悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第27話:第一印象は最悪

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分厚いスケジュール表を渡されたリリアーナは、しばらくその場で立ち尽くしていた。
聖女として各地を巡り、多くの貴族と会ってきた。だが、これほどまでに無礼で、血の通わない出迎えは初めてだった。
彼女の背後に控える護衛騎士たちも、主君への侮辱に眉をひそめ、険しい空気を放っている。

「……ご配慮、痛み入ります」
リリアーナは、なんとかそれだけを絞り出すのが精一杯だった。声が震えなかったのは、聖女としての矜持か、あるいは怒りのおかげか。

そんな場の空気を全く読めないのか、あるいは読む気がないのか。ゼノンは淡々と続けた。
「長旅でお疲れでしょう。歓迎の宴を、などという非効率なことはいたしません。ですが、栄養バランスを考慮した食事は用意させてあります。こちらへどうぞ」
彼はそう言うと、リリアーナたちの返事を待たずに、さっさと食堂へと歩き出した。その背中からは、客人を気遣う心など微塵も感じられない。

案内された食堂は、広く清潔ではあったが、貴族の屋敷とは思えないほど装飾が少なかった。
テーブルに並べられた料理も、質素そのものだった。
焼かれたパン、具沢山のスープ、そして鶏肉のローストと温野菜。彩りは良いが、王都の貴族が客をもてなす宴会料理とは、比べるべくもなかった。
だが、味は驚くほど良かった。素材の味がしっかりと活かされており、旅で疲れた体に染み渡るような、優しくも滋味深い味わいだった。

「……美味しい」
思わず、リリアーナの口から感想が漏れた。
すると、対面の席に座るゼノンが、無表情のまま口を開いた。
「当然です。この食事は、成人女性が一日に必要とする最適なカロリー、及びタンパク質、ビタミン、ミネラルの摂取量を計算し、最も吸収効率の良い調理法で提供されています。美味しさとは、栄養が体に満ち足りることで脳が感じる、合理的な反応の一つに過ぎません」

リリアーナは、手にしていたスプーンを落としそうになった。
美味しい、という素直な感動すら、この男は数字と理論で分解してしまうのか。
食事が、ただの栄養補給という作業でしかないかのような物言い。
リリアーナは、急速に食欲を失っていくのを感じた。

食事の間、ゼノンは一方的に話し続けた。
だが、その内容は世間話でも、リリアーナを気遣う言葉でもない。
「アークライト領の昨年度の農業生産高は、前年比で二百五十パーセントを達成しました。主な要因は、土壌改良と水利改善によるものです。詳細なデータはこちらに」
「商業税収は、楽市楽座の導入後、月次ベースで八百パーセントの成長を記録しています。これは、規制緩和による市場競争力の向上と、物流インフラへの投資が功を奏した結果と分析しています」

彼は、食事の席で、まるで株主総会でも開いているかのように、延々と数字と専門用語を並べ立てた。
リリアーナは、その内容の半分も理解できなかった。いや、理解したくなかった。
彼が語る輝かしい成果の裏で、どれだけの民が無理な労働を強いられ、涙を流しているのだろう。彼の口から語られる「労働力」や「人的リソース」という言葉は、民を人間ではなく、ただの歯車としか見ていない証拠に思えた。
彼の言葉は、一言一句が、リリアーナの心を冷たく抉っていった。

食事が終わると、一行は宿泊する客室へと案内された。
リリアーナに与えられた部屋は、屋敷の中でも一番良い部屋のはずだった。だが、扉を開けた彼女は、再び絶句した。
部屋は、だだっ広かった。そして、驚くほどに、殺風景だった。
ベッドと、机と、椅子。そして、衣類をしまうための簡素な棚。
壁には絵画一枚かかっておらず、床には美しい絨毯の代わりに、機能的だが味気ない敷物が敷かれているだけ。
まるで、兵舎か、あるいは修行僧のための部屋のようだった。

「……これは、いくらなんでも、あんまりではないか!」
ついに、リリアーナの護衛騎士団長が、我慢の限界といった様子で声を荒らげた。
「聖女リリアーナ様を、このような殺風景な部屋にお通しするとは! アークライト家は、王家からの使者を、なんと心得るか!」

案内役のグレイは、その剣幕に一瞬たじろいだが、すぐに真剣な表情で反論した。
「お待ちください、騎士団長殿。これは、ゼノン様の、最大限のおもてなしの心なのです」
「もてなしだと!? これが!?」

「はい」
グレイは、胸を張って断言した。彼の目には、主君への絶対的な信頼が宿っている。
「ゼノン様は、こうお考えなのです。華美な装飾や、無駄に柔らかな寝具は、かえってお客様の安眠を妨げる、と。最高の休息とは、身体の疲れを最も効率的に回復させるための、科学的に設計された環境でこそ得られるもの。この部屋の調度品は全て、その思想に基づいて、ゼノン様ご自身が選定されたのですよ!」

グレイの熱弁は、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
騎士団長は、開いた口が塞がらない。
リリアーナは、もはや怒りを通り越して、深い、深い悲しみを感じていた。
この屋敷の人々は、主君の異常な思想に染まりきって、人として当たり前の「心」を失ってしまっている。
温かいもてなしを、無駄なものだと切り捨てる。
美しいものを、非効率だと排除する。
なんて、悲しい世界なのだろう。

「……もう、結構です」
リリアーナは、静かに言った。
「お気遣い、感謝いたします。今夜は、ここで休ませていただきます」
彼女の声は、聖女に相応しい、穏やかで澄んだものだった。だが、その内側には、氷のような決意が固まっていた。

グレイと護衛騎士たちが退出した後、リリアーナは一人、簡素なベッドに腰を下ろした。
今日の出来事を、一つ一つ思い返す。
見事に整備された街道。活気に満ちた街。そして、人の心を一切持たない、氷のように冷たい領主。
この歪な組み合わせ。
やはり、この豊かさは本物ではない。
民は、あのゼノンという男に、人間としての感情を奪われ、ただ働く機械へと変えられてしまっているのだ。だから、街には活気があっても、人々の心は乾ききっているに違いない。
そうでなければ、この胸を締め付けるような違和感は、説明がつかない。

「ゼノン・フォン・アークライト……」
リリアーナは、その名を静かに呟いた。
「明日の視察で、必ず、あなたの化けの皮を剥がしてみせます。そして、この地に囚われた人々の魂を、私が必ず、解放してみせる」
彼女は、窓から差し込む月明かりに向かって、固く誓いを立てた。

その頃、ゼノンは自室で、今日のデータを整理していた。
羊皮紙には、彼らしい分析が記されている。

【対象:聖女リリアーナ 一次接触評価】
・論理よりも感情を優先する傾向が極めて強い。
・客観的データに対し、主観的な印象で反発する可能性大。
・『もてなし』『心』といった、定義の曖昧な非合理的概念を重視する。
【今後の対応方針】
・直接的な言語コミュニケーションは、さらなる誤解を生むリスクが高い。
・接触は必要最小限に留め、領地の『結果』そのものを、淡々と提示する方針を継続する。
・随行の騎士団も同様の思考パターンと推定。彼らからのクレームは、全てグレイに対応を任せる。それが最も効率的だ。

彼は、自分がリリアーナに「第一印象は最悪」という評価を下されていることなど、全く気付いていなかった。
彼にとって、それは分析すべきデータの一つに過ぎず、改善すべき課題とは認識していなかったからだ。
二人の間の溝は、もはや天の川よりも広く、そして深く、横たわっていた。
そして、その事実に、二人ともまだ気づいていなかった。
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