作で、会場の全てのざわめきがぴたりと止んだ。全ての視線が、玉座の上の若き皇帝一人に注がれる。
彼は会場の隅々まで見渡すように、ゆっくりと集まった人々を見回した。その蒼い瞳には絶対的な王者の威厳と、そして未来を見据える強い決意の光が宿っていた。
「皆様。今宵は帝国の新たなる門出のために集まってくれて、心より感謝する」
彼の低く、しかしよく通る声が、静まり返った会場に朗々と響き渡った。
「我々は二百七十年もの長きにわたる呪いの軛から解き放たれた。これは我らが歴史における、新たな時代の幕開けである」
彼はそこで一度言葉を切り、その視線をゆっくりと私の元へと向けた。
そのあまりにも真っ直ぐで熱っぽい視線に、私の心臓が大きく音を立てた。
「そして、その奇跡を我らにもたらしてくれたのが、今私の隣にいるこの女性。救国の聖女、アリア・フォン・リンドブルムであることは、もはや皆様もご存じの通りだ」
彼の言葉に、会場から同意を示す小さく、しかし確かなさざ波のような囁きが広がった。
「彼女はその身を賭してこの国を救ってくれた。彼女のそのあまりにも大きな功績と自己犠牲の精神に、我々はどう報いるべきか」
彼は静かに問いかけた。
「地位か。名誉か。あるいは金銀財宝か。否。そのような世俗的なものでは、彼女の偉大なる魂に報いることなど到底できはしない」
彼の言葉に誰もが固唾をのんで耳を傾けている。
「彼女にふさわしいもの。それはただ一つ」
彼は玉座の階段をゆっくりと一段、また一段と降りてきた。そして、私の目の前に立った。
会場中の全ての視線が、私たち二人に集中している。
そして次の瞬間。
彼は誰もが想像だにしなかった行動に出た。
ガルディナ帝国皇帝、レオンハルト・フォン・ガルディナが。
大陸で最も権威ある絶対的な君主が。
全ての貴族と民衆、そして諸外国の王族たちが見守るその前で。
私の前に、ゆっくりとその片膝をついたのだ。
カシャン、と。
彼の軍服の金の飾りが大理石の床に触れる、小さく、しかし歴史を刻む音が響き渡った。
ひざまずく皇帝。
それは騎士が、生涯の忠誠を誓う唯一人の主君にのみ捧げる最上級の敬意の形。
会場は息を呑む音さえ聞こえない、完全な、絶対的な静寂に包まれた。
エリオット様もギルバート様も、皇太后様でさえも、その光景を信じられないという顔でただ見つめている。
私の頭は完全に真っ白になっていた。
目の前で何が起きているのか。
理解が追いつかない。
ひざまずいた彼は顔を上げ、私を真っ直ぐに見上げた。
その蒼い瞳はもはや皇帝のものではなかった。
ただひたすらに一人の女性を愛し、求め、そしてその全てを捧げようとする一人の男の瞳だった。
彼は私の震える手をそっと取った。
そして、その唇から紡がれる。
帝国の、そして私の運命を永遠に変えることになる、その言葉が。
今宵の宴は昨日とは趣が異なる。集められたのは、帝国の未来を担うごく一部の最高位の貴族たちと、諸外国の王族や特命全権大使といったVIP中のVIPのみ。
『太陽の間』は昨日よりも落とされた照明の中で、無数の蝋燭の炎が幻想的に揺らめいていた。
私はレオン様のエスコートで再び玉座の隣の席へと導かれた。今日の私は、純白のシルクで仕立てられたシンプル、しかし気品あふれるドレスを身にまとっている。それは皇太后ヴィクトリア様が自ら私のために選んでくださったものだった。
宴は厳かな雰囲気で始まった。人々は静かに会話を交わし、給仕される料理とワインを上品に味わっている。
しかし、その静けさの裏で誰もが何かを待ち望んでいるのが肌で感じられた。
この祝賀会の本当のクライマックス。皇帝陛下が何か重大な発表をされるのではないか、と。
その予感は宴が中盤に差し掛かった頃、現実のものとなった。
全ての食事が終わり、デザートが運ばれてくるその直前。
レオン様が静かに玉座から立ち上がった。
そのたった一つの動作で、会場の全てのざわめきがぴたりと止んだ。全ての視線が、玉座の上の若き皇帝一人に注がれる。
彼は会場の隅々まで見渡すように、ゆっくりと集まった人々を見回した。その蒼い瞳には絶対的な王者の威厳と、そして未来を見据える強い決意の光が宿っていた。
「皆様。今宵は帝国の新たなる門出のために集まってくれて、心より感謝する」
彼の低く、しかしよく通る声が、静まり返った会場に朗々と響き渡った。
「我々は二百七十年もの長きにわたる呪いの軛から解き放たれた。これは我らが歴史における、新たな時代の幕開けである」
彼はそこで一度言葉を切り、その視線をゆっくりと私の元へと向けた。
そのあまりにも真っ直ぐで熱っぽい視線に、私の心臓が大きく音を立てた。
「そして、その奇跡を我らにもたらしてくれたのが、今私の隣にいるこの女性。救国の聖女、アリア・フォン・リンドブルムであることは、もはや皆様もご存じの通りだ」
彼の言葉に、会場から同意を示す小さく、しかし確かなさざ波のような囁きが広がった。
「彼女はその身を賭してこの国を救ってくれた。彼女のそのあまりにも大きな功績と自己犠牲の精神に、我々はどう報いるべきか」
彼は静かに問いかけた。
「地位か。名誉か。あるいは金銀財宝か。否。そのような世俗的なものでは、彼女の偉大なる魂に報いることなど到底できはしない」
彼の言葉に誰もが固唾をのんで耳を傾けている。
「彼女にふさわしいもの。それはただ一つ」
彼は玉座の階段をゆっくりと一段、また一段と降りてきた。そして、私の目の前に立った。
会場中の全ての視線が、私たち二人に集中している。
そして次の瞬間。
彼は誰もが想像だにしなかった行動に出た。
ガルディナ帝国皇帝、レオンハルト・フォン・ガルディナが。
大陸で最も権威ある絶対的な君主が。
全ての貴族と民衆、そして諸外国の王族たちが見守るその前で。
私の前に、ゆっくりとその片膝をついたのだ。
カシャン、と。
彼の軍服の金の飾りが大理石の床に触れる、小さく、しかし歴史を刻む音が響き渡った。
ひざまずく皇帝。
それは騎士が、生涯の忠誠を誓う唯一人の主君にのみ捧げる最上級の敬意の形。
会場は息を呑む音さえ聞こえない、完全な、絶対的な静寂に包まれた。
エリオット様もギルバート様も、皇太后様でさえも、その光景を信じられないという顔でただ見つめている。
私の頭は完全に真っ白になっていた。
目の前で何が起きているのか。
理解が追いつかない。
ひざまずいた彼は顔を上げ、私を真っ直ぐに見上げた。
その蒼い瞳はもはや皇帝のものではなかった。
ただひたすらに一人の女性を愛し、求め、そしてその全てを捧げようとする一人の男の瞳だった。
彼は私の震える手をそっと取った。
そして、その唇から紡がれる。
帝国の、そして私の運命を永遠に変えることになる、その言葉が。
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