聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ

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031. 辺境伯の不器用な気遣い

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雪が降り続き、辺境の冬はますますその厳しさを深めていた。リリアーナは、限られた時間と資源の中で、日々の務めを懸命にこなしていた。砦でのスープ作りはもはや騎士団の生命線であり、村人たちとの交流も、冬の閉塞感の中で互いを支え合う大切な繋がりとなっていた。そして、辺境伯アレクシスへのお届け物――ハーブティーと、時折の「味見」用の保存食――も、彼女にとって特別な意味を持つ習慣となりつつあった。

彼の反応を直接知ることはできない。それでも、届け役の側近から伝えられる「辺境伯は満足されていた」という言葉や、彼からの追加の要求が続くという事実が、リリアーナにささやかな自信と喜びを与えていた。氷のように見えた彼の内面にも、自分の作るものが届いているのかもしれない。そんな淡い期待が、彼女の心を温めていた。

しかし、厳しい冬の現実は容赦がない。降り続く雪は薪の収集を困難にし、リリアーナが備蓄していた薪も、日々の焚き火と調理でみるみるうちに減っていった。小屋の防寒対策はしたが、やはり暖かさを保つためには絶えず火を焚き続ける必要があったのだ。

「……困ったわね。このままだと、あと数日で薪が尽きてしまうわ……」
ある朝、残り少なくなった薪の山を見て、リリアーナはため息をついた。吹雪が収まっている今のうちに、フェンと協力して何とか集めなければならないが、深い雪の中での薪拾いは危険も伴うし、どれだけ集められるかも分からない。

(皆さんにスープを作るためにも、フェンとシー、そして自分のためにも、火は絶やすわけにはいかないのに……)

焦りと不安が募る。もし火がなくなれば、この厳しい寒さの中で凍えてしまうだけでなく、料理もできなくなり、騎士団や村の人々への貢献も途絶えてしまう。それは、今のリリアーナにとって何よりも避けたいことだった。

その日の午後、リリアーナが砦でのスープ作りを終え、重い気持ちで小屋に戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。小屋の入り口の脇に、うず高く積み上げられた、良質で乾燥した薪の山。それは、リリアーナが一人で一冬越すには十分すぎるほどの量だった。

「……えっ……?」
リリアーナは目を丸くして、その薪の山を呆然と見つめた。一体、誰が? 何のために?
隣にいたフェンも、驚いたように鼻をひくつかせている。シーは、興味津々な様子で、早速薪の山に飛び乗り、頂上で得意げな顔をしていた。

リリアーナが戸惑っていると、ちょうど通りかかった、顔見知りの兵士の一人(ハンス兵曹の部下だった)が、少しぎこちない様子で声をかけてきた。
「あ、クラインフェルト嬢。その薪のことなんだが……」
「はい、これは一体……?」
「辺境伯様からのご命令だ。『砦の備蓄燃料に余裕が出たため、効率的な資源配分の一環として、貴官の活動拠点にも一部を供給する』……と、まあ、そういうことらしい」
兵士は、まるで暗記した台詞を読み上げるかのように、早口で説明した。その表情には、「俺もよく分からんが、とにかくそういうことだ」と言いたげな困惑の色が浮かんでいた。

「……辺境伯様が……?」
リリアーナは、再び驚きに言葉を失った。あの、常に冷静沈着で、無駄なことは一切しないはずの辺境伯が、自分のために、これほどの量の薪を? しかも、「効率的な資源配分」などという、ってとってつけたような理由で?

(……まさか、わたくしが薪に困っていることを、ご存知だった……?)

そう考えると、腑に落ちる。だが、彼はどうやってそれを知ったのだろう。監視されているのだろうか。その考えは少し不気味だったが、それ以上に、彼が自分の状況を把握し、そして、気遣ってくれた(のかもしれない)という事実に、リリアーナの胸は温かいもので満たされた。

それは、彼らしくない、あまりにも不器用な気遣いだった。直接「困っているだろうから」と言えばいいものを、わざわざ堅苦しい理由をつけて、部下に届けさせる。彼のプライドの高さと、素直になれない性格が透けて見えるようだった。しかし、だからこそ、その行動の裏にあるかもしれない、ほんのわずかな優しさのようなものが、リリアーナの心に強く響いた。

「……そう、でしたか。辺境伯様によろしくお伝えください。大変、助かります、と……」
リリアーナは、込み上げてくる感情を抑えながら、兵士に深く頭を下げた。兵士は「ああ」とだけ言って、足早に去っていった。

リリアーナは、改めて薪の山を見上げた。これで、少なくとも暖房の心配はなくなった。安心してスープ作りにも、他の活動にも集中できる。それは、物理的な助けであると同時に、大きな精神的な支えでもあった。
「よかったわね、フェン、シー。これで暖かい冬が越せるわ」
リリアーナが言うと、フェンは嬉しそうに尻尾を振り、シーは薪の上で満足げに喉を鳴らした。

その日の夕食は、いつもより心なしか温かく、美味しく感じられた。リリアーナは、アレクシスへの次のお届け物に、感謝の気持ちを込めて、特別なハーブティーと、新しく試作した温かいスープ(もちろん味見用だ)を添えることに決めた。彼がどんな反応を示すかは分からない。けれど、この不器用な繋がりが、少しずつでも良い方向へ進んでいるような気がして、彼女の心は明るく照らされていた。

一方、辺境伯執務室。アレクシスは、部下から「薪は確かにクラインフェルト嬢の元へ届け、彼女は大変感謝していた」との報告を受け、無表情のまま「そうか」とだけ応じた。しかし、彼の内心には、安堵と、そしてわずかな自己嫌悪のようなものが渦巻いていた。

(……余計なことをしたか……? いや、燃料の効率的な管理は領主の務めだ……)

彼は、自分の行動を合理化しようと努めた。リリアーナ個人への配慮ではなく、あくまで辺境領全体の利益のための判断だと。しかし、報告を聞いた時の、胸の奥で感じた微かな温かい感覚は、否定しようのないものだった。彼女が困っている状況を知り、それを解決できたことへの、純粋な満足感。それは、彼がこれまで味わったことのない種類の感情だった。

(……あの女は、人を狂わせる……)

アレクシスは、再びリリアーナへの警戒心を強めようとした。しかし、同時に、次に届けられるであろう彼女からの「お届け物」を、心のどこかで待ち望んでいる自分にも気づいていた。特に、今日はどんなハーブティーが来るのだろうか、と。

氷の辺境伯の不器用な気遣いは、リリアーナの心を温め、そして彼自身の心にも、さらなる波紋を広げた。厳しい冬の中で、二人の関係は、ゆっくりと、しかし確実に、変化の季節へと向かっていた。雪の下で、新たな絆の芽が、静かに育まれ始めていたのかもしれない。
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