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第91話 最後の切り札
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勝利の歓声が王都の空にこだましていた。
民衆は目の前で繰り広げられた神話のような戦いの結末に熱狂し、涙していた。英雄たちが絶対的な絶望を打ち破ったのだ。誰もがこれで平和が戻ってくると信じて疑わなかった。
だが、戦場の中心に立つ俺たちだけは、まだ勝利の余韻に浸ることはできなかった。
「……見事だ、人間ども」
地面に倒れ伏し虫の息だったはずのヴラドが、掠れた、しかし確かな声で呟いた。その声には敗北への悔しさではなく、どこか愉悦の色さえ滲んでいた。
俺たちは即座に身構えた。
ヴラドは砕かれた胸を押さえながら、ゆっくりと嘲笑うかのように顔を上げた。その口の端からは黒い血がだらだらと流れている。
「まさかこの俺が……。連携という、最も人間らしい矮小な戦術に敗れるとはな……」
彼はぜえぜえと息をしながらも言葉を続けた。その血のように赤い瞳は、俺たち一人一人の顔をまるで記憶に刻みつけるかのようにじっとりと見つめている。
「認めよう。お前たちは強い。俺がこれまで滅ぼしてきたどの人間よりも遥かに」
「……何が言いたいの、魔将」
ルナリエルが剣の切っ先を彼の喉元に突きつけながら、冷たく言い放った。
「潔く負けを認めなさい。それともまだ何か、見苦しい悪あがきでもするつもり?」
その言葉にヴラドは、けたけたと乾いた笑い声を上げた。
「悪あがき? くくく……違うな、エルフの女よ。これは悪あがきではない。……祝砲だ」
「祝砲……?」
「そうだ。お前たちという素晴らしい玩具を見つけたことへの祝福の、な」
次の瞬間、ヴラドの身体からこれまでとは比較にならないほどの禍々しい紫黒のオーラが、爆発するように溢れ出した。
それはもはや魔力ではない。
彼の魂そのものが燃え上がっているのだ。
「まずい!」
ソフィアが血相を変えて叫んだ。
「彼は自らの命を触媒にして何かを発動させようとしている! 自爆する気よ!」
だが、ヴラドの狙いは単なる自爆ではなかった。
「リアム! 今すぐ奴の心臓を!」
ダリウスが叫ぶ。だが、もう遅い。
ヴラドの身体は急速に黒い塵となって崩壊を始めていた。そして、その塵は呪詛の奔流となって天高く舞い上がっていく。
「くくく……さらばだ、人間どもよ。この戦いは俺の負けだ。だが、戦争はまだ終わらん」
ヴラドの声が空から響き渡る。
「お前たちに最後の贈り物をやろう。この俺の命と引き換えにした最大級の『置き土産』をな!」
天に昇った呪詛の奔流は、王都の上空で一つの巨大な黒い太陽のような球体を形成した。それは見る者の正気さえも奪う、凝縮された絶望の塊だった。
「――世界よ、我が魂と共にゆっくりと腐り落ちるがいい。『万物腐壊の呪詛(パンデミック・ディケイ)』!」
ヴラドの最後の言葉と共に黒い太陽が弾けた。
だが、それは爆発ではなかった。
黒い太陽から、無数の目に見えないほどの小さな呪いの胞子が、まるで黒い雪のように世界中へと降り注ぎ始めたのだ。
それは風に乗り、雲に乗り、大気の流れに乗ってこの大陸の隅々まで拡散していく。
それは即効性の呪いではない。
ゆっくりと、しかし確実にこの世界のあらゆる生命、あらゆる物質を内側から腐らせ、崩壊させていく究極の呪詛。
大地は痩せ、作物は枯れ、水は淀み、やがてはそこに住む全ての生き物が病み、狂い、死に絶える。
世界そのものを数年、あるいは数十年かけて緩やかに、しかし確実に殺していく時限式の破滅爆弾だった。
「……なんてことを……」
セレスティアが絶望に声を震わせた。
俺たちはただ空から降り注ぐ、見えざる死の雪を呆然と見上げるしかなかった。
ヴラドは倒した。だが、その代償として世界は取り返しのつかない呪いに蝕まれてしまったのだ。
勝利の歓声はとうに止んでいた。
広場の民衆も王宮の者たちも、何が起こったのかを理解し、その顔を新たな、そしてより深い絶望に染めていた。
俺は唇を噛み締めた。
このままではダメだ。
たとえヴラドを倒してもこの呪いが残る限り、俺たちの故郷エデンもいつかはこの呪いに飲み込まれてしまう。俺たちが守りたかった穏やかな日常は戻ってこない。
止めるんだ。
この死の雪を。
だが、どうやって?
世界中に拡散していく無数の呪いの胞子を、どうすれば止められる?
ソフィアも、ルナリエルも、ダリウスも、アイリスも、セレスティアも。誰もがその答えを見つけられず、ただ無力感に打ちひしがれていた。
その時だった。
俺の脳裏に、一つのあまりにも無謀で、そして唯一の可能性が閃いた。
【代償転嫁】。
俺のスキルはあらゆる『負の効果』を引き受けることができる。
ならば。
この世界全体を覆おうとしているこの呪いそのものを、全て俺一人の身体に引き受けることはできないだろうか。
それは自殺行為に等しい。
ヴラドの魂そのものであるこの呪詛の奔流を受け止めれば、俺の身体が、俺の精神がどうなるか全く想像がつかない。
だが、やるしかない。
他に道はないのだから。
俺は覚悟を決めた。
民衆は目の前で繰り広げられた神話のような戦いの結末に熱狂し、涙していた。英雄たちが絶対的な絶望を打ち破ったのだ。誰もがこれで平和が戻ってくると信じて疑わなかった。
だが、戦場の中心に立つ俺たちだけは、まだ勝利の余韻に浸ることはできなかった。
「……見事だ、人間ども」
地面に倒れ伏し虫の息だったはずのヴラドが、掠れた、しかし確かな声で呟いた。その声には敗北への悔しさではなく、どこか愉悦の色さえ滲んでいた。
俺たちは即座に身構えた。
ヴラドは砕かれた胸を押さえながら、ゆっくりと嘲笑うかのように顔を上げた。その口の端からは黒い血がだらだらと流れている。
「まさかこの俺が……。連携という、最も人間らしい矮小な戦術に敗れるとはな……」
彼はぜえぜえと息をしながらも言葉を続けた。その血のように赤い瞳は、俺たち一人一人の顔をまるで記憶に刻みつけるかのようにじっとりと見つめている。
「認めよう。お前たちは強い。俺がこれまで滅ぼしてきたどの人間よりも遥かに」
「……何が言いたいの、魔将」
ルナリエルが剣の切っ先を彼の喉元に突きつけながら、冷たく言い放った。
「潔く負けを認めなさい。それともまだ何か、見苦しい悪あがきでもするつもり?」
その言葉にヴラドは、けたけたと乾いた笑い声を上げた。
「悪あがき? くくく……違うな、エルフの女よ。これは悪あがきではない。……祝砲だ」
「祝砲……?」
「そうだ。お前たちという素晴らしい玩具を見つけたことへの祝福の、な」
次の瞬間、ヴラドの身体からこれまでとは比較にならないほどの禍々しい紫黒のオーラが、爆発するように溢れ出した。
それはもはや魔力ではない。
彼の魂そのものが燃え上がっているのだ。
「まずい!」
ソフィアが血相を変えて叫んだ。
「彼は自らの命を触媒にして何かを発動させようとしている! 自爆する気よ!」
だが、ヴラドの狙いは単なる自爆ではなかった。
「リアム! 今すぐ奴の心臓を!」
ダリウスが叫ぶ。だが、もう遅い。
ヴラドの身体は急速に黒い塵となって崩壊を始めていた。そして、その塵は呪詛の奔流となって天高く舞い上がっていく。
「くくく……さらばだ、人間どもよ。この戦いは俺の負けだ。だが、戦争はまだ終わらん」
ヴラドの声が空から響き渡る。
「お前たちに最後の贈り物をやろう。この俺の命と引き換えにした最大級の『置き土産』をな!」
天に昇った呪詛の奔流は、王都の上空で一つの巨大な黒い太陽のような球体を形成した。それは見る者の正気さえも奪う、凝縮された絶望の塊だった。
「――世界よ、我が魂と共にゆっくりと腐り落ちるがいい。『万物腐壊の呪詛(パンデミック・ディケイ)』!」
ヴラドの最後の言葉と共に黒い太陽が弾けた。
だが、それは爆発ではなかった。
黒い太陽から、無数の目に見えないほどの小さな呪いの胞子が、まるで黒い雪のように世界中へと降り注ぎ始めたのだ。
それは風に乗り、雲に乗り、大気の流れに乗ってこの大陸の隅々まで拡散していく。
それは即効性の呪いではない。
ゆっくりと、しかし確実にこの世界のあらゆる生命、あらゆる物質を内側から腐らせ、崩壊させていく究極の呪詛。
大地は痩せ、作物は枯れ、水は淀み、やがてはそこに住む全ての生き物が病み、狂い、死に絶える。
世界そのものを数年、あるいは数十年かけて緩やかに、しかし確実に殺していく時限式の破滅爆弾だった。
「……なんてことを……」
セレスティアが絶望に声を震わせた。
俺たちはただ空から降り注ぐ、見えざる死の雪を呆然と見上げるしかなかった。
ヴラドは倒した。だが、その代償として世界は取り返しのつかない呪いに蝕まれてしまったのだ。
勝利の歓声はとうに止んでいた。
広場の民衆も王宮の者たちも、何が起こったのかを理解し、その顔を新たな、そしてより深い絶望に染めていた。
俺は唇を噛み締めた。
このままではダメだ。
たとえヴラドを倒してもこの呪いが残る限り、俺たちの故郷エデンもいつかはこの呪いに飲み込まれてしまう。俺たちが守りたかった穏やかな日常は戻ってこない。
止めるんだ。
この死の雪を。
だが、どうやって?
世界中に拡散していく無数の呪いの胞子を、どうすれば止められる?
ソフィアも、ルナリエルも、ダリウスも、アイリスも、セレスティアも。誰もがその答えを見つけられず、ただ無力感に打ちひしがれていた。
その時だった。
俺の脳裏に、一つのあまりにも無謀で、そして唯一の可能性が閃いた。
【代償転嫁】。
俺のスキルはあらゆる『負の効果』を引き受けることができる。
ならば。
この世界全体を覆おうとしているこの呪いそのものを、全て俺一人の身体に引き受けることはできないだろうか。
それは自殺行為に等しい。
ヴラドの魂そのものであるこの呪詛の奔流を受け止めれば、俺の身体が、俺の精神がどうなるか全く想像がつかない。
だが、やるしかない。
他に道はないのだから。
俺は覚悟を決めた。
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