バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第25話 運営という名の神の視点

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宿屋の一室に差し込む朝の光が、長い夜の終わりを告げていた。
俺はベッドに腰掛け、アークライトから託された、奇妙な歯車を指先で弄んでいた。その内部に刻まれた微細な文字。肉眼では到底判読できないそれを、俺はどうやって読み解くか思案していた。

「おい、マスター。いつまでそんなガラクタを眺めているつもりだ。私の貴重なリソースを、そんな無意味な観察に付き合わせるな」
ベッドの上に置かれた『バグズ・グリモワール』から、生意気な声が響いた。自我を持って以来、こいつの皮肉屋っぷりは日に日に磨きがかかっている。
「ガラクタじゃない。英雄からの餞別だ。それに、お前ならこれが読めるんじゃないか?」
俺が歯車をグリモワールの上にかざすと、魔書は「ふん」と鼻で笑うかのような光を発した。
『当然だ。私を誰だと思っている。この世界の全てのフォントライブラリは、私の知識の中にある』

グリモワールの表紙から、レンズのような光が伸び、歯車をスキャンし始めた。
『……解析開始。言語は、ロスト・テクノロジー期に使われた暗号化言語『機工印譜(きこういんぷ)』。ふむ、なかなか面白い。セキュリティレベルは高いが、所詮は人間が作ったものだ』
グリモワールは、まるで難解なパズルを解くのを楽しむかのように、軽快に解説を続ける。
数秒後、解析を終えたらしいグリモワールが、その内容を俺の脳内に直接テキストデータとして送り込んできた。

──────────────
【アイテム名】アークライトの遺志
【効果】
・『コード・アビス』へのゲートを開くための、制御キーの一部。
・ノアが仕掛けたセキュリティシステム『コード・イレイザー』に対する、限定的な抵抗権限を持つ。
【情報】
『コード・アビス』のゲートは、アルモニカの地下深くに封印されている。ゲートを解放するには、三つの制御キーが必要となる。一つは『英雄の魂』、一つは『聖女の祈り』、そして最後の一つは『世界の歪み』そのもの。
──────────────

「……三つの鍵、か」
俺はテキストを読み、眉をひそめた。
『英雄の魂』はこの歯車だろう。『聖女の祈り』は、おそらくリリィが持つ指輪。だが、『世界の歪み』とはなんだ? 俺のグリモワール自体のことか、それとも、ノアが生み出した黒いバグの力が必要だというのか。

「おい、グリモ。どう思う?」
『どうもこうもない。情報が不足しすぎている。だが、一つ言えることは、ノアという男は、相当なナルシストだな。自分の作り出した脅威そのものを、自分に至るための鍵に設定するとは。自分のプログラムに絶対の自信がなければできない、傲慢な芸当だ』
グリモワールの分析は、常に的確で、そして辛辣だった。

俺が、次の一手を考えていた、まさにその時だった。
部屋の空気が、凍りついた。
いや、実際に凍ったわけではない。だが、まるで世界の時間が停止したかのような、絶対的な違和感。
目の前の空間が、テレビの砂嵐のようにノイズを帯び、ぐにゃりと歪んだ。
そして、その歪みの中から、一人の人物が、音もなく現れた。

その人物は、純白のローブに身を包み、その顔は光のヴェールで覆われていて窺い知れない。だが、その頭上に表示された名前は、この世界の全てのプレイヤーが知る、特別なものだった。

【GM_01】

ゲームマスター。
この世界の神に等しい、運営の代行者。
リリィは、その存在を前にして、息を呑み、金縛りにあったかのように硬直している。一般プレイヤーにとって、GMとの遭遇は、バグ報告や重大な規約違反の時くらいしかない、異常事態だ。

「プレイヤー、『マコト』」
GM_01は、男とも女ともつかない、完全に中性的な合成音声で、静かに告げた。
「あなたの行動には、複数の規約違反の疑いが確認されています。特に、システムの未公開領域への不正アクセス、及び、意図的な仕様外挙動の誘発。これらは、アカウント永久停止(BAN)処分の対象となり得ます。弁明はありますか?」
その言葉は、淡々としていた。だが、そこには有無を言わせぬ、絶対的な権限の重みがあった。

リリィが、青い顔で俺を見た。
だが、俺は動じなかった。むしろ、この時を待っていた。
「弁明? ないな。あんたたちの言う通り、俺はシステムの穴を突かせてもらった。それだけだ」
俺の開き直った態度に、GM_01の光のヴェールが、僅かに揺らめいたように見えた。

「……規約違反を認めるのですね。ならば、手続きに従い――」
「待てよ」
俺は、GMの言葉を遮った。
「あんたたち運営は、もっと重大な『バグ』を見過ごしているんじゃないか?」
「……どういう意味です?」
「『ノア』という名前、そして『黒いバグ』。心当たりはあるだろ?」
俺がその二つのキーワードを口にした瞬間、GM_01の周囲の空気が、明らかに変化した。これまで保っていた平静さが、わずかに崩れたのだ。

「……なぜ、あなたがその名を知っているのです」
「あんたたちが知らない方法で、調べたのさ。ノアはこの世界を破壊しようとしている。俺は、それを止めようとしているだけだ。結果的に、あんたたちのサーバーを、そしてビジネスを守ってやっていることになる。それでも、俺をBANするって言うのか? 世界の危機より、ちっぽけな規約の方が大事だと?」
俺は、畳みかけるように交渉を進める。
俺の切り札は、情報だ。運営すら掴めていないであろう、世界の危機に関する、核心的な情報。

GM_01は、しばらく沈黙していた。光のヴェールの奥で、高速で何らかの思考、あるいは通信が行われているのが気配で分かった。
やがて、彼は口を開いた。
「……あなたの言う『黒いバグ』の脅威については、我々も認識し、現在最高レベルの警戒態勢で調査を進めています。ですが、元開発者『ノア』の関与、及びその目的については、現時点では……」
「確認が取れていない、だろ? 俺は、その証拠を握っている。奴の目的も、居場所も、おおよその見当はついている」
俺は、カマをかけた。実際には、まだ断片的な情報しかない。だが、交渉を有利に進めるには、時にハッタリも必要だ。

GM_01は、再び沈黙した。
俺の存在が、彼らの想定を完全に超えている。一介のプレイヤーが、運営すら把握していないトップシークレットに触れている。この異常事態を前に、彼もまた、マニュアル通りの対応はできないでいた。

「……一つ、質問を。あなたは、何者なのですか? 我々のデータベースに、あなたの経歴に繋がるような情報はありません。あなたは、どこから現れた、イレギュラーなのですか?」
その問いは、GMとしてではなく、一人の知的好奇心を持つ存在としての問いのように聞こえた。
「俺は、ただのプログラマーだ」
俺は、ありのままを答えた。
「あんたたちと同じ、コードを愛し、システムの理を解き明かすことに喜びを感じる、ただのオタクだよ」
その言葉に、GM_01は、何かを感じ入ったように、静かに佇んでいた。

「……分かりました」
長い沈黙の末、GM_01は言った。
「今回の件、一度持ち帰らせていただきます。あなたのアカウントに対する処分は、保留とします。ですが、これ以上の規約違反、特に、他のプレイヤーに直接的な被害を及ぼすような行為は、断じて許されません。それだけは、肝に銘じてください」
その言葉には、警告と共に、ある種の「黙認」のニュアンスが含まれていた。
「分かっているさ。俺は、PKみたいな非生産的なことには興味ないんでね」

「それでは、失礼します」
GM_01はそう言うと、現れた時と同じように、音もなく空間の歪みの中へと消えていった。
後に残されたのは、硬直したままのリリィと、何事もなかったかのようにベッドに鎮座するグリモワール、そして、巨大な組織との駆け引きを終えた俺だけだった。

「……今の、本当に……GM……?」
リリィが、ようやく震える声で呟いた。
「ああ」
「マコトさん、GMと、交渉して……。しかも、BANを保留にさせちゃった……」
彼女は、信じられないものを見る目で、俺を見つめている。
彼女の常識では、プレイヤーは運営に絶対服従の存在なのだ。それに楯突くなど、考えたこともなかったのだろう。

『なかなか面白かったぞ、マスター。神の視点を持つ者を、手玉に取るとはな。貴様のハッタリ癖も、たまには役に立つものだ』
グリモワールが、楽しげに言った。
「うるさい。だが、これで少しは動きやすくなった」
俺は、安堵の息を吐いた。
運営という最大の障害が、少なくとも、当面の間は黙認という名の「共犯者」になった。

だが、安心はできない。
俺の存在は、今や、プレイヤー、最強ギルド、そして運営、その全てに知れ渡った。
そして、俺がこれだけ動けば、当然、最大の敵である『ノア』も、俺の存在に気づいているはずだ。
奴が、このまま黙って見ているとは思えない。
きっと、次なる刺客を、俺を排除するためだけに、送り込んでくるだろう。

俺は、窓の外の空を見上げた。
嵐の前の静けさは、もう終わった。
これから始まるのは、世界の全てを巻き込んだ、壮大なデバッグ戦争だ。
俺は、その戦いの中心に立つことを、覚悟と共に、受け入れていた。
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