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第14話 聖女の再臨
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農夫の先導で、俺たちは村の中心にある小さな広場へと向かった。そこには、十数人の村人たちが集まっていた。皆、憔悴しきった顔で、不安げにこちらを見ている。広場の隅にある集会所からは、病に苦しむ人々の苦しげな咳や呻き声が漏れ聞こえていた。
俺たち、特にセレスティアの姿を認めると、村人たちの間に動揺が走った。恐怖、不信、そして藁にもすがるような僅かな期待。様々な感情が入り混じった視線が、彼女に突き刺さる。
セレスティアは一瞬、その空気に怯むように足を止めた。だが、俺が隣で彼女の手を強く握ると、彼女はこくりと頷き、覚悟を決めたように顔を上げた。
「皆さん。わたしに、病に苦しむ方々を診させてください」
セレスティアの凛とした声が、広場に響き渡った。村人たちはざわめき、互いに顔を見合わせている。誰もが、彼女の力を借りることを躊躇していた。彼女に癒やされれば、その代償として彼女が苦しむことになる。その事実が、彼らの心に重くのしかかっていた。
一人の老婆が、おずおずと前に進み出た。
「聖女様……。お気持ちはありがたいですが……。あなたのそのお力は……」
その言葉に、他の村人たちも頷く。
「そうだ。あんたに頼って、またあんたが倒れちまったら、俺たちの寝覚めが悪い」
「わしらは、あんたを苦しめたいわけじゃねえんだ」
意外な言葉だった。彼らはセレスティアを恐れてはいたが、決して憎んでいたわけではなかったのだ。むしろ、彼女を苦しめることへの罪悪感が、彼らを彼女から遠ざけていた。
その事実に、セレスティアは少し驚いたように目を見開いた。
俺は一歩前に出ると、集まった村人たちに向かってはっきりと告げた。
「心配は無用だ。彼女の力は、もう誰かを苦しめることはない」
俺の断言に、村人たちは怪訝な顔をする。俺が何者なのか、彼らは知らないのだから当然だ。
「この人が、本当に大丈夫だという保証はどこにある」
「あんたは一体、何者なんだ」
村人たちの問いに、俺は答えない。代わりに、セレスティアの方を向いて頷いた。言葉で説明するよりも、事実を見せた方が早い。
セレスティアは俺の意図を汲み取ると、集会所の中へと静かに入っていった。俺も、彼女の隣にぴったりと寄り添って続く。
集会所の中は、まさに地獄絵図だった。狭い空間に敷かれた簡易な寝床の上で、子供から老人まで、二十人近い人々が苦しそうに横たわっている。高い熱に浮かされ、ぜえぜえと苦しげな息を繰り返し、時折激しく咳き込んでいる。空気は重く、死の匂いさえ漂っているようだった。
セレスティアは目の前の光景に息を呑んだが、すぐに決意を固めた表情で、一番近くにいた小さな子供のそばに膝をついた。男の子は顔を真っ赤にし、荒い呼吸を繰り返している。
彼女は俺の手を固く握ったまま、空いている方の手を、そっと子供の額に置いた。
「聖なる光よ。この幼き命を蝕む病魔を、その慈悲の輝きをもって浄めたまえ」
セレスティアの祈りに応え、その手から温かい光が溢れ出した。光は子供の身体を優しく包み込み、その内側へと染み込んでいく。
すると、俺の身体に、病の『代償』が流れ込んできた。それは、身体の内側から焼かれるような高熱の感覚と、肺を締め付けられるような息苦しさだった。だが、俺は顔色一つ変えずに、その全てを受け止める。俺の中で、その負のエネルギーは瞬時に浄化されていった。
隣にいるセレスティアは、何の変化もなかった。苦しむそぶりはおろか、顔色一つ変えずに、ただ穏やかな表情で祈りを捧げ続けている。
そして、奇跡が起きた。
みるみるうちに、子供の顔から赤みが引いていく。荒かった呼吸は、すやすやという穏やかな寝息に変わった。額に浮かんでいた汗もすっと引き、その表情は安らかそのものだった。
「……あ……」
集会所の入り口から固唾を呑んで見守っていた村人たちから、驚きの声が漏れた。
子供の母親らしき女性が、信じられないといった様子で駆け寄り、息子の額に触れる。
「熱が……引いてる……! あんなに苦しそうだったのに……!」
母親は涙ながらに声を上げ、その場に崩れるようにしてセレスティアに手を合わせた。
だが、セレスティアはそれに構わず、すぐに次の病人の元へと向かった。咳き込んでいた老人の胸に手を当て、再び祈りを捧げる。苦しげだった老人の咳はぴたりと止み、穏やかな表情を取り戻した。
また一人、また一人と、セレスティアは次々と病人を癒やしていく。その隣には常に俺がいて、彼女の手を握り続けていた。
その光景は、村人たちの目にはこう映っていた。
聖女様は、何の苦痛も感じることなく、ただ祈るだけで次々と奇跡を起こしていく。その隣にいる謎の男が、まるで防波堤のように、聖女様へと向かう全ての呪いを一身に受け止めているかのように。
俺が何をしているのか、彼らには正確には分からないだろう。だが、俺がセレスティアにとって不可欠な存在であることだけは、誰の目にも明らかだった。
集会所にいた全ての病人が癒やされた頃、外はすっかり日が暮れていた。
セレスティアは最後の祈りを終えると、静かに立ち上がった。彼女の額には汗一つなく、その表情はむしろ、使命を果たした満足感で輝いてさえいた。
回復した人々、そしてその家族たちが、次々と俺たちの前に集まってくる。そして、誰からともなく、その場にひざまずいた。
広場に集まっていた村人たちも、集会所の前で見ていた農夫も、老婆も、皆がひざまずき、祈るように頭を垂れている。
「聖女様……」
「ありがとうございます……!」
「あなたは、我々の救い主だ……!」
感謝と、畏敬と、そして心からの賞賛。かつて彼女を「呪われた聖女」と呼んだ者たちが、今、彼女を本当の聖女として崇めている。
セレスティアは、その光景をただ静かに、涙を浮かべて見つめていた。それは悲しみの涙ではない。長かった孤独が終わり、ようやく人々に受け入れられた喜びの涙だった。
俺は、そんな彼女の肩をそっと抱いた。
「よく頑張ったな、セレスティア」
俺の言葉に、彼女はこくりと頷き、俺の胸に顔をうずめた。
聖女の再臨。この日、この辺境の小さな村で起きた奇跡は、やがて静かな伝説として語り継がれていくことになる。だが、その伝説の影に、俺という存在がいたことを知る者は、今はまだ誰もいない。
俺たち、特にセレスティアの姿を認めると、村人たちの間に動揺が走った。恐怖、不信、そして藁にもすがるような僅かな期待。様々な感情が入り混じった視線が、彼女に突き刺さる。
セレスティアは一瞬、その空気に怯むように足を止めた。だが、俺が隣で彼女の手を強く握ると、彼女はこくりと頷き、覚悟を決めたように顔を上げた。
「皆さん。わたしに、病に苦しむ方々を診させてください」
セレスティアの凛とした声が、広場に響き渡った。村人たちはざわめき、互いに顔を見合わせている。誰もが、彼女の力を借りることを躊躇していた。彼女に癒やされれば、その代償として彼女が苦しむことになる。その事実が、彼らの心に重くのしかかっていた。
一人の老婆が、おずおずと前に進み出た。
「聖女様……。お気持ちはありがたいですが……。あなたのそのお力は……」
その言葉に、他の村人たちも頷く。
「そうだ。あんたに頼って、またあんたが倒れちまったら、俺たちの寝覚めが悪い」
「わしらは、あんたを苦しめたいわけじゃねえんだ」
意外な言葉だった。彼らはセレスティアを恐れてはいたが、決して憎んでいたわけではなかったのだ。むしろ、彼女を苦しめることへの罪悪感が、彼らを彼女から遠ざけていた。
その事実に、セレスティアは少し驚いたように目を見開いた。
俺は一歩前に出ると、集まった村人たちに向かってはっきりと告げた。
「心配は無用だ。彼女の力は、もう誰かを苦しめることはない」
俺の断言に、村人たちは怪訝な顔をする。俺が何者なのか、彼らは知らないのだから当然だ。
「この人が、本当に大丈夫だという保証はどこにある」
「あんたは一体、何者なんだ」
村人たちの問いに、俺は答えない。代わりに、セレスティアの方を向いて頷いた。言葉で説明するよりも、事実を見せた方が早い。
セレスティアは俺の意図を汲み取ると、集会所の中へと静かに入っていった。俺も、彼女の隣にぴったりと寄り添って続く。
集会所の中は、まさに地獄絵図だった。狭い空間に敷かれた簡易な寝床の上で、子供から老人まで、二十人近い人々が苦しそうに横たわっている。高い熱に浮かされ、ぜえぜえと苦しげな息を繰り返し、時折激しく咳き込んでいる。空気は重く、死の匂いさえ漂っているようだった。
セレスティアは目の前の光景に息を呑んだが、すぐに決意を固めた表情で、一番近くにいた小さな子供のそばに膝をついた。男の子は顔を真っ赤にし、荒い呼吸を繰り返している。
彼女は俺の手を固く握ったまま、空いている方の手を、そっと子供の額に置いた。
「聖なる光よ。この幼き命を蝕む病魔を、その慈悲の輝きをもって浄めたまえ」
セレスティアの祈りに応え、その手から温かい光が溢れ出した。光は子供の身体を優しく包み込み、その内側へと染み込んでいく。
すると、俺の身体に、病の『代償』が流れ込んできた。それは、身体の内側から焼かれるような高熱の感覚と、肺を締め付けられるような息苦しさだった。だが、俺は顔色一つ変えずに、その全てを受け止める。俺の中で、その負のエネルギーは瞬時に浄化されていった。
隣にいるセレスティアは、何の変化もなかった。苦しむそぶりはおろか、顔色一つ変えずに、ただ穏やかな表情で祈りを捧げ続けている。
そして、奇跡が起きた。
みるみるうちに、子供の顔から赤みが引いていく。荒かった呼吸は、すやすやという穏やかな寝息に変わった。額に浮かんでいた汗もすっと引き、その表情は安らかそのものだった。
「……あ……」
集会所の入り口から固唾を呑んで見守っていた村人たちから、驚きの声が漏れた。
子供の母親らしき女性が、信じられないといった様子で駆け寄り、息子の額に触れる。
「熱が……引いてる……! あんなに苦しそうだったのに……!」
母親は涙ながらに声を上げ、その場に崩れるようにしてセレスティアに手を合わせた。
だが、セレスティアはそれに構わず、すぐに次の病人の元へと向かった。咳き込んでいた老人の胸に手を当て、再び祈りを捧げる。苦しげだった老人の咳はぴたりと止み、穏やかな表情を取り戻した。
また一人、また一人と、セレスティアは次々と病人を癒やしていく。その隣には常に俺がいて、彼女の手を握り続けていた。
その光景は、村人たちの目にはこう映っていた。
聖女様は、何の苦痛も感じることなく、ただ祈るだけで次々と奇跡を起こしていく。その隣にいる謎の男が、まるで防波堤のように、聖女様へと向かう全ての呪いを一身に受け止めているかのように。
俺が何をしているのか、彼らには正確には分からないだろう。だが、俺がセレスティアにとって不可欠な存在であることだけは、誰の目にも明らかだった。
集会所にいた全ての病人が癒やされた頃、外はすっかり日が暮れていた。
セレスティアは最後の祈りを終えると、静かに立ち上がった。彼女の額には汗一つなく、その表情はむしろ、使命を果たした満足感で輝いてさえいた。
回復した人々、そしてその家族たちが、次々と俺たちの前に集まってくる。そして、誰からともなく、その場にひざまずいた。
広場に集まっていた村人たちも、集会所の前で見ていた農夫も、老婆も、皆がひざまずき、祈るように頭を垂れている。
「聖女様……」
「ありがとうございます……!」
「あなたは、我々の救い主だ……!」
感謝と、畏敬と、そして心からの賞賛。かつて彼女を「呪われた聖女」と呼んだ者たちが、今、彼女を本当の聖女として崇めている。
セレスティアは、その光景をただ静かに、涙を浮かべて見つめていた。それは悲しみの涙ではない。長かった孤独が終わり、ようやく人々に受け入れられた喜びの涙だった。
俺は、そんな彼女の肩をそっと抱いた。
「よく頑張ったな、セレスティア」
俺の言葉に、彼女はこくりと頷き、俺の胸に顔をうずめた。
聖女の再臨。この日、この辺境の小さな村で起きた奇跡は、やがて静かな伝説として語り継がれていくことになる。だが、その伝説の影に、俺という存在がいたことを知る者は、今はまだ誰もいない。
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