私、ヒロインではなく悪役令嬢のお母様に転生したみたい。娘を全力で幸せにします!

夏見ナイ

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第49話 逆転の聴聞会

運命の日が来た。
王立魔法学園の大講堂は、異様な熱気と緊張感に包まれていた。
壇上には学園長をはじめとする調査委員会の教師たちが、硬い表情で並んでいる。
客席の前方には生徒たちが固唾を飲んで座り、その後方にはこの前代未聞の公開聴聞会に集まった、国の有力な貴族たちが顔を揃えていた。
その中にはもちろん、オルブライト侯爵とその夫人の姿もあった。
侯爵は平静を装いながらも、その目は隠しようのない好奇心と期待に輝いていた。
エルグランド家の令嬢が、公衆の面前で追い詰められていく。
その光景を、彼は特等席で味わうつもりなのだ。

やがて講堂の重い扉が開き、今日の主役が入場してきた。
イザベラは父レオナルドと母である私に両脇を固められ、凛とした足取りで壇上へと向かう。
その姿は罪を裁かれる被告人というよりは、これから戦いに挑む王女のようだった。
私たち三人が壇上に揃うと会場のざわめきはぴたりと止み、水を打ったような静寂が訪れた。

聴聞会は学園長の形式的な挨拶から始まった。
そして調査委員長が、これまでの調査結果を淡々と報告していく。
盗まれた「星詠みの羅針盤」。
現場に残されていたイザベラのハンカチ。
彼女以外に結界を破れるほどの魔力を持つ者が新入生にはいないこと。
その一つ一つが、まるでイザベラの罪を確定させるための儀式のように、重々しく語られていく。
生徒たちの間から再び囁き声が上がり始めた。
クラウディアは扇で口元を隠し、勝利を確信したような笑みを浮かべている。

報告が終わり、学園長がイザベラに弁明の機会を与えようとした、その時だった。
「お待ちいただきたい」
静かだがホール全体に響き渡る、威厳に満ちた声。
レオナルドだった。
彼はゆっくりと一歩前に出ると、その場にいる全ての人間を絶対的な支配者の目で見渡した。
「これより先はエルグランド公爵家の当主として、私が娘の弁護を行う。異論は認めん」
その有無を言わせぬ宣言に、誰もが息を呑んだ。
氷の公爵が自ら娘の無実を証明するために、法廷に立つ。
この聴聞会がただの学内調査ではない、国家を揺るがす大事であることを誰もが悟った。

「まず、証人を一人お呼びしたい」
レオナルドの合図で講堂の扉が再び開いた。
現れたのはラングローブ子爵夫人だった。
彼女は青ざめた顔で、しかし決意を秘めた足取りで壇上へと上がると、私の隣に立った。
「ラングローブ子爵夫人。貴女が事件の前夜に目撃したことを、ありのままに、ここにいる全ての者の前で証言していただきたい」
レオナルドの言葉に夫人は深く頷いた。
そして震える声で全てを語り始めた。
息子ケネスが深夜に「黒いローブの男」と密会し、脅迫されていたことを。
その告白は会場に大きな衝撃を与えた。
イザベラではなく、別の生徒が事件に関わっていた?
オルブライト侯爵の顔が、わずかにこわばるのが見えた。

「その『黒いローブの男』の正体も、すでに判明している」
レオナルドは冷徹に次の証拠を突きつけた。
壇上に運び込まれたのは一つの指輪。
「これは男が隠れ家に遺していったものだ。この内側に刻まれた印章が誰を指し示すか。オルブライト侯爵、貴方ならばよくご存じのはずだ」
その言葉は鋭い槍となって侯爵の心臓を貫いた。
彼の顔から血の気がさっと引いていく。
あの指輪。腹心の密偵に与えた秘密の証。
なぜ、それがここに。

「さらに決定的な証拠がある」
レオナルドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これは王都の高利貸しの帳簿の写しだ。ここには貴方が事件の直前に、出所不明の多額の金銭を密偵に渡していたことが明確に記録されている!」
会場がどよめきで揺れた。
全ての証拠が一つの線を結び、真犯人の姿をくっきりと浮かび上がらせていた。
もう誰もが理解していた。
この事件はオルブライト侯爵がエルグランド家を貶めるために仕組んだ、卑劣な陰謀であったことを。

「き、貴様……! 罠だ! それは全て貴様が仕組んだ罠だ!」
追い詰められたオルブライト侯爵が、獣のような叫び声を上げた。
だがその見苦しい足掻きを、レオナルドは氷のような一瞥で黙らせる。
「罠? ほう、面白いことを言う。では侯爵、お尋ねするが」
レオナルドはゆっくりと客席へと歩みを進め、震える侯爵の目の前に立ちはだかった。
「貴方はなぜこれが罠だと分かる? なぜ私が貴方を犯人だと断定できるだけの証拠を持っていると、知っている?」

その問いは悪魔の囁きのようだった。
侯爵ははっと息を呑んだ。
そうだ。自分が犯人でなければこれが罠だと断定できるはずがない。
自分から墓穴を掘ってしまったのだ。
「あ……あ……」
彼は言葉を失い、ただわなわなと震えるだけだった。

「チェックメイトだ、オルブライト侯爵」
レオナルドは冷酷に勝利を宣言した。
そして壇上に戻ると、愛しい娘の肩を誇らしげに抱き寄せた。
「以上が我が娘イザベラの潔白を証明する全ての証拠だ。これでもまだ彼女を疑う者がいるのなら、名乗り出るがいい。このエルグランド公爵レオナルドが、全力で相手になろう」
その宣言は絶対王者の咆哮だった。
もはや誰一人としてイザベラを疑う者はいなかった。
会場は万雷の拍手に包まれた。
それは無実の令嬢の潔白が証明されたことへの祝福と、氷の公爵の完璧な逆転劇への心からの賞賛だった。

イザベラは父の腕の中で、ただ静かに涙を流していた。
長い長い悪夢がようやく終わったのだ。
リリアや友人たちが駆け寄ってきて彼女を抱きしめる。
その温かい友情に包まれて、イザベラの心はようやく安らぎを取り戻していた。

私はその光景を静かな満足感と共に眺めていた。
そして視線を客席へと移す。
オルブライト侯爵は騎士たちに両脇を固められ、力なく連行されていくところだった。
その隣でクラウディアが信じられないものを見るように、ただ呆然と立ち尽くしている。
父親の失墜。家の没落。
彼女が信じていた全てが、目の前で音を立てて崩れ去っていく。
その絶望に満ちた瞳と、私の視線が一瞬だけ交差した。
その瞳の奥に燃える憎悪の炎の激しさに、私は思わず息を呑んだ。

そしてもう一人。
私は会場の隅で全てを無表情で見届けている、一人の男の存在に気づいていた。
ラングローブ子爵。ケネスの父親だ。
彼は侯爵が連行されていく様を何の感情も浮かべずに、ただじっと見つめていた。
まるで全てが予定通りに進んだとでも言うかのように。
その不自然なまでの冷静さに、私の胸の中にあの忘れかけていた違和感が再び蘇ってきた。

オルブライト侯爵は本当に真の黒幕だったのだろうか。
それとも彼もまた、誰かの掌の上で踊らされていた哀れな道化に過ぎなかったのでは……?
勝利の歓声に包まれる講堂の中で、私だけがまだ終わっていない物語のその先のページを静かにめくろうとしていた。
この逆転劇はまだ本当の意味での最終章ではなかったのだ。
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