バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第31章 茶番の終幕、絆の夜明け

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ヴォルフガントが放った「茶番は、終わりだ」という一言は、王の勅令のように、熱狂していた広場の空気を一瞬で凍りつかせた。
数百の視線が、糾弾の対象であった俺とリリィから、突如として現れた最強ギルドのマスターへと注がれる。その視線には、畏怖と、困惑と、そしてわずかな期待が入り混じっていた。

「ヴォルフガント卿……! なぜ、ここに……!」
群衆の先頭に立っていた戦士が、動揺を隠せずに声を上げた。
ヴォルフガントは、そんな彼を一瞥もせず、ただゆっくりと、リリィの前へと歩みを進めた。そして、悲劇のヒロインを演じきり、涙で頬を濡らしたまま立ち尽くす彼女の前に、恭しく片膝をついた。
それは、騎士が、守るべき貴婦人に対して捧げる、最大限の敬意の形だった。

「……淑女よ。心ない者たちの言葉に、心を痛めることはない」
彼の、低く、しかしよく通る声が、静まり返った広場に響き渡る。
彼は、リリィのステータスウィンドウに表示された、偽りのアイテム情報――【聖女の涙(呪)】を一瞥すると、鼻で笑った。
「これは、茶番ですらなく、愚劣な三文芝居だ」
彼は立ち上がると、群衆全体を見渡し、その手に握る白銀の剣を高く掲げた。
「我が名はヴォルフガント! 『ラグナロク』のギルドマスターにして、この世界の秩序を守護する者! 我が名誉にかけて、ここに宣言する!」

王の威厳に満ちた声が、全てのプレイヤーの耳を、そして心を、支配する。
「第一に! 彼女、リリィが持つこの指輪は、呪いの装備などではない! それは、伝説の英雄アークライトが、その魂の救済への感謝として、心優しき乙女に託した、正真正銘の『祝福の証』である!」
ヴォルフガントがそう言い放った瞬間、リリィの指輪が、彼の言葉に呼応するかのように、清らかで温かい光を放ち始めた。俺が仕掛けた【ゴースト・プロンプト】による偽装表示が、彼の王気とも呼ぶべき力によって、強制的に解除されたのだ。
【聖女の涙】という、本来の名前が、そこに輝いていた。

「なっ……!?」
「情報が、書き換わった……?」
群衆から、驚愕の声が上がる。

ヴォルフガントは、構わず続けた。
「第二に! プレイヤー『マコト』が、フォーラムの動画で見せたあの力! あれは、チートでも、ましてや街を破壊するためのものでもない! あれは、我々『ラグナロク』が、世界の深淵に潜む巨大な悪意の前に全滅しかけた時、彼が、この世界を救うために、やむを得ず行使した『奇跡』の力だ! 我々全員が、その証人である!」

最強ギルドによる、公式の擁護。
その言葉の重みは、匿名で投下された悪意の動画とは、比較にすらならなかった。
「……ラグナロクが、保証するだと……?」
「じゃあ、あの動画は、やっぱり……」
群衆の熱は、急速に冷めていく。怒りと憎悪の矛先を失い、彼らはただ、混乱するしかなかった。

ヴォルフガントは、最後の쐐を打ち込む。
「諸君、目を覚ませ! 我々が本当に憎むべき敵は、ここにいるプレイヤーではない! 我々を互いに争わせ、偽りの情報で我々の目を曇らせ、その影でほくそ笑んでいる、卑劣で狡猾な『誰か』だ! 我々『ラグナロク』は、これより、その見えざる敵の正体を、必ずや白日の下に晒すことを約束する!」
彼は、群衆の怒りの矛先を、俺やリリィから、まだ見ぬ真の黒幕――ノアへと、見事にすり替えてみせた。
それは、力だけではない、彼の王としての、圧倒的なカリスマと人心掌握術が成せる技だった。

やがて、誰からともなく、広場から人が去っていく。
熱狂から覚めた彼らは、自分たちが愚かな魔女裁判の片棒を担いでいたことに気づき、気まずそうに、あるいはバツが悪そうに、その場を離れていった。
嵐のような騒動が嘘のように、広場には静寂が戻った。
残されたのは、俺と、リリィ、そしてヴォルフガントと、彼の数人の腹心だけだった。

ヴォルフガントは、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
そして、彼の拳が、俺の頬を殴りつける――ことはなく、俺の胸を、トン、と軽く押した。
「……貴様のやり方は、どこまでも気に食わん」
その声には、怒りよりも、深い呆れが滲んでいた。
「だが、あの少女を、大衆の前に晒し者にして、自らの盾とする策は、最低だ。貴様には、騎士の誇りというものがないのか」
「……生憎と、持ち合わせがないんでね」
俺は、彼の視線から逃げるように、そっぽを向いた。返す言葉が、見つからなかった。自分の策が、いかに彼女を傷つけるものだったか、改めて思い知らされたからだ。

「……違います」
その時、沈黙を破ったのは、リリィだった。
彼女は、涙の跡が残る顔を上げ、ヴォルフガントと俺の間に割って入った。
「マコトさんは、悪くありません。私が……私が、お願いしたんです。二人で、一緒に生き残るために、私にできることがあるなら、何でもさせてくださいって……!」
彼女の、健気で、しかし強い意志のこもった言葉。それは、俺を庇うための、優しい嘘だった。

ヴォルフガントは、そんなリリィの姿を見て、そして、何も言えない俺の顔を見て、全てを察したようだった。
彼は、この日一番の、深いため息をついた。
「……はぁ。もういい。貴様らのその奇妙な関係に、これ以上、俺が口出しすることではないらしい」
彼は、踵を返すと、背を向けたまま言った。
「だが、マコト。二度と、あのような真似はするな。彼女のような存在は、力ずくで守り通してこそ、男というものだろう」
その言葉は、彼なりの、不器用なエールだった。
「……覚えておく」
俺は、それだけを答えるのが精一杯だった。

ヴォルフガントたちは、今度こそ、本当に去っていった。
広場には、俺とリリィ、二人だけが残された。
気まずい沈黙が、俺たちを包む。

俺は、意を決して、リリィに向き直った。
そして、生まれて初めてかもしれないほど、深く、深く、頭を下げた。
「……すまなかった」
絞り出すような、声だった。
「あんたを、傷つけた。最低なことをした。どんな罰でも、受ける」
「……」
リリィは、何も言わなかった。
ただ、静かに俺の前に立つと、その小さな手で、俺の頭を、優しく、撫でた。

「……いいんです」
その声は、震えていなかった。どこまでも、温かかった。
「マコトさんが、私を信じてくれたから、できたことです。マコトさんが、最後には、きっと何とかしてくれるって、信じていたから。だから、怖くなかったです」
顔を上げると、彼女は、泣き顔ではなく、花が綻ぶような、満面の笑みを浮かべていた。
「だから、謝らないでください。私は、マコGトさんの、パートナーですから」

その笑顔に、その言葉に、俺の中で、何かが、音を立てて溶けていくのを感じた。
論理でも、計算でもない、温かくて、そしてどうしようもなく、大切な何か。
俺は、初めて、この世界で、本当の意味での「仲間」を得たのかもしれない。

俺たちの、偽りの茶番は、こうして幕を閉じた。
だが、それは、偽りの関係の終わりであり、本当の絆の始まりを告げる、夜明けの鐘の音でもあった。
俺は、隣で笑う少女の存在を、何よりも強い力だと感じながら、まだ見ぬ強大な敵が待つ、世界の深淵へと、再び目を向けた。
俺の戦いは、もう俺一人のものでは、なくなっていた。
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