追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第11話 芽生えと変化

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生き返った畑を背に、俺たちは連れ立って村へと向かった。さっきまでとは違い、セレスティアの足取りは驚くほど軽い。時折、自分の身体を確かめるように腕を伸ばしたり、軽く跳ねてみたりしている。苦痛のない身体が、よほど嬉しいのだろう。その無邪気な姿を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。

だが、村に足を踏み入れた途端、その和やかな空気は一変した。

俺たちの姿を認めた村人たちが、あからさまに距離を取る。ひそひそと何かを囁き合いながら、好奇と、そしてそれ以上に強い警戒と恐怖の視線を向けてくる。その視線のほとんどは、俺の隣を歩くセレスティアに集中していた。

彼女はびくりと肩を震わせ、さっきまでの明るい表情を消して俯いてしまった。俺の後ろに隠れるように、その歩みが小さくなる。長年向けられ続けてきた負の感情は、彼女の心に深い傷となって刻み込まれているのだ。

俺はセレスティアの前に立ち、彼女をかばうようにして村人たちを見返した。そして、何も言わずに彼女の手を引いて、雑貨屋へと向かう。無言の圧力に気圧されたのか、村人たちは蜘蛛の子を散らすように道を開けた。

雑貨屋の戸を開けると、昨日と同じ無愛想な女主人がカウンターの奥に座っていた。俺たちの姿を見ると、眉間の皺をさらに深くする。

「……何か用かい」

「畑仕事で使う、野菜の種か苗を分けてほしいんだが」

俺がそう言うと、女主人は鼻で笑った。

「あんたたちにかい? 無駄なことだね。あの呪われた土地じゃ、何も育ちゃしないよ。これまで何人もの物好きが挑戦したが、みんなすぐに諦めて出て行ったさ」

その言葉は、セレスティアの胸を抉っただろう。彼女の身体がこわばるのが、手に取るように分かった。

「土地はもう問題ない。だから、種を頼む」
「金はあるのかい」

女主人の現実的な問いに、俺はぐっと言葉に詰まった。無一文だとは、さすがに言えない。どうしたものかと思案していると、店の入り口から一人の男が顔を覗かせた。

「あのう……」

それは、日に焼けた若い農夫だった。彼はセレスティアの顔を恐る恐る見ながら、もじもじと何か言いたそうにしている。

「聖女様……。いや、セレスティア様。昨日は、うちの息子を助けていただき、本当にありがとうございました」

男は深々と頭を下げた。彼が、昨日セレスティアが助けたという、骨折した子供の父親なのだろう。

「あなたの息子さんが……」

セレスティアが驚いて顔を上げる。

「へい! あれほどの怪我だったのに、今朝にはもう元気に走り回ってまして。本当に、何とお礼を言ったらいいか……」

男はそこまで言うと、自分が持っていた麻袋を俺たちの前に差し出した。

「こんなものしかありませんが、どうぞお納めください。うちの畑で採れた、カブやニンジンの種です。それと、これは芋の苗です。丈夫で、すぐに育ちますんで」

それは、俺たちがまさに求めていたものだった。

セレスティアは、目の前に差し出された袋と男の顔を、信じられないものを見るような目で見比べていた。彼女が、村人から直接感謝の品を受け取るなど、これが初めてのことだったに違いない。

「……いいのですか」

「もちろん! 息子を救っていただいたご恩に比べれば、こんなもの!」

男は快活に笑った。その笑顔には、他の村人が向けるような恐怖の色はなかった。ただ純粋な感謝だけがあった。

「ありがとう……。ありがとうございます……」

セレスティアは震える声で礼を言うと、小さな手で大事そうに麻袋を受け取った。その瞳が、みるみるうちに潤んでいく。

俺も男に深く頭を下げた。

「助かる。本当にありがとう」

雑貨屋の女主人も、他の村人たちも、そのやり取りを遠巻きに、驚いたような顔で見ていた。

教会に戻った俺たちは、早速、もらったばかりの種と苗を植えることにした。

俺がクワの代わりになりそうな丈夫な枝で畑を耕し、畝を作る。セレスティアはその後に続き、一つ一つ丁寧に種を蒔き、苗を植えていく。最初はぎこちなかった彼女の手つきも、次第に慣れていった。土に触れる彼女の横顔は、とても楽しそうだった。

全ての種と苗を植え終えた頃には、日はすっかり西に傾いていた。

「よし、仕上げだ。セレスティア」

俺が声をかけると、彼女はこくりと頷いた。俺たちは再び手を繋ぐ。

「――生命の息吹に、聖なる祝福を」

セレスティアが短く祈ると、彼女の手から優しい光が放たれ、畑全体に降り注いでいく。それは大地を浄化した時のような力強い光ではなく、まるで木漏れ日のように穏やかで、温かい光だった。

生命の成長を促す祝福の魔法。もちろん、これも代償を伴う。植物の生命力を無理やり活性化させる反動は、術者に強烈な倦怠感となって跳ね返ってくるはずだ。だが、その代償も全て俺が引き受けた。

そして、奇跡は起きた。

俺たちが種を蒔いた場所から、ぽつ、ぽつ、と小さな緑の双葉が顔を出したのだ。芋の苗は、萎れていた葉をしゃんと伸ばし、力強く根を張る気配を見せた。

植えたばかりの種が、ものの数分で芽吹いた。常識では考えられない光景だ。

「……芽が、出た」

セレスティアが、感動に声を震わせた。自分の力が、今まさに新しい生命を育んでいる。その事実が、彼女の心を強く打ったのだろう。

俺たちは、その奇跡的な光景にしばらく見入っていた。

その様子を、数人の村人が丘の麓から遠巻きに眺めていることに、俺は気づいていた。

彼らは最初、死の大地で土いじりを始めた俺たちを、好奇と嘲笑の目で見ていたはずだ。だが、その大地から次々と緑の芽が顔を出すのを見て、彼らの表情は驚愕に変わっていった。

「おい、見たか? あの畑から芽が出てるぞ……」
「馬鹿な。あの土地で……?」
「聖女様が何か光る魔法を使っていたが……」

彼らの囁き声が、風に乗って微かに聞こえてくる。

セレスティアの力は呪いではなかった。大地を殺すのではなく、逆に生命を育む、真に聖なる力だった。そして、彼女の隣にいる謎の男。彼が来てから、聖女様は苦しむそぶりを見せなくなった。

彼らの心の中に、これまでセレスティアに対して抱いていた恐怖とは違う、新しい感情が芽生え始めていた。それは、畏怖と、そしてほんの少しの期待だった。

俺は、そんな村人たちを一瞥すると、隣で芽生えたばかりの双葉を愛おしそうに見つめているセレスティアに声をかけた。

「さあ、戻ろうセレスティア。晩飯の準備をしなきゃな」
「はい、リアム様!」

彼女は振り返り、今日一番の笑顔を見せた。

俺たちの畑に芽吹いた小さな双葉。そして、村人たちの心に芽生え始めた小さな変化。

この辺境の地で、何かが確かに変わり始めていた。俺たちの新しい生活は、まだ始まったばかりだ。
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