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第58話 最後の希望
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面下で着々と『スローライフ防衛計画』を進めている間も、城の秘密の部屋に遺された『本物』のアシュリーの日記は静かにその場にあり続けた。
私はあの日以来一度もあの部屋には足を踏み入れていない。
必要な情報は全て頭の中に叩き込んだ。これ以上あの少女の悲痛な魂に触れるのは、私の精神衛生上あまりよろしくなかったからだ。
だが、日記の最後のページに綴られていたあの言葉だけは、どうしても私の頭から離れなかった。
『もし、この日記を誰かが読んでいるのなら。
それは私の七回目の人生が志半ばで尽きたということ。
そして、あなたこそが私が待ち望んだ、この呪われた運命の外から来た『イレギュラー』。
あなたこそが、この世界を救う最後の希望』
最後の希望。
なんとも重苦しい響きだろうか。
私はそんな大層なものになるつもりは毛頭ない。私が守りたいのは世界ではなく、あくまで私個人の平穏だ。
だが、どうやら私の平穏と世界の平穏は切っても切れない関係にあるらしい。実に面倒なことだ。
私は彼女がなぜ私のような『イレギュラー』の存在を最後の希望だと考えたのか、その真意を探るべく再び彼女の遺した言葉を頭の中で反芻していた。
日記によれば『本物』のアシュリーはループする運命の中で、何度も世界の理に干渉しようと試みた。
聖女を殺害しようとしたり、攻略対象者たちに真実を話したり。
しかし、その試みは全てこの世界の『システム』によって阻害されたという。まるで物語の登場人物が定められた筋書きから逸脱することを許されないかのように。
彼女自身もまたこの世界の『登場人物』の一人だったのだ。
たとえ転生者として未来の知識を持っていたとしても、彼女の行動は常にこの世界の法則と運命の修正力に縛られていた。
彼女が唯一システムに逆らって実行できたのが『五カ国の聖地を破壊する』という、極めて破壊的で物語の根幹を揺るがす行為だった。
それはおそらく彼女が七度のループを経て蓄積した、規格外の魔力があったからこそ可能だったのだろう。システムの許容量を超えるほどの力で、無理やり運命をこじ開けたのだ。
だが、それもまた根本的な解決にはならなかった。
災厄の本体を滅ぼすにはこの世界の法則そのものを書き換えるか、あるいは破壊するほどの規格外の力が必要となる。
世界の『登場人物』である彼女にはそれができなかった。
『だからこそ、あなたなのだ』
私の頭の中に彼女の声が響いたような気がした。
『あなたも私と同じ転生者。だが、決定的に違う点がある。
あなたはこの世界のループの外から来た存在。
あなたはこの物語の『登場人物』ではない。
あなたはこのゲームの正規の『プレイヤー』ですらない。
あなたはゲームの電源が入ったまま無理やりカセットを引っこ抜いて、別のゲームのカセットを差し込んだような、そんなバグに近い存在なのだ』
なるほど。
言われてみればそうかもしれない。
私がこの身体に憑依したのは彼女の魂が消滅し、物語が一時的にフリーズしたほんの僅かな隙間だったのだろう。
私はこの世界のシステムに認識されていない、イレギュラーな存在。
だからこそ私はこの世界の法則に縛られない。
私がレベル100というとんでもないステータスを持っていたのも。
私が王子や騎士団を覇気一つで無力化できたのも。
私が足踏み一つで大地を割り、拳一つで山を穿つことができたのも。
全て私がこの世界の『登場人物』ではなく、『ルール無用の闖入者』だったから。
この世界の物理法則も魔力法則も因果律さえも、私という存在の前では絶対的な意味を持たない。
『本物』のアシュリーは、その可能性に最後の望みを託したのだ。
『私の力では災厄を完全に滅ぼすことはできない。私の攻撃は全てこの世界の法則の内側で行われるものだから。ダメージを与えても災厄は世界の理を修復し、いずれ再生してしまうだろう。
だが、あなたなら。
あなたの世界の理の外側からの攻撃ならば。
きっと災厄の核を完全に破壊することができるはずだ』
その結論に至った時、私はようやく自分がこの身体に宿った意味を、そしてこのレベル100という力の本当の価値を理解した気がした。
この力はただのチート能力ではない。
それはこの世界の呪われた運命を断ち切るために、七度の絶望の果てに一人の少女が遺してくれたたった一つの鍵。
最後の希望。
「……はあ」
私はテラスの椅子の上で深く、深いため息をついた。
「責任、重大すぎるでしょう……」
思わず弱音が漏れる。
世界を救う、なんて。前世で会社の小さなプロジェクト一つを成功させるのにもあれだけ苦労したというのに。
だが、もう後戻りはできない。
私はこのとんでもないバトンを、受け取ってしまったのだから。
「まあ、いいわ」
私は気持ちを切り替えるように、パン、と両手で頬を叩いた。
「やるしかないんでしょう。私の快適な引きこもり生活のためにね」
そうだ。
目的はあくまで自分のため。
そう思えば少しは気が楽になる。
世界の平和など私のスローライフが実現した後の、おまけみたいなものだ。
私はすっと立ち上がった。
そして、眼下に広がる活気に満ちた自分の領地を見下ろした。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、そして亡国の兵士たち。
彼らが笑い合い、働き、暮らしている。
ここは私が知らず知らずのうちに作り上げてしまった小さな世界。
私の大切な『庭』だ。
「……私の庭を荒らす奴は許さないわよ」
私の口から静かな、しかし絶対的な決意を込めた言葉が漏れた。
その黄金の瞳にはもはや何の迷いもなかった。
『本物』のアシュリーが遺した最後の希望。
そのバトンは今、確かに一人のスローライフ愛好家の手に固く握り締められた。
その先にどんな面倒事が待っていようとも、もはや彼女を止めるものは何もなかった。
私はあの日以来一度もあの部屋には足を踏み入れていない。
必要な情報は全て頭の中に叩き込んだ。これ以上あの少女の悲痛な魂に触れるのは、私の精神衛生上あまりよろしくなかったからだ。
だが、日記の最後のページに綴られていたあの言葉だけは、どうしても私の頭から離れなかった。
『もし、この日記を誰かが読んでいるのなら。
それは私の七回目の人生が志半ばで尽きたということ。
そして、あなたこそが私が待ち望んだ、この呪われた運命の外から来た『イレギュラー』。
あなたこそが、この世界を救う最後の希望』
最後の希望。
なんとも重苦しい響きだろうか。
私はそんな大層なものになるつもりは毛頭ない。私が守りたいのは世界ではなく、あくまで私個人の平穏だ。
だが、どうやら私の平穏と世界の平穏は切っても切れない関係にあるらしい。実に面倒なことだ。
私は彼女がなぜ私のような『イレギュラー』の存在を最後の希望だと考えたのか、その真意を探るべく再び彼女の遺した言葉を頭の中で反芻していた。
日記によれば『本物』のアシュリーはループする運命の中で、何度も世界の理に干渉しようと試みた。
聖女を殺害しようとしたり、攻略対象者たちに真実を話したり。
しかし、その試みは全てこの世界の『システム』によって阻害されたという。まるで物語の登場人物が定められた筋書きから逸脱することを許されないかのように。
彼女自身もまたこの世界の『登場人物』の一人だったのだ。
たとえ転生者として未来の知識を持っていたとしても、彼女の行動は常にこの世界の法則と運命の修正力に縛られていた。
彼女が唯一システムに逆らって実行できたのが『五カ国の聖地を破壊する』という、極めて破壊的で物語の根幹を揺るがす行為だった。
それはおそらく彼女が七度のループを経て蓄積した、規格外の魔力があったからこそ可能だったのだろう。システムの許容量を超えるほどの力で、無理やり運命をこじ開けたのだ。
だが、それもまた根本的な解決にはならなかった。
災厄の本体を滅ぼすにはこの世界の法則そのものを書き換えるか、あるいは破壊するほどの規格外の力が必要となる。
世界の『登場人物』である彼女にはそれができなかった。
『だからこそ、あなたなのだ』
私の頭の中に彼女の声が響いたような気がした。
『あなたも私と同じ転生者。だが、決定的に違う点がある。
あなたはこの世界のループの外から来た存在。
あなたはこの物語の『登場人物』ではない。
あなたはこのゲームの正規の『プレイヤー』ですらない。
あなたはゲームの電源が入ったまま無理やりカセットを引っこ抜いて、別のゲームのカセットを差し込んだような、そんなバグに近い存在なのだ』
なるほど。
言われてみればそうかもしれない。
私がこの身体に憑依したのは彼女の魂が消滅し、物語が一時的にフリーズしたほんの僅かな隙間だったのだろう。
私はこの世界のシステムに認識されていない、イレギュラーな存在。
だからこそ私はこの世界の法則に縛られない。
私がレベル100というとんでもないステータスを持っていたのも。
私が王子や騎士団を覇気一つで無力化できたのも。
私が足踏み一つで大地を割り、拳一つで山を穿つことができたのも。
全て私がこの世界の『登場人物』ではなく、『ルール無用の闖入者』だったから。
この世界の物理法則も魔力法則も因果律さえも、私という存在の前では絶対的な意味を持たない。
『本物』のアシュリーは、その可能性に最後の望みを託したのだ。
『私の力では災厄を完全に滅ぼすことはできない。私の攻撃は全てこの世界の法則の内側で行われるものだから。ダメージを与えても災厄は世界の理を修復し、いずれ再生してしまうだろう。
だが、あなたなら。
あなたの世界の理の外側からの攻撃ならば。
きっと災厄の核を完全に破壊することができるはずだ』
その結論に至った時、私はようやく自分がこの身体に宿った意味を、そしてこのレベル100という力の本当の価値を理解した気がした。
この力はただのチート能力ではない。
それはこの世界の呪われた運命を断ち切るために、七度の絶望の果てに一人の少女が遺してくれたたった一つの鍵。
最後の希望。
「……はあ」
私はテラスの椅子の上で深く、深いため息をついた。
「責任、重大すぎるでしょう……」
思わず弱音が漏れる。
世界を救う、なんて。前世で会社の小さなプロジェクト一つを成功させるのにもあれだけ苦労したというのに。
だが、もう後戻りはできない。
私はこのとんでもないバトンを、受け取ってしまったのだから。
「まあ、いいわ」
私は気持ちを切り替えるように、パン、と両手で頬を叩いた。
「やるしかないんでしょう。私の快適な引きこもり生活のためにね」
そうだ。
目的はあくまで自分のため。
そう思えば少しは気が楽になる。
世界の平和など私のスローライフが実現した後の、おまけみたいなものだ。
私はすっと立ち上がった。
そして、眼下に広がる活気に満ちた自分の領地を見下ろした。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、そして亡国の兵士たち。
彼らが笑い合い、働き、暮らしている。
ここは私が知らず知らずのうちに作り上げてしまった小さな世界。
私の大切な『庭』だ。
「……私の庭を荒らす奴は許さないわよ」
私の口から静かな、しかし絶対的な決意を込めた言葉が漏れた。
その黄金の瞳にはもはや何の迷いもなかった。
『本物』のアシュリーが遺した最後の希望。
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