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第10話 呪われた大地の浄化
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美しい我が家を手に入れたものの、俺たちの腹の虫は正直だった。浄化と修復という大仕事を終えたことで、空腹は限界に達している。
「リアム様、お腹が……」
「ああ、俺もだ」
二人して情けない顔で腹を押さえる。セレスティアが頬を赤らめているのが、なんだか微笑ましかった。
「まずは食料の確保だな。この村で買うにしても金がない。となると、自分たちで作るのが一番だ」
幸い、教会の裏手には打ち捨てられた畑らしきスペースが広がっていた。かつては教会の菜園だったのかもしれない。だが、今は見るも無惨な状態だった。
俺たちは早速、その畑へと向かった。そして、目の前の光景に言葉を失う。
地面は黒く変色し、ひび割れている。かろうじて生えている雑草は、どれも黒ずんで萎れていた。土からは、生命の気配が一切感じられない。むしろ、触れることさえ躊躇われるような、よどんだ瘴気が漂っている。
「ひどいな、これは……」
俺が眉をひそめると、隣にいたセレスティアが悲しそうに俯いた。
「……わたしのせいです」
「君のせい?」
「はい。わたしがこの教会に来てから、周りの土地は少しずつ生命力を失っていきました。わたしの身体から漏れ出す呪いの瘴気が、この大地を蝕んでしまったのです。だから、村の人たちも……」
彼女は言葉を詰まらせた。村人たちが彼女を「呪われた聖女」と呼び、恐れる理由がこれだったのだ。彼女がいるだけで、大地は死んでいく。それは、生命を司る聖職者にとって、何よりも耐え難い苦痛だっただろう。
俺は黙って、黒い土をひと掴みした。ひんやりと冷たく、まるで灰を握っているかのような感触だった。こんな土地では、どんな種を蒔いても芽吹くことはないだろう。
「リアム様、ごめんなさい。わたしがここにいる限り……」
「謝るなよ、セレスティア」
俺は彼女の言葉を遮り、優しく言った。
「君のせいじゃない。それに、問題があるなら、解決すればいいだけだ。そうだろ?」
俺はにっと笑いかける。
「君の聖魔法には、浄化の力がある。この土地だって、きっと元に戻せるはずだ」
俺の言葉に、セレスティアははっとしたように顔を上げた。その青い瞳に、希望の光が灯る。
「はい……! できます! リアム様がいてくだされば!」
そうだ。もう彼女は一人じゃない。そして俺も、一人じゃない。
俺たちは再び、教会の中でしたように向かい合った。セレスティアが少し照れくさそうに、その小さな手を差し出してくる。俺はその手を、今度は迷うことなくしっかりと握った。
「準備はいいか?」
「はい!」
セレスティアは力強く頷くと、目を閉じて祈りを捧げ始めた。
「――母なる大地の御名において願います。その身を蝕む呪いの枷を解き放ち、生命の息吹を再びその懐に宿したまえ。聖なる恵みを、今ここに!」
セレスティアの祈りに応え、彼女の身体から再び柔らかな光が溢れ出す。だが、今度の光は教会を浄化した時とは少し違っていた。天に昇るのではなく、大地へと染み込んでいくような、優しく、そして力強い光だった。
光が黒ずんだ大地に触れると、じゅわ、と音がして瘴気が霧散していく。そして、俺の身体には、教会を浄化した時とはまた質の違う代償が流れ込んできた。
それは、まるで氷の針が無数に突き刺さるような、冷たく鋭い感覚だった。大地の死。生命が失われる悲しみ。そういった負の概念が、奔流となって俺を襲う。
だが、俺は歯を食いしばって耐えた。この程度の代償、アレクたちの力を肩代わりしてきたことに比べれば、どうということはない。俺の身体が、その冷たい奔流をたちまち温かい魔力へと変えていく。
俺が代償を引き受けることで、セレスティアの魔法は何の阻害も受けずに、その力を最大限に発揮できた。
俺たちの足元から、奇跡が広がっていく。
光に照らされた黒い土は、みるみるうちに色を変えていった。死んだような灰色から、しっとりと水分を含んだ豊かな黒土へ。萎れていた雑草は塵となって消え、代わりに土のあちこちから、小さな緑の芽が顔を出す。
それは、この土地に本来眠っていた生命が、呪いから解放されて一斉に息を吹き返した証だった。
「すごい……土が、生き返っていく……!」
セレスティアは目を開け、目の前で起きている光景に感動の声を上げた。彼女の瞳はきらきらと輝いている。自分の力が、何かを破壊したり、誰かを苦しめたりするのではなく、こうして新しい生命を生み出している。その事実が、彼女にとって何よりの喜びなのだろう。
やがて光が収まった時、俺たちの目の前にあったのは、もはや死の大地ではなかった。
ふかふかとした健康的な土。どこからかミミズまで顔を出している。鼻をくすぐるのは、雨上がりの森のような、生命力に満ちた匂いだ。広さも十分。これなら、二人で食べる分くらいの作物は十分に育てられるだろう。
「やったな、セレスティア!」
俺が声をかけると、彼女は「はいっ!」と満面の笑みで答えた。その額には汗が光り、頬は興奮で上気している。その顔は、今まで見たどんな彼女よりも、生き生きとして美しかった。
俺たちは、生まれ変わった畑の真ん中で、しばらくその感動に浸っていた。
家ができて、今度は畑ができた。何もない場所から、自分たちの手で、生きるための基盤を一つずつ作り上げていく。その達成感が、心地よかった。
「リアム様」
不意に、セレスティアが改まった口調で俺を呼んだ。
「はい。わたしの力、ちゃんとお役に立てましたでしょうか」
彼女は少し不安そうに、上目遣いで俺の顔を窺う。その姿が、なんだか主人の評価を待つ子犬のようで、俺は思わず吹き出してしまった。
「ああ。君はすごいよ、セレスティア。君がいなきゃ、何も始まらなかった」
俺は彼女の頭に、ぽん、と手を置いた。彼女はびくりと肩を震わせたが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。
銀色に近い金髪は、驚くほど柔らかかった。
「さあ、畑ができたからには、次は種と苗だな。村の雑貨屋に売ってるか、聞きに行ってみよう」
「はい!」
俺たちは顔を見合わせて頷き合うと、生まれ変わった畑を背に、村へと向かって歩き出した。
二人で歩く村への道は、もう寂しいものではなかった。隣で嬉しそうに畑の話をするセレスティアの声を聞きながら、俺は確かに感じていた。
失ったものばかりを数えていた旅は、もう終わったのだと。ここから始まるのは、何かを生み出し、積み上げていくための、新しい旅なのだと。
「リアム様、お腹が……」
「ああ、俺もだ」
二人して情けない顔で腹を押さえる。セレスティアが頬を赤らめているのが、なんだか微笑ましかった。
「まずは食料の確保だな。この村で買うにしても金がない。となると、自分たちで作るのが一番だ」
幸い、教会の裏手には打ち捨てられた畑らしきスペースが広がっていた。かつては教会の菜園だったのかもしれない。だが、今は見るも無惨な状態だった。
俺たちは早速、その畑へと向かった。そして、目の前の光景に言葉を失う。
地面は黒く変色し、ひび割れている。かろうじて生えている雑草は、どれも黒ずんで萎れていた。土からは、生命の気配が一切感じられない。むしろ、触れることさえ躊躇われるような、よどんだ瘴気が漂っている。
「ひどいな、これは……」
俺が眉をひそめると、隣にいたセレスティアが悲しそうに俯いた。
「……わたしのせいです」
「君のせい?」
「はい。わたしがこの教会に来てから、周りの土地は少しずつ生命力を失っていきました。わたしの身体から漏れ出す呪いの瘴気が、この大地を蝕んでしまったのです。だから、村の人たちも……」
彼女は言葉を詰まらせた。村人たちが彼女を「呪われた聖女」と呼び、恐れる理由がこれだったのだ。彼女がいるだけで、大地は死んでいく。それは、生命を司る聖職者にとって、何よりも耐え難い苦痛だっただろう。
俺は黙って、黒い土をひと掴みした。ひんやりと冷たく、まるで灰を握っているかのような感触だった。こんな土地では、どんな種を蒔いても芽吹くことはないだろう。
「リアム様、ごめんなさい。わたしがここにいる限り……」
「謝るなよ、セレスティア」
俺は彼女の言葉を遮り、優しく言った。
「君のせいじゃない。それに、問題があるなら、解決すればいいだけだ。そうだろ?」
俺はにっと笑いかける。
「君の聖魔法には、浄化の力がある。この土地だって、きっと元に戻せるはずだ」
俺の言葉に、セレスティアははっとしたように顔を上げた。その青い瞳に、希望の光が灯る。
「はい……! できます! リアム様がいてくだされば!」
そうだ。もう彼女は一人じゃない。そして俺も、一人じゃない。
俺たちは再び、教会の中でしたように向かい合った。セレスティアが少し照れくさそうに、その小さな手を差し出してくる。俺はその手を、今度は迷うことなくしっかりと握った。
「準備はいいか?」
「はい!」
セレスティアは力強く頷くと、目を閉じて祈りを捧げ始めた。
「――母なる大地の御名において願います。その身を蝕む呪いの枷を解き放ち、生命の息吹を再びその懐に宿したまえ。聖なる恵みを、今ここに!」
セレスティアの祈りに応え、彼女の身体から再び柔らかな光が溢れ出す。だが、今度の光は教会を浄化した時とは少し違っていた。天に昇るのではなく、大地へと染み込んでいくような、優しく、そして力強い光だった。
光が黒ずんだ大地に触れると、じゅわ、と音がして瘴気が霧散していく。そして、俺の身体には、教会を浄化した時とはまた質の違う代償が流れ込んできた。
それは、まるで氷の針が無数に突き刺さるような、冷たく鋭い感覚だった。大地の死。生命が失われる悲しみ。そういった負の概念が、奔流となって俺を襲う。
だが、俺は歯を食いしばって耐えた。この程度の代償、アレクたちの力を肩代わりしてきたことに比べれば、どうということはない。俺の身体が、その冷たい奔流をたちまち温かい魔力へと変えていく。
俺が代償を引き受けることで、セレスティアの魔法は何の阻害も受けずに、その力を最大限に発揮できた。
俺たちの足元から、奇跡が広がっていく。
光に照らされた黒い土は、みるみるうちに色を変えていった。死んだような灰色から、しっとりと水分を含んだ豊かな黒土へ。萎れていた雑草は塵となって消え、代わりに土のあちこちから、小さな緑の芽が顔を出す。
それは、この土地に本来眠っていた生命が、呪いから解放されて一斉に息を吹き返した証だった。
「すごい……土が、生き返っていく……!」
セレスティアは目を開け、目の前で起きている光景に感動の声を上げた。彼女の瞳はきらきらと輝いている。自分の力が、何かを破壊したり、誰かを苦しめたりするのではなく、こうして新しい生命を生み出している。その事実が、彼女にとって何よりの喜びなのだろう。
やがて光が収まった時、俺たちの目の前にあったのは、もはや死の大地ではなかった。
ふかふかとした健康的な土。どこからかミミズまで顔を出している。鼻をくすぐるのは、雨上がりの森のような、生命力に満ちた匂いだ。広さも十分。これなら、二人で食べる分くらいの作物は十分に育てられるだろう。
「やったな、セレスティア!」
俺が声をかけると、彼女は「はいっ!」と満面の笑みで答えた。その額には汗が光り、頬は興奮で上気している。その顔は、今まで見たどんな彼女よりも、生き生きとして美しかった。
俺たちは、生まれ変わった畑の真ん中で、しばらくその感動に浸っていた。
家ができて、今度は畑ができた。何もない場所から、自分たちの手で、生きるための基盤を一つずつ作り上げていく。その達成感が、心地よかった。
「リアム様」
不意に、セレスティアが改まった口調で俺を呼んだ。
「はい。わたしの力、ちゃんとお役に立てましたでしょうか」
彼女は少し不安そうに、上目遣いで俺の顔を窺う。その姿が、なんだか主人の評価を待つ子犬のようで、俺は思わず吹き出してしまった。
「ああ。君はすごいよ、セレスティア。君がいなきゃ、何も始まらなかった」
俺は彼女の頭に、ぽん、と手を置いた。彼女はびくりと肩を震わせたが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。
銀色に近い金髪は、驚くほど柔らかかった。
「さあ、畑ができたからには、次は種と苗だな。村の雑貨屋に売ってるか、聞きに行ってみよう」
「はい!」
俺たちは顔を見合わせて頷き合うと、生まれ変わった畑を背に、村へと向かって歩き出した。
二人で歩く村への道は、もう寂しいものではなかった。隣で嬉しそうに畑の話をするセレスティアの声を聞きながら、俺は確かに感じていた。
失ったものばかりを数えていた旅は、もう終わったのだと。ここから始まるのは、何かを生み出し、積み上げていくための、新しい旅なのだと。
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