追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第65話 崩壊した勇者パーティー

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王都の裏路地に佇む薄汚れた酒場『豚と猪亭』。
かつて『光の剣』が拠点としていた高級宿とは似ても似つかない、酸っぱいエールの匂いと安酒に溺れた者たちの野卑な笑い声が満ちる場所。その一番奥の薄暗いテーブルで、三人の男女が重い沈黙の中で酒を呷っていた。

勇者アレク、聖女イリーナ、賢者マルス。
Bランクへの降格から一月。彼らの姿には、もはや王国最強と謳われた頃の輝きは欠片も残っていなかった。

アレクの黄金の髪は手入れを怠っているのか艶を失い、その目には常に焦りと苛立ちの色が浮かんでいる。イリーナの純白の法衣は薄汚れ、その美しい顔には力の衰えへの恐怖からくる隈が深く刻まれていた。マルスは以前にも増して深くフードを被り、その存在感を消しているかのようだった。

彼らの前には、ほとんど手付かずの料理が冷めている。ギルドで受けられる依頼はゴブリン退治や薬草採取といった、彼らがかつて見向きもしなかったような低ランクのものばかり。そして、その簡単なはずの依頼さえ、彼らはまともにこなすことができなくなっていた。

「……ちっ」

アレクが悪態をついてエールの杯をテーブルに叩きつけた。ガシャン、と大きな音が響き、周囲の酔客たちが一瞬だけこちらを向くが、すぐに興味を失ったように自分たちの喧騒へと戻っていった。もはや彼らに注目する者など誰もいない。

「今日の依頼も、結局目標の半分も達成できんかったな」

アレクは吐き捨てるように言った。今日の依頼は、森に生息するホーンラビットの討伐。子供の使いのような依頼だった。だが、アレクは聖剣の代償による疲労で動きが鈍り、俊敏な魔物を取り逃がし続けた。イリーナはかすり傷を負ったマルスを治癒しようとして力の反動にえずき、その場にうずくまった。マルスの魔法は狙いが定まらず、森の木を数本なぎ倒しただけだった。

「……申し訳ありませんでしたわ、アレク様。わたくしがもっとしっかりしていれば……」

イリーナがか細い声で謝罪する。だが、その言葉にはかつてのようなアレクへの絶対的な信頼はなく、ただ責任を追及されることへの恐怖だけが滲んでいた。

「ふん。お前だけのせいではないだろう」

アレクは、フードを被ったまま黙り込んでいるマルスを憎々しげに睨みつけた。

「おい、マルス。貴様もだ。ホーンラビット一匹にファイアボールを当てることもできんとはどういうことだ。賢者の名が泣くぞ」

その刺々しい言葉に、マルスはゆっくりと顔を上げた。フードの奥の瞳が、冷たい光を宿してアレクを見返す。

「……君に言われたくはないな。勇者殿。君のその剣こそ、もはや老婆の編み物針ほどにもキレがないように見えたが?」

「なんだと……!?」

アレクが激昂して立ち上がった。テーブルがガタリと揺れる。

「や、やめてください、お二人とも……!」

イリーナが泣きそうな声で仲裁に入る。だが、一度燃え上がった不和の炎はもはや誰にも消すことはできなかった。

「俺の剣がなまっただと? 笑わせるな! 俺の力が衰えたのではない! お前たち二人が足を引っ張るからだ! 支援も回復もまともにできない役立たずどもを抱えて、どう戦えというのだ!」

アレクの怒声が酒場に響き渡る。その言葉はもはや仲間に向けるものではなかった。ただ、自分の不甲斐なさを棚に上げ、責任を転嫁するための醜い罵声だった。

その言葉に、ついにイリーナの何かがぷつりと切れた。

「……役立たず?」

彼女は虚ろな目でアレクを見上げた。その瞳には、もはや何の感情も浮かんでいない。

「役立たずは、あなたの方ではございませんか、アレク『様』?」

そのあまりにも冷たい声に、アレクは一瞬言葉を失った。

「あなたこそ、かつての栄光にすがり、自分の衰えから目を背けているだけのただの傲慢な男。もはやあなたに『勇者』を名乗る資格などどこにもありはしませんわ」

「……き、さま……!」

アレクはわなわなと震え、今にもイリーナに掴みかかろうとした。

その時、これまでで最も冷静で、そして最も残酷な一言がマルスの口から放たれた。

「……もう、やめないか。無意味だ」

彼は静かに立ち上がった。

「このパーティーはもはや機能していない。それは誰の目にも明らかだ。そして、その原因もとうに分かっている」

マルスはフードの奥からアレクとイリーナを、まるで憐れな実験動物でも見るかのような冷徹な目で見つめた。

「我々がこうなったのは、リアムを追放したあの日からだ。あの男が持つスキル【代償転嫁】が我々の力の根幹を支えていた。我々は、その事実に気づかず、自らの手で破滅への道を選んだ。……ただ、それだけのことだ」

真実。
アレクが最も聞きたくなかった言葉。イリーナが無意識の内に目を背け続けてきた事実。それを、マルスは何の躊躇もなく突きつけた。

酒場が静まり返った。
アレクの顔から急速に血の気が引いていく。怒りの赤は消え、信じられないものを見たかのような驚愕と、そして絶望の蒼白さへと変わっていった。

「……だ、だまれ」

彼の唇からか細い声が漏れた。

「だまれ、だまれ、だまれぇぇぇっ!」

アレクは獣のような雄叫びを上げた。彼は真実を告げたマルスではなく、近くにあったテーブルへとその怒りを叩きつけた。聖剣ではない、ただの拳で。

テーブルは彼の怪力で無残に砕け散った。

「あんな……あんなゴミのような男が! この俺の! 勇者アレクの力を支えていただと!? そんなことあってたまるかあああああっ!」

彼の狂乱はもはや誰にも止められなかった。彼は自分のプライドを守るため、現実そのものを否定しようとしていた。

やがて、彼はぜえぜえと肩で息をしながら、マルスとイリーナを憎悪に満ちた目で見据えた。

「……もう、いい」

その声は驚くほど静かだった。

「お前たちのような役立たずで、俺を信じることさえできん裏切り者どもはもういらん。一人で十分だ。俺は、俺一人の力で再び頂点へと返り咲いてみせる」

そして、彼は最後の宣告を下した。

「『光の剣』は、今日限りで解散だ」

その言葉は、彼らの栄光の時代に完全なる終止符を打った。

イリーナはその言葉を聞いて、ただ虚ろに頷いた。彼女ももはやこの壊れた勇者に付き合う気力は残っていなかった。

マルスは何も言わなかった。ただフードの奥で、「やはり、こうなったか」と全てを諦めたように小さく息を吐いただけだった。

三人はその後、一言も口を利かなかった。
彼らはそれぞれの勘定を済ませると、まるで他人のように無言で酒場を出て、それぞれの方向へと黙って歩き去っていった。

誰も振り返ることはなかった。

酒場の壁には、彼らがまだSランクだった頃にギルドから贈られた『光の剣』の活躍を描いた一枚のタペストリーが虚しく飾られていた。その絵の中で、四人の英雄(そう、そこにはリアムの姿も、目立たないながらも確かに描かれていた)が誇らしげに笑っている。

その栄光の絵姿に、酒場の薄暗いランプの光がまるで墓標に手向ける花のように寂しく揺らめいていた。
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