追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第57話 エデン防衛戦

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地平線の向こうから現れたバルカスの軍勢は、やがてその全貌を現した。三百の兵士が掲げる槍の穂先が朝日に鈍くきらめいている。統率は取れていないものの、その数は純粋な暴力として見る者に威圧感を与えた。

彼らはエデンの村が丘の上にあるのを見ると、麓に陣を敷いた。軍の中心には馬上でふんぞり返るバルカス本人の姿が見える。彼はまるで蟻の巣を見下ろすかのように、丘の上の俺たちを嘲笑っていた。

「見ろ、あの貧相な村を。あんなもの、半日もあれば蹂躙できるわ」

彼の傲慢な声が風に乗って微かに聞こえてくるようだった。

俺は防壁の上からその光景を冷静に見下ろしていた。俺の隣には村長と、弓を構えた村の若者たちが並んでいる。彼らの顔には緊張の色が浮かんでいたが、恐怖に怯える者は一人もいなかった。

「計画通り、まずは『狭間の谷』へ誘い込みます」

俺が静かに告げると、隣にいたアイリスがこくりと頷いた。

「はい、リアムさん! 派手にやってきますね!」

彼女はそう言うとフレアの背中にひらりと飛び乗った。真紅の幼竜は力強く翼を羽ばたかせ、一気に空へと舞い上がる。

太陽を背に赤い竜が降下してくる。その神々しいまでの姿に、麓の領主軍からどよめきが上がった。

「な、なんだ、あの竜は!?」
「報告にあった赤い竜か! 本当にいやがった!」

兵士たちが動揺する中、アイリスとフレアは彼らの頭上すれすれをかすめるように、挑発的な低空飛行を行った。

「やーい、この臆病者たち! わたしたちを捕まえられるものなら捕まえてみなさーい!」

アイリスの子供っぽい挑発の声が響き渡る。フレアもまた小さな火球を、兵士たちの足元にぽとりと落としてみせた。もちろん、誰にも当たらないように絶妙なコントロールで。

そのあからさまな挑発に、短気なバルカスが即座に食いついた。

「生意気な小娘が! 何をぼさっとしておる! 弓兵、撃ち落とせ! 騎馬隊は追撃しろ! あの竜を捕らえた者には褒美をくれてやる!」

彼の金切り声のような命令に、兵士たちが我先にと動き出した。弓兵が空に向かって矢を放つが、俊敏なフレアの動きにかすりもしない。騎馬隊は空を飛ぶ竜を追いかけて、無秩序に駆け出した。

「ふふん、思った通り単純ですね!」

アイリスは舌を出すとフレアを巧みに操り、敵の軍勢をゆっくりと『狭間の谷』へと誘導していく。そこは両側を切り立った崖に挟まれた一本道の隘路。伏兵を置くには、まさにうってつけの場所だった。

「よし、かかった!」

防壁の上からその様子を見ていた俺は、確かな手応えを感じた。

バルカスの軍勢は何の疑いも持たず、獲物を追う猟犬のように次々と谷の中へと進んでいく。先頭の騎馬隊が谷の中央に差し掛かった、その瞬間。

俺は右手を高く掲げ、そして力強く振り下ろした。

「――今だ!」

その合図を待っていたのは、谷の崖の上に潜んでいたソフィアだった。彼女は地面に描かれた巨大な魔法陣の上に立ち、静かに杖を掲げた。

「目覚めなさい、大地の怒りよ――『ランドスライド』!」

彼女の詠唱に応え、大地が咆哮を上げた。ズズズズズ……!という地響きと共に、谷の両側の崖が激しく震え、巨大な岩と土砂が滝のように谷底へと崩れ落ちていく。

それはもはや自然災害だった。

「な、なんだあっ!?」
「うわあああああっ!」

谷にいた兵士たちは何が起こったのか理解する間もなく、土砂の濁流に飲み込まれていった。土砂崩れは谷の入り口と出口を完全に塞ぎ、領主軍を前衛と後衛に完璧に分断した。

さらに、その混乱を好機と見た崖の上の第二陣が動く。

「放て!」

タロウの号令一下、崖の両側に潜んでいた村の弓兵たちが一斉に火矢を放った。無数の炎の矢が雨のように谷底へと降り注ぎ、孤立した敵の前衛部隊に追い打ちをかける。

「火だ! 火の手が!」
「囲まれた! 罠だ!」

敵陣は完全にパニックに陥っていた。指揮官は土砂に巻き込まれ、兵士たちはただ逃げ惑うだけ。もはや軍隊としての統制は完全に失われていた。

そしてその混乱の極みに、銀色の閃光が突き刺さった。

「――お掃除の時間よ」

ルナリエルだった。彼女は分断された敵の後衛部隊――バルカスがいる本隊の側面から、音もなく現れた。

彼女の剣はもはや人の領域を超えていた。彼女が駆け抜けた後には、武器を弾き飛ばされ、鎧を切り裂かれ、戦意を喪失して倒れ伏す兵士たちの山が築かれていくだけだった。

「ひ、ひいいいっ! 化け物だ!」
「逃げろ! こいつには勝てねえ!」

寄せ集めの傭兵たちは死の恐怖を前に、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「ま、待て! 逃げるな、貴様ら!」

馬上でその光景を見ていたバルカスは、顔を真っ青にしてわめき散らした。だが、もはや彼の声に耳を貸す者はいなかった。

俺たちのエデン防衛戦はこうして始まった。

それはもはや『戦い』と呼ぶのもおこがましい、一方的な蹂躙だった。

リアムの完璧な指揮。
アイリスの巧みな陽動。
ソフィアの圧倒的な古代魔法。
そして、ルナリエルの無慈悲な剣技。

俺たちがこれまで築き上げてきた全ての力が完璧なハーモニーを奏で、敵の軍勢を赤子の手をひねるように打ち破っていく。

防壁の上からその光景を見下ろしながら、俺は静かに拳を握りしめた。

これは、俺たちの楽園を守るための聖戦なのだ。
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