追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第64話 楽園の発展

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王家による『特別自治領』の承認。それはエデンにとって絶対的な安全保障であると同時に、世界に対する公式な『開港宣言』でもあった。

その日を境に、エデンの門の前には長い列ができるようになった。

それは噂を聞きつけて集まってきた、様々な人々だった。バルカスの圧政に苦しんでいた近隣の農民たち。戦乱で故郷を焼かれた北の国の難民たち。才能がありながらも窮屈なギルドの掟に嫌気がさした職人たち。研究の自由を求めてアカデミーを飛び出してきた若き学者たち。

彼らは皆、それぞれの理由で居場所を失い、それでも未来への希望を捨てきれなかった者たちだった。そして最後の望みを託して、伝説の楽園『エデン』の門を叩いたのだ。

「……すごい数だな」

俺は防壁の上からその光景を見下ろし、思わず呟いた。村の人口は、この一月であっという間に三倍近くに膨れ上がっていた。

「当然の結果ですわ、リアム様」

隣に立ったセレスティアが穏やかな表情で言った。

「あなたと皆さんが築き上げたこの場所が、どれほど温かく希望に満ちているか。その光に人々が引き寄せられるのは自然なことです」

「だが、このままでは村がパンクしてしまう。新しい家も畑も、何もかもが足りない」

俺の懸念に、ソフィアが静かに答えた。

「ならば、創ればよいのです。リアムさん。この村を本当の意味での『都市』へと発展させる時が来たのです」

彼女の言葉を皮切りに、エデンの歴史上最大規模となる『都市開発計画』が始動した。

その計画の中心にいたのは、もちろん俺だった。俺は増え続ける人口を収容し、全ての住民が快適で安全に暮らせるための未来の都市図を何日もかけて描き出した。

住宅区、商業区、農耕区、そして職人たちが工房を構える工業区。それぞれの区画を機能的に配置し、それらを繋ぐための道路を整備する。俺が勇者パーティー時代に培った地図作成と偵察の知識が、ここでも最大限に活かされた。

そして、その青写真を仲間たちがそれぞれの能力で現実のものへと変えていく。

まず、ソフィアが動いた。
「大地の形を変えるのは、私の専門分野ですわ。『ジオ・モルフィング』」
彼女が古代魔法を詠唱すると、村の周囲に広がる未開の荒れ地が、まるで生きているかのように蠢き始めた。地面はひとりでに平らにならされ、新しい区画のための広大な土地がわずか半日で造成されてしまった。さらに彼女は地下に魔法の水道管と下水道網を構築し、全ての家々に清潔な水が行き渡る王都をも凌ぐ生活インフラを一瞬で作り上げた。

次に、空が動いた。
「みんな、頑張ってー! 新しい木材、どんどん運びますよー!」
アイリスとフレアが、空飛ぶ働き手として大車輪の活躍を見せた。森の奥から切り出された良質な木材やギデオンが運んできた石材が、彼らの空輸によって次々と建築現場へと届けられる。物流の問題が完全に解決されたことで、建築のスピードは信じられないほど加速した。

そして、建築の現場を仕切ったのは二人の剣士だった。
「そこ! 梁の角度が甘いわよ! エルフの建築術の基本は自然の力と調和すること。力任せに組むんじゃないわ!」
ルナリエルは移住してきた職人たちに、エルフの建築術の基礎を叩き込んだ。彼女の指導によって建てられた家々は、ただ頑丈なだけでなく耐火性、耐震性に優れ、そして何よりも森の景観と美しく調和していた。

「……見事な手際だ」
ダリウスはそんな彼女の働きを静かに見守りながら、自らは町の警備体制の構築に尽力した。彼は村の若者たちの中から志願者を募り、エデン警備隊を組織した。彼の無駄のない実践的な訓練によって、若者たちは日に日に精強な守り手へと成長していった。ダリウスの存在そのものが、町の治安を盤石なものにしていた。

もちろん、セレスティアも休んではいなかった。
「皆さん、無理はしないでくださいね。少しでも疲れたら、こちらへどうぞ」
彼女は町の中心に、誰でも無料で治療を受けられる『癒やしの家』という診療所を設立した。彼女の聖なる力とエデンで採れる高品質の薬草は、どんな病も怪我も癒やすことができた。人々は病気の心配をすることなく、安心して日々の労働に励むことができた。

移住してきた人々は、目の前で繰り広げられる奇跡のような光景に、ただただ目を見張るばかりだった。

「……信じられん。俺は王都の建築ギルドにいたが、こんな速度でこれほど質の高い町ができていくなど、見たことも聞いたこともない」
かつて王都の職人だった男は、エルフの建築術の合理性と美しさに深く感銘を受けていた。

「素晴らしい……。ここでは誰もが分け隔てなく知識を共有し合っている。身分も出身も関係ない。ただ、より良い未来を創るという一つの目的のために……。これこそ私が追い求めていた理想郷だ」
アカデミーを追われた若き学者は、ソフィアが設立した図書館で涙を流して感動していた。

エデンは、ただ人が増えただけではなかった。
様々な知識、技術、そして文化を持つ人々が集い、互いに影響を与え合うことで、新しい活気と創造性が町の隅々で生まれていたのだ。

数ヶ月後。
かつて寂れた村だった場所は、その面影をどこにも残していなかった。

緑の城壁に守られた美しい町並み。石畳で舗装された清潔な道路。活気あふれる市場には珍しい品々が並び、人々の陽気な笑い声が響き渡っている。子供たちの声が響く学び舎、知識を求める者たちが集う図書館、そして誰もが安心して体を休めることができる診療所。

そこは、誰もが夢見た、しかし誰もが諦めていた理想の都市の姿だった。

俺は町の中心に新しく建てられた鐘楼の頂上から、その光景を見下ろしていた。俺の隣には、いつものようにかけがえのない仲間たちがいる。

「……すごい町になったな」

俺が感慨深く呟くと、セレスティアが嬉しそうに頷いた。
「はい。みんなの笑顔がたくさんあります」

「ふん。まあ、このわたしが力を貸してあげたのだから当然の結果よ」
ルナリエルは得意げに胸を張った。

「見てください、リアムさん! あんなにたくさんの人が笑ってます!」
アイリスが子供のようにはしゃいだ。

「ええ。ですが、これはまだ始まりに過ぎません。この町には無限の可能性がありますわ」
ソフィアが未来を見据えるように言った。

「……良い町だ」
ダリウスが短く、しかし心の底からの言葉を漏らした。

俺はそんな仲間たちの横顔を見ながら、確かな幸福を噛みしめていた。

俺が築いた楽園は、もはや俺だけのものではない。ここに住む全ての人々のものだ。

俺は、この町の名前をもう一度心の中で呟いた。

エデン。

その名は、もはやただの噂や伝説ではない。この地に根を張り生きる全ての人々の希望そのものとなって、輝き始めたのだ。

そして、その輝きは、やがて遠く離れた王都の闇の中で絶望に喘ぐ者たちの耳にも届くことになる。しかし、それが彼らにとって救いとなるのか、それともさらなる絶望の引き金となるのか。

それはまだ、誰にも分からない未来の話だった。
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