追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第12話 『光の剣』の異変

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リアムを追放してから、数日が過ぎた。

王都にある冒険者ギルド。そのラウンジは、いつものように多くの冒険者たちの熱気に満ちていた。そんな喧騒の中心で、勇者アレク率いる『光の剣』はひときわ大きな注目を集めていた。

「聞いたか? 『光の剣』が、北の霊峰に巣食うエンシェント・ワイバーンの討伐依頼を受けたらしいぞ」
「本当かよ! あれはギルドが数年間も放置していたSランク案件じゃないか!」
「さすがは王国最強パーティー。格が違うぜ」

周囲から聞こえてくる賞賛の声を、アレクは満足げに聞いていた。

「ふん。当然だ。我々でなければ、誰があの古竜を狩れるというのだ」

リアムがいなくなり、パーティーの雰囲気はむしろ良くなったとさえ感じていた。雑用や荷物持ちは、金で雇った日雇いのポーターに任せればいい。戦闘能力のない人間がいないだけで、これほど気楽だとは思わなかった。

「アレク様のおっしゃる通りですわ。これでようやく、我々本来の力を存分に発揮できます」

聖女イリーナはアレクに寄り添い、うっとりと微笑む。彼女もまた、目障りな存在が消えたことを喜んでいた。

「合理的判断だ。不要な要素は排除された。戦力は最適化されたと見るべきだな」

賢者マルスはテーブルに広げた地図を眺めながら、淡々と呟いた。

「しかし、いきなり霊峰に挑むのは少々準備不足だ。まずは肩慣らしが必要だろう。ポーターの実力も見ておきたいしな」

アレクはギルドの依頼掲示板に目を向けた。

「ちょうどいいのがある。王都近郊の森での、ゴブリンの巣の掃討作戦。Cランク向けの依頼だが、リハビリには最適だ」

ゴブリン討伐。それは、彼らが駆け出しの頃に飽きるほどこなした、ありふれた依頼だった。今やSランクの彼らにとって、それは戦闘ですらなく、ただの作業に等しい。

「よろしいですわね。軽く体を動かすにはちょうどいいでしょう」
「異論はない」

三人の意見はすぐに一致した。彼らはギルドで雇った二人のポーターを伴い、意気揚々と王都を出発した。お荷物がいなくなり、自分たちの真価を発揮できる。その高揚感が、三人を包んでいた。

目的の森は、王都から半日ほどの距離にあった。ポーターは黙々と荷物を運び、野営の準備も手際が良い。

「ふん。リアムよりよほど使えるな」

アレクの言葉に、イリーナもマルスも同意するように頷いた。彼らの頭の中から、リアムという男の記憶は急速に薄れつつあった。

ゴブリンの巣は、森の奥にある洞窟だった。入り口には粗末な見張りが数匹。アレクはポーターたちに「ここで待っていろ」と命じると、三人だけで洞窟の中へと進んでいった。

洞窟の中は、ゴブリン特有の獣臭と腐敗臭が充満していた。薄暗い通路を進んでいくと、奥の広間から複数のゴブリンの気配がする。数は三十といったところか。

「さて、一掃するか」

アレクは聖剣ソルブレイバーを抜き放つ。その刀身が、洞窟の闇の中で神々しい光を放った。

「雑魚相手に聖剣を抜く必要もないだろう」
「まあ、そう言うなマルス。こいつはただのウォーミングアップだ」

アレクは口の端を吊り上げると、ゴブリンの群れへと突進した。

聖剣が一閃されるたびに、ゴブリンが紙切れのように舞う。イリーナは後方から支援の光を放ち、アレクの力を増幅させる。マルスは詠唱もせずに牽制の魔法を放ち、ゴブリンたちの動きを的確に封じていた。

連携は完璧。まさに、王国最強の名に恥じない戦いぶりだった。

あっという間に、ゴブリンの数は半分以下になった。アレクは最後の仕上げとばかりに、聖剣を大きく振りかぶった。

「終わりだ!」

横薙ぎの一閃が、残りのゴブリン全てをまとめて薙ぎ払う。断末魔の悲鳴が洞窟に響き渡り、やがて静寂が訪れた。戦闘開始から、わずか数分。圧勝だった。

アレクは剣についた血を振り払い、満足げに息をつく。

だが、その時だった。

「……ん?」

妙な感覚が、アレクを襲った。身体の芯から力が抜けていくような、経験したことのない重い疲労感。まるで鉛の鎧をまとったかのように、腕がだるい。呼吸が、わずかに乱れていた。

(なんだ……? この、だるさは……)

ゴブリンを三十匹ほど斬っただけだ。こんなことで疲労を感じるなど、あり得ない。オークの軍勢を一人で相手にした時でさえ、こんな感覚はなかった。

「さすがですわ、アレク様! 瞬く間に片付けてしまいましたね!」

イリーナが駆け寄ってくる。アレクは慌てて背筋を伸ばし、何事もなかったかのように装った。

「ふん、当然だ。こんな雑魚、何の苦にもならん」

虚勢を張る。この俺が、ゴブリン相手に疲れたなどと、口が裂けても言えるはずがなかった。気のせいだ。少し、身体がなまっているだけだろう。そう自分に言い聞かせた。

その時、マルスが「ちっ」と小さく舌打ちをした。

「どうした、マルス」
「いや。岩陰に隠れていた奴に気づかなかった。不覚だ」

見ると、マルスのローブの裾が僅かに裂け、すねから血が流れていた。生き残っていたゴブリンが、最後の力を振り絞って放った矢がかすめたらしい。Sランク冒険者にあるまじき失態だった。

「まあ、油断は禁物ということですね。マルス、こちらへ。すぐに治しますわ」

イリーナがマルスの前にひざまずき、その傷口に手をかざした。

「聖なる光よ、その傷を癒したまえ――ヒール」

柔らかな光が、イリーナの手から放たれる。いつもなら、この光に照らされた傷は瞬時に塞がるはずだった。

だが。

「……?」

イリーナは首を傾げた。傷の治りが、明らかに遅い。光の粒子が傷口に染み込んでいく速度が、普段より緩慢なのだ。完全に傷が塞がるまで、いつもより数秒も長くかかった。

そして、魔法を使い終えたイリーナは、こめかみの奥にズキリと走る小さな痛みを感じた。

(まあ……? わたくしの聖なる力が、少し鈍っている……? いいえ、そんなはずは……。きっと、この不浄な洞窟の空気に当てられただけですわ)

彼女もまた、自身の不調を認めようとしなかった。神に選ばれた自分の力が衰えるなど、あってはならないことだからだ。

マルスも、自分の身体に起きた異変に気づいていた。すねの傷自体は大したことはない。問題は、矢に気づけなかったことだ。戦闘中、彼の思考には常に奇妙なノイズが混じり、集中力が普段よりも散漫になっていた。

(思考速度が落ちている……? いや、慢心か。ゴブリン相手だと油断していたのは事実だ。気を引き締めねばな)

三者三様、それぞれが自身の不調を気のせいか、あるいは慢心が原因だと結論づけた。その根本的な原因が、たった一人の男の不在にあるなどとは、誰も夢にも思わない。

洞窟から出ると、ポーターたちが慌てて駆け寄ってきた。

「お見事でございます、勇者様!」
「我々の出番はなかったようですな」

アレクはポーターたちの称賛に尊大に頷きながらも、内心ではまだ燻る疲労感に眉をひそめていた。だが、彼はそれを振り払うように、高らかに宣言した。

「さて、ウォーミングアップは済んだ。王都に戻り次第、準備を整える。次は本番、エンシェント・ワイバーンだ。最高の状態で臨むぞ!」

その言葉に、イリーナとマルスは力強く頷いた。

彼らはまだ、自分たちの身体が蝕まれ始めていることに気づいていない。そして、その『最高の状態』が、もう二度と自分たちに訪れることはないという事実にも。

破滅へと向かう歯車は、静かに、だが確実に回り始めていた。
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