悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第15話:領民の抵抗

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アークライト領は、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。
北の平原では用水路の建設が急ピッチで進み、魔術師の塔では夜遅くまで魔導農具開発の火が灯っている。会計責任者のリオは財政の立て直しに奔走し、代官補佐のマルクは新しい農法の普及のために領内を駆け回っていた。
全てが、ゼノンというたった一人の少年によって動き出していた。

だが、全ての者がその変化を歓迎しているわけではなかった。
変化は、常に抵抗を生む。特に、長年同じやり方を続けてきた者たちにとっては、新しいやり方は理解しがたい脅威に映るのだ。

「とんでもない! 我々の畑に、得体の知れない白い粉なぞ撒かれてはたまりません!」
「糞尿を溜めて肥やしにするだと? 汚らわしい! 神聖な大地を穢すおつもりか!」

領内の南部に位置する、古くから続くいくつかの村。
そこの村長たちが、連名でゼノンの改革に反対する嘆願書を突きつけてきたのだ。
彼らは、代々受け継がれてきた伝統的な農法こそが至上であると信じて疑わなかった。石灰や堆肥を使うというゼノンの新しいやり方は、彼らの誇りを傷つけ、先祖代々のやり方を否定する、許しがたい暴挙に思えた。

執務室でその報告を受けたゼノンは、表情一つ変えずに嘆願書を一読した。
「……非合理の塊だな。変化を拒絶し、旧来のやり方に固執する。衰退する組織の典型的な症状だ」

報告に来たマルクは、困り果てた顔でうなだれていた。彼自身が農民の出身であるため、村長たちの頑なな気持ちも理解できなくはない。だが、ゼノンの改革がどれほど画期的で、領民のためになるかも、誰よりも分かっていた。
「申し訳ありません、ゼノン様。私がもっと丁寧に説明すれば……」
「お前の責任ではない。人間の思い込みというものは、論理的な説明だけで覆せるほど単純ではないからな」

ゼノンはペンを置くと、椅子から立ち上がった。
「言葉で理解できないのなら、結果で示すしかない。……マルク、抵抗している村の村長全員を、三日後に西の試験農場へ集めろ」
「試験農場、ですか?」
「ああ。百の言葉より、一つの事実だ。彼らに、現実というものを見せてやる」

三日後。
アークライト領の西端に設けられた、広大な試験農場に、十数人の村長たちが集められていた。
彼らは皆、不満と猜疑心に満ちた表情で、腕を組んで周囲を見渡している。
この農場は、ゼノンの指示で一ヶ月ほど前から極秘に運営されていた場所だ。新任のリオが算出した予算で腕の良い農夫を数人雇い、ゼノンの理論を実践させていた。

やがて、ゼノンがグレイとマルクだけを伴って姿を現した。
村長たちは、貴族であるゼノンに表向きは恭しく頭を下げるが、その目には反抗の色が隠されていない。

「よく集まってくれた」
ゼノンは、彼らの敵意など意にも介さず、淡々と切り出した。
「お前たちが、私のやり方に不満を持っていることは知っている。伝統を重んじる気持ちも、分からなくはない。だが、お前たちの言う伝統とやらは、本当に正しいのか?」

ゼノンはそう言うと、農場の二つの区画を指し示した。
片方の区画は、村長たちが見慣れた、ごく普通の畑だ。
そしてもう片方の区画は、何か様子が違っていた。土の色が黒々としており、畝の間の水路には豊かな水が流れ、そして何より、そこに植えられた作物の成長具合が、尋常ではなかった。

「左の畑。これは、お前たちの言う『伝統的な農法』で育てた小麦だ。そして、右の畑。これは、石灰と堆肥で土壌を改良し、用水路から安定して水を供給した、私のやり方で育てた小麦だ」

村長たちは、二つの畑を見比べ、息を飲んだ。
その差は、素人の目にも明らかだった。
伝統的な畑の小麦は、まだ膝ほどの高さで、葉の色も少し黄色がかっている。
一方、ゼノンの畑の小麦は、既に大人の腰の高さまで伸び、その葉は生命力に満ちた深い緑色をしていた。同じ時期に、同じ種を蒔いたとは到底思えないほどの違いだった。

「ま、まさか……何か、魔法でも使ったのでは…」
一人の村長が、震える声で呟いた。
「魔法など使っていない。使ったのは、論理と科学だけだ。お前たちが神頼みの博打をしている間に、俺は勝つべくして勝つための準備をしていた。ただそれだけの話だ」

ゼノンは、呆然とする村長たちを尻目に、畑のそばに立つ一本の木を指さした。その木には、二つの大きな麻袋が吊るされている。
「そして、これが先月、この二つの畑から試験的に収穫した、一区画あたりの収穫量の差だ」
グレイが合図をすると、控えていた農夫がそれぞれの袋の口を開け、中身を地面にぶちまけた。

ざらざらと音を立てて、大量の小麦の粒がこぼれ落ちる。
その光景に、村長たちは絶句した。
伝統農法の畑から採れた小麦は、小さな山を一つ作っただけ。
だが、ゼノンの農法で採れた小麦は、その三倍はあろうかという、巨大な山を築いていたのだ。粒の大きさも、色艶も、比べ物にならない。

圧倒的な、事実。
否定しようのない、結果。

「……これが、現実だ」
ゼノンの静かな声が、沈黙する村長たちに突き刺さる。
「お前たちが固執する伝統とは、貧しさから抜け出せない呪いと同義だ。俺が示しているのは、豊かさへと続く道だ。どちらを選ぶ?」

その問いに、答えられる者はいなかった。
彼らの長年の経験とプライドは、目の前に突きつけられた黄金色の小麦の山の前で、ガラガラと音を立てて崩れ去っていった。
一人の村長が、力なくその場に膝をついた。
やがて、一人、また一人と、全ての村長が、小麦の山と、そしてその向こうに立つ悪魔のように冷徹な少年の前で、深く、深く頭を垂れた。

それは、古い時代の終わりと、新しい時代の始まりを告げる、静かな降伏の光景だった。
マルクは、その様子を涙ぐみながら見つめていた。ゼノン様は、やはりすごい。このお方なら、本当にこの地の貧しさを根絶できるかもしれない。

ゼノンは、ひれ伏す村長たちを一瞥すると、興味を失ったかのように踵を返した。
「マルク。後のことは任せる。彼らに、新しい農法のマニュアルを渡し、徹底的に指導しろ。成果を出せない村は、容赦なく税率を上げる」

非情な言葉だけを残し、ゼノンは去っていく。
彼にとって、村長たちの降伏は当然の結果であり、感傷に浸るようなことではなかった。
ただ、計画の障害が一つ取り除かれた。それだけのことだ。
彼の視線は、既に次なる改革のステップへと向けられていた。
農業革命は、まだ始まったばかりなのだから。
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