追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第22話 囚われの王女

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フィンの懇願を、俺は断ることができなかった。

村長や村人たちに事情を話すと、彼らは心配そうな顔をしながらも、俺たちの決断を尊重してくれた。

「リアム様とセレスティア様が決めたことなら、我々は何も言いません。ですが、必ずご無事で戻ってきてください。ここが、お二人の帰る場所なのですから」

村長の温かい言葉に送られ、俺とセレスティアはフィンと共にエルフの国『シルヴァヌス』へと向かうことになった。

シルヴァヌスは、人間が住む領域から遠く離れた、深い森の奥にあるという。フィンの先導で、俺たちは森の奥深くへと分け入っていった。彼が歩く道は、俺たち人間には道とさえ認識できないような場所だった。だが、彼の足取りに迷いはない。

数日間の旅路は、これまでの放浪の旅とは全く違っていた。フィンは優れた案内人であり、斥候だった。彼は森のあらゆる知識に精通しており、食料となる木の実や薬草を的確に見つけ出し、危険な魔獣の気配を誰よりも早く察知して回避ルートを取った。パーティー時代の俺の役割を、彼は一人で、しかも遥かに高いレベルでこなしていた。

旅の途中、フィンは少しずつ王女ルナリエルのことを話してくれた。彼女はエルフの中でも特に優れた剣の才能を持ち、次代の女王として、民の期待を一身に背負っていたこと。民を思う心が人一倍強く、だからこそ魔剣の力に頼ってしまったこと。そして、呪いに蝕まれながらも、最後の理性を振り絞って「私を殺して」と懇願したこと。

その話を聞くたびに、セレスティアは悲しそうに胸の前で手を組んでいた。俺もまた、会ったこともない王女の姿に、守るべきもののために力を求め、その力に呑まれてしまった者の悲哀を感じずにはいられなかった。

旅を始めて五日が過ぎた頃、森の空気が変わった。淀みがなく、どこまでも澄み切った清浄な空気に満たされている。

「着きました。ここが、我らが故郷シルヴァヌスです」

フィンの言葉と共に、視界が開けた。そこに広がっていたのは、幻想という言葉ですら陳腐に聞こえるほどの、美しい光景だった。

巨大な樹木が、それ自体が塔のように天へと伸び、その枝々には蔦で編まれた吊り橋がかけられている。家々は、木々と完全に一体化するように建てられており、自然の造形を一切損なっていない。木々の間からは、水晶のように透き通った小川が流れ、そのせせらぎが心地よい音楽のように響いていた。

空気中には、淡い魔力の粒子が光の粉のように舞っている。これが、エルフの国。人間界とは隔絶された、神秘の領域。

だが、その美しさとは裏腹に、俺たちに向けられる視線は冷ややかだった。

俺とセレスティアがフィンと共に国の中心へと歩を進めると、木々の陰や家々の窓から、多くのエルフたちがこちらを窺っていた。その翡翠のような瞳に宿るのは、好奇心よりも、あからさまな不信と軽蔑の色だった。

「人間……? なぜフィンは、穢れた人間などを連れてきたのだ」
「まさか、あの噂は本当だったのか。姫を救うために、人間の力を借りると……」
「我々エルフの誇りはどうした。下等な種族に助けを乞うなど、屈辱だ」

彼らの囁き声は、俺たちの耳にもはっきりと届いた。セレスティアは、その敵意に満ちた空気に怯えるように、俺のローブの裾をぎゅっと握りしめた。俺はそんな彼女を安心させるように、黙って歩き続けた。

やがて俺たちは、ひときわ巨大な樹木――シルヴァヌスの王城ともいえる『世界樹の宮』へとたどり着いた。そこで待っていたのは、荘厳な玉座に腰掛けた、一人の壮年のエルフだった。白金の髪には威厳を示す銀の冠が輝いている。彼が、この国の王なのだろう。

だが、王の表情は、その威厳とは裏腹に、深い疲労と苦悩にやつれていた。

「フィン、戻ったか。……そして、その者たちが?」

王の声は、乾いた木の葉が擦れるようにか細かった。彼は玉座からゆっくりと立ち上がると、俺たちの前まで歩み寄ってきた。そして、フィンと同じように、俺たちを値踏みするような目で見た。

「父上、この方々が……」

フィンが何か言おうとするのを、王は手で制した。

「人間よ。名はリアムと聞いた。お主、本当に我が娘、ルナリエルを救えるのか」

その問いは、藁にもすがる者の祈りであり、同時に、最後の望みを託す相手への厳しい試練でもあった。

「お約束はできません」

俺は、正直に答えた。

「ですが、彼女を苦しめる呪いを、俺が引き受けることはできるかもしれません。試してみなければ、何も分かりません」

俺の誠実な、しかし確信のない答えに、王の周囲に控えていたエルフの重臣たちがざわめいた。「無礼な!」「やはり人間など信用できん!」という声が上がる。

だが、王は静かに目を閉じて、長く息を吐いた。

「……そうか。試す、か。もはや、我々にはそれしか残されておらんのも事実」

王は目を開けると、その瞳にわずかな光を宿して言った。

「よかろう。我が娘に会うことを許可する。もし、お主がルナリエルを救うことができたなら、望むものを何でも与えよう。国の半分でも、な。だが……もしお主が娘を弄び、あるいは傷つけるようなことがあれば、その時はお主の魂が塵となるまで、森の怒りをその身に受けることになる。覚悟しておけ」

それは、王としての最後の威厳と、父親としての必死の願いが入り混じった言葉だった。俺は、その言葉を黙って受け止め、深く頷いた。

フィンに案内され、俺たちは宮のさらに奥深くへと進んでいった。美しい回廊を抜け、緑豊かな中庭を過ぎる。だが、進むにつれて、周囲の空気が徐々に重く、よどんでいくのを感じた。

やがてたどり着いたのは、宮の中で唯一、異様な気配を放つ場所だった。

そこは、黒く、禍々しい茨が幾重にも絡み合って形成された、巨大なドーム状の牢獄だった。茨はまるで生きているかのように蠢き、その棘の先からは、呪いの瘴気が黒い霧となって立ち上っている。美しいエルフの国には、あまりにも不釣り合いな光景だった。

「ここです。ルナリエル様は、この中に……」

フィンの声が、苦痛に歪む。

その時だった。

牢獄の奥から、獣の咆哮のような、凄まじい絶叫が響き渡った。

「ギィィィィィィィアアアアアアアッ!」

そして、ガギン! という金属音。茨の壁が内側から激しく揺さぶられ、火花が散る。何者かが、凄まじい力で内側から斬りかかっているのだ。

俺たちは、茨の隙間から、牢獄の内部を窺った。

そこにいたのは、もはや『王女』の面影をどこにも残していない、一人の狂戦士だった。

月光のように美しいはずの銀髪は乱れ、血走った瞳は憎悪と狂気の色に染まっている。優雅なエルフの装束は引き裂かれ、その手には、不吉な紫色の光を放つ、禍々しい魔剣が握られていた。

彼女は、ただひたすらに、獣のような叫び声を上げながら、魔剣を茨の壁に叩きつけている。一振りごとに、空間が歪むほどの剣圧が生まれ、牢獄全体が震えた。

その姿から放たれる呪いの瘴気は、これまで俺が経験したことがないほどに濃密で、邪悪だった。隣に立つセレスティアは、そのおぞましい気配に顔を真っ青にし、口元を押さえて震えている。

これが、魔剣【月穿】の呪い。
これが、囚われの王女、ルナリエルの現在の姿。

絶望的な光景を前に、フィンは唇を噛み締め、王はただ黙ってその光景を見つめていた。

俺は、そんな彼らの横で、ただ静かに、狂える王女を見据えていた。

(なるほどな。これは、セレスティアの呪いとは比べ物にならない。だが……)

俺は、自分の内側でスキルが疼くのを感じていた。この強大な呪いを、喰らってみたい、と。俺の【代償転嫁】が、叫んでいるかのようだった。

「……面白い」

俺の口から、無意識にそんな言葉が漏れていた。
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